目次
はじめに
多くの人が悩まされる頭痛には脳の過敏性の高さが関係します。頭痛を訴える方々や過去に頭痛を患ったの中には耳鳴り、めまい、難聴を訴える方も多く、近年の研究の結果、これらの症状を抱える方々には脳神経の慢性的な興奮が見られるということが判明したのです。それでは、頭痛を引き起こす脳神経の興奮を鎮めるためにはどうすればよいのでしょうか?
今回は、頭痛は改善するためには脳の興奮状態を鎮めることが重要であると謳う東京女子医科大学脳神経外科客員教授の清水俊彦先生にお話を伺いました。
慢性頭痛にはどういった種類がありますか?
一般的には、緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛などに分類されます。しかし、長年、多くの頭痛患者を診ている中で私が思うのは、緊張型頭痛にしろ、片頭痛にしろ、群発頭痛にしろ、慢性頭痛には脳の過敏が関係しているということです。頭痛が消失したのちも残存する脳の過敏状態に由来する難治性のめまいや耳鳴り(頭鳴)や不眠などの症状を伴う新たな疾患として、脳過敏症候群として論文化し、国際的に提唱させていただきました。
脳過敏症候群について詳しく教えてください
頭痛と脳の過敏を関連づけて考えるようになったのは、片頭痛の患者さんを根本から治療したいと思ったことがきっかけでした。
片頭痛は痛みの水面下で脳が興奮した状態で、いわゆるエネルギーを持った痛みであるにもかかわらず、鎮痛剤だけで見かけの痛みをごまかしている人が少なくありません。こういった適切な治療を行っていない片頭痛持ちの人に、頭痛以外に、耳鳴り、めまい、不眠などの症状を訴える人がかなりいらっしゃいました。そういった患者さんを対象に現病歴、既往症、脳波所見の異常などさまざまなことを詳細に調べ、分析すると、「一般的な治療で治らない、耳鳴り、めまい、不眠などのいずれかがある患者さんには、脳神経の慢性的な興奮状態が見られる」ということがわかったのです。
さらに、脳神経の興奮を鎮めるために、症状や脳波所見による大脳の興奮度に応じて、抗てんかん薬や抗うつ薬などを服用してもらうと、耳鳴り、めまい、不眠といった症状が、かなり改善されたのです。もちろん、脳神経の興奮は慢性化しているので、鎮まるには3カ月から半年以上とかなり時間がかかります。それでも、どんな治療でもよくならなかった症状が改善されることもあるのですから、大きな意味があるのです。これらの研究から、大脳の慢性的な興奮が原因で起きる様々な不調を「脳過敏症候群」と名付け提唱するに至ったのです。
なぜ脳過敏症候群は起こるのですか?

私たちの体はストレスを受けると、血中の血小板から神経伝達物質セロトニンが一気に放出されます。セロトニンには脳の血管を安定させる作用があるからですが、セロトニンの大量放出で脳血管は一気に縮んで血流が悪くなります。その後、セロトニンは体内で代謝され、血中のセロトニンが少なくなり、今度は、縮んでいた脳血管が反動で異常に広がります。血管が異常に広がると、脳の血管を包んでいる三叉神経が刺激を受け、結果、神経炎症物質を放出し、脳血管はさらに腫れた状態になります。すると、三叉神経を束ねる三叉神経核を経て大脳の後頭葉に情報が伝わり、興奮状態に陥ってさらに、後頭葉から側頭葉、さらには大脳皮質の前頭葉にまで刺激が伝わり、このため片頭痛の痛みと片頭痛に関連した耳鳴り(頭鳴)、めまい、不眠症状などが起こるのです。三叉神経核から大脳への途中経路の近傍に嘔吐中枢があるので、片頭痛の際には吐き気を伴うことが多いのです。
すべての慢性頭痛が将来、脳過敏症候群に陥る危険性と関連しているのですか?
頭痛の種類によらず、頭痛持ちの患者さんの脳波を見ると、差はありますが、症状が出ている時は脳波の興奮状態が見られることが多いのです。また、患者さんが頭痛の種類を間違えて認識しているケースも多いのです。緊張型頭痛と片頭痛は併発していることが多いにもかかわらず、本人は緊張型頭痛だけ、あるいは片頭痛だけだと思い込み、適切な対処ができていないことがあります。片頭痛の痛む前に、眼のまえにギザギザと光が現れる閃輝暗点もしくは異常な肩こりなどの前兆や予兆症状が出た時点で適切な対処をしないと、痛みやその水面下で起こっている脳の興奮状態は鎮まらず、結果、脳の過敏状態がダラダラと続き、頭痛が慢性化してゆくのです。
脳神経過敏症候群かどうかはどうすればわかりますか?
客観的には脳波の検査をすれば、ある程度予想がつきます。また、自分でも脳神経過敏症候群の可能性があるかどうかを症状からチェックできます。
まず、「本人に過去に片頭痛などの慢性頭痛の既往がある」「親や祖父母などの2親等以内に片頭痛などの慢性頭痛を持っている人がいる」のどちらか、あるいは両方に当てはまるかどうか?
当てはまるようなら、次の項目のうち、3つ以上を満たすか?イエスなら、脳神経過敏症候群の可能性が高いのです。
- 片側または両側性の耳鳴り(頭鳴)がある
- 不眠がある
- 日々、不安が増強している
- 最近物忘れや性格の変化など、いわゆる高次脳機能の一時的障害がある
- 常に頭重感がある
- 目の前でものが動くとふわっとするような浮動感を伴うめまいがある
脳の過敏状態の大元となる片頭痛を放っておくとどうなりますか?
症状が深刻でなければ、我慢したり、「とりあえずは市販の頭痛薬で様子をみよう」などと甘く考えてしまいがちです。ところが、痛みの水面下の脳の興奮状態を放置したままにすると、脳はちょっとした刺激でも興奮しやすくなり、ささいな刺激で頭の痛みを感じるようになります。年を取ると、どんな人でも動脈硬化により脳血管は硬くなります。すると血管が異常に拡張しにくくなるので、脳血管周囲のセンサーである三叉神経に対する刺激は少なくなり結果、片頭痛の痛みそのものは感じにくくなります。歳をとると片頭痛は治まるとよく言われているのはこのような理由からなのです。しかし、痛みの水面下で慢性的に起こっていた脳の興奮状態は鎮まった訳ではないので、頭痛以外の症状である耳鳴り(頭鳴)、浮動性めまい、頭重感、不眠症状がでたり、さらに物忘れや記銘力障害、イライラといった一見、認知症のような症状が出てくることもあるのです。
片頭痛や脳過敏症候群に陥った際の治療はどのようなものですか?

片頭痛の発作にたいしては、現在では処方薬であるトリプタン製剤が最も効果的です。「片頭痛の際に異常に広がった脳血管の拡張、むくみを抑える」「脳血管の拡張によって刺激を受けた脳血管周囲の三叉神経に働いて、三叉神経からの神経炎症物質の放出を抑える」「脳幹部にある三叉神経の大もとの三叉神経核にも、ある程度作用して脳への痛みの情報伝達を遮断する」などの3つの作用があり、片頭痛発作の際に痛みの水面下で起こっている脳の興奮状態をも即座に鎮めます。
ただし、服薬のタイミングには注意が必要です。脳の興奮状態による片頭痛には、生あくび、肩こり、光・音・においに過敏になる、軽く吐き気がするなどの予兆症状や、さらに激しくなるとギザギザとした光(閃輝暗点)が見える前兆があります。このタイミングで服薬しないと効果があまりありません。予兆を見逃さないために、頭痛ダイアリーをつけてみるのも有効です。頭痛が起こった時間、その時どういうことをしていたか、食事の内容、頭痛の起こり方、その日の天候や月経との関連など、詳細に記録するのです。それを見ると、頭痛が起こりやすいタイミングなどが見えてくることもあります。
歳をとり、片頭痛はなくなったが、耳鳴り(頭鳴)やめまいがあるという場合は、片頭痛を予防する効果のある抗てんかん薬であるバルプロ酸ナトリウムやクロナゼパムなどが有効なことがあります。どちらも、脳の興奮状態を抑える効果があります。
片頭痛やそれに伴う脳の過敏状態は子供でもみられますか?
大人と子供の片頭痛は、捉え方を少し変えた方がよいかもしれません。
片頭痛は親から子供へと遺伝することが多く、子供の頃は頭痛症状をはっきりと訴えることが少くないこともあります。そして頭痛以外の症状で発症することが多いのです。乗り物酔い、よく立ちくらみをする、まぶしい光が苦手、しょっちゅうお腹が痛くなる、ちょっとしたニオイを気にする、よく寝言を言う、やたらと寝相が悪い、夜中に突然起きる、寝入りばなに一瞬ピクリとけいれんを起こしたり、高熱でけいれんを起こすことがある。やたらと落ち着きがなく多動気味である、ひとつのことに異常に執着する、などの症状が顕著にみられることもあるのです。これらの症状は通常のこどもよりも脳が過剰に興奮しやすいために起こっている可能性があります。ただし、子供の頃から脳が過敏なことや片頭痛持ちであることは、悪いことではありません。過剰な脳の興奮状態や頭痛に対して適切な対処を行うことにより、繊細で文学や音楽など芸術の才能に優れている頭脳明晰な大人になる可能性が高いのです。
読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
自分の頭痛は良くならないとあきらめて我慢して放置したり、また市販の頭痛薬で見かけの痛みのみへの対処を毎日の如く繰り返していらっしゃる方が、未だ、たくさんいらっしゃいます。近年、片頭痛の疾患概念やその治療方法は、格段に進歩しました。片頭痛の痛みはただの痛みではなく、その水面下に大脳の異常な興奮状態を伴った、換言すればエネルギーを持った痛みであり、その脳の興奮状態を鎮めれば、頭痛の改善や頭痛の慢性化、さらには歳をとって頭痛が去ったのちに残存する脳の過敏状態が引き起こす耳鳴り(頭鳴)や浮動性めまいもしくは不眠状態を未然に防ぐことが可能となるのです。国際頭痛分類第三版では、従来の片頭痛の分類に、新たに眩暈性片頭痛という項目が設けられました。このことからも片頭痛にめまいを伴うことが多いということが国際的に話題になっている側面が伺えます。このような状態から経年性に頭痛が消失すれば、当然、めまいのみが残ることが予想されます。歳をとって厄介な耳鳴りやめまいに悩まされない、快適な老後を送れるよう、今ある頭痛を侮らず、かつ諦めず頭痛に理解ある医療機関を受診し適切な治療を受けるとともに、液晶画面から発せられるブルーライトによる過剰な視覚的暴露時間を短くするなど、日常生活の改善をも常日頃心掛けてください。