ジョブ型雇用にリスキリング、フェイク画像にチャットGPT、メディアは次々と新しいネタを誇大に提供し、時代は留まることもなく前へ前へと常に何かの変化を求めていく。
人はいつの時代も、年齢と経験を重ねても、なかなかのんびりと過ごしてはいけないのだろうか。
特に、2000年を超えてから、インターネットという情報の川の中で、漂流し、溺れそうになる人が増えている。気がつくと、自分という存在が何なのかもわからなくなる。だからこそ、自分の気持ちをしっかりといつも繋ぎ止めてくれる「何か」が必要なのだろうか。

年の瀬にそんなことを考えながら、何十年ぶりかにレコード屋に注文を入れた。
ビートルズの『Now And Then』である。とっくのとうに解散し、ジョージ・ハリスンも、ジョン・レノンもこの世を去ったはずなのに、例のAI技術で現在のポールの歌声や、リンゴ・スターのドラムを重ねて、新曲として発売された。半世紀前に登場したこの偉大で巨大な音楽家たちが、現在進行形で音楽のヒットチャートのトップを飾るとは夢にも思わなかった。ビートルズが若者に与えた影響は計り知れないが、第二次世界大戦後、画一化された価値観で、労働力化されてきた若者たちに向け「人間の自由」をテーマに歌い、彼ら自身もその模範として生き様を提供した。ビートルズの音楽は、いつの間にか、若者の心の拠り所となり、様々なメッセージを彼らに伝えた。当時の若者たちがビートルズ文化によって、生き方の選択を学んだことは、紛れもない事実である。
1994年は、私の人生の中でもっとも印象的な1年であった。福岡ドーム(当時、ダイエーが所有)の仕事をしていた関係で、その宣伝もかねて(今では考えられないことであるが)、たった1年のうちにマイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、サイモン&ガーファンクル、そしてポール・マッカートニーなど、立て続けに当時のビックアーティストを招聘した。その中で、もっとも親しく接してくれたのがポール・マッカートニーで、菜食主義だった彼と、野菜バーガーを食べたのを記憶している。
「音楽中心に世界が回っていたら、もっと人々は幸せなんだよね」
リハーサルの合間にそんな話をしてくれた。
指を震わせながら、針を落とす。ジョン・レノンとポール・マッカートニーの声が聞こえてくる。
『Now And Then』というタイトルは、「今よりも、あの頃」という訳の方が、私にはしっくりくる。