目次
はじめに
花粉症は、スギなどの花粉がアレルゲン(アレルギーの原因物質)となって起こるアレルギー疾患の一種です。花粉症患者は急増しており、その背景には、戦後の積極的な植林による花粉飛散量の増加と、空気汚染などの生活環境の悪化があると考えられています。
今回は、日本の花粉症治療をリードする日本医科大学大学院医学研究科頭頸部感覚器科学分野の大久保公裕教授に症状を抑えるための花粉症対策、薬の選び方について語っていただきました。花粉症が根本から改善する治療として注目されている「皮下免疫療法」と「舌下免疫療法」といった最新の免疫療法についても紹介してもらいましたので、ぜひ参考にしてください。
Q今年の花粉飛散量は西日本では特に多いと聞きますが、どのような対策を取ればいいでしょうか?
花粉症対策は、飛散量の多め、少なめにかかわらず、変わりません。花粉症はスギやヒノキなどの花粉が体内に入り、アレルギー反応を起こすアレルギー性の病気なので、まずは花粉が体内に入らないように、マスクとメガネで防御する。そして、適切な薬物療法が主な花粉症対策になります。
ただし、ポイントは、これらの対策を「早め」に行うこと。特に薬物療法は、症状が出始める前から行うのが理想的です。
Qどうして早めの対策が有効なのでしょうか?

花粉症の薬の多くは、「飲んですぐ効く」ものではありません。花粉症の市販薬で最も多く出回っている第2世代抗ヒスタミン薬は比較的早めであるものの、鼻づまりに効く抗ロイコトリエン拮抗薬は効果が現れるまで数日間要します。
また、クシャミ、鼻水、鼻づまりに効くケミカルメディエーター遊離抑制薬やThサイトカイン阻害薬も1週間ほど時間がかかります。
Q花粉症の薬はどのように選べばよいでしょうか?
一番気にしている症状に最も効果を発揮する薬を選んでください。医師や薬剤師に相談をするとよいでしょう。
たとえば、クシャミ、鼻水、鼻づまりとすべての症状に苦しんでいるなら、第2世代抗ヒスタミン薬やケミカルメディエーター遊離抑制薬、Thサイトカイン阻害薬などを選びます。鼻づまりが特につらいなら、抗ロイコトリエン拮抗薬が有効です。違う種類の薬を組み合わせて飲む方法もあります。
また、花粉症の人の多くは目の症状もありますが、これはある程度までは花粉症の薬で効くものの、目のかゆみが強いようなら、眼科を受診すべきです。
Q薬を飲んでも効きません。どうしてでしょうか?
正しく花粉症の薬を用いた場合でも、薬で症状を軽減できるのは10%ほど。日常生活に支障が出るような人は、後に述べる免疫療法を検討するのもひとつの手です。
薬を飲んでも効かないとおっしゃる方でかなりの割合を占めるのは、薬の選択の誤りです。前項でも述べましたが、自分の症状に合った薬を選ばなければ、薬に対して満足感を得られないでしょう。花粉症には様々なタイプがあり、それぞれに応じた薬を選ぶという基本を知らない方が多いように思います。
さらに、私は花粉症の治療をする上で年齢も重要視します。50歳の成人と5歳の子供が同じように鼻づまりを訴えたとしましょう。5歳の子供が
「鼻づまりがつらい」というのは、もしかしたら鼻をうまくかめていないからかもしれません。親御さんに、「鼻をうまくかめていますか」「日中口を開けていませんか」「鼻をこすっていませんか」「寝ているときにいびきをかいていませんか」など、いくつかの確認をします。子供の場合、花粉症とそっくりの症状でも、症状の原因が違うところにあることは、珍しくありません。
成人の場合も、花粉症ではない、または、花粉症もあるが別の疾患もある、という方も多いです。花粉症の鼻水は透明でサラサラしていて、黄色くありません。黄色い鼻水は花粉症以外の原因によるものです。
また、屋外ではそれほど鼻をかまないが、家の中ではしょっちゅうクシャミや鼻水が出る方も、花粉症ではない可能性が高いでしょう。
﹁花粉症なので薬をください」と受診した時に、「まずは花粉症かどうか確認します」といった対応をしてくれる耳鼻咽喉科を受診すべき。そういった医師なら、問診とともに、鼻を診て、的確な治療をしてくれるでしょう。
Q免疫療法について教えてください。
免疫療法とは、アレルゲン(アレルギーの原因物質)を少量ずつ定期的に数年間かけて体内に入れ、アレルゲンへの反応を抑える治療法です。少なくても2年間、平均して3〜5年かかります。皮下免疫療法と舌下免疫療法の2種類があります。
皮下免疫療法は、皮下にアレルゲンを注射します。通院で行い、最初は通院回数が多く、次第に間隔を延ばしていきます。
一方、舌下免疫療法は、舌の裏に薬を垂らして投与する治療法です。2〜4週間に1回通院しますが、日常的には自宅で薬を投与します。
どちらが合っているかは、その人の花粉症の状態(どんなアレルゲンを持っているか)に加え、生活環境でも異なります。免疫療法は治療期間が長きにわたり、途中で挫折してしまえば、効果を得られません。定期的な投与が必要なので、会社員で、通院の時間を決められないようなら、舌下免疫療法のほうが向いているでしょう。あるいは、そもそも免疫療法が向いていないかもしれません。
複数のアレルゲンを持っていて、それらに対して一度に治療を行いたい人は、皮下免疫療法なら可能です。舌下免疫療法は、スギ花粉ならスギ花粉だけ、ハウスダストならハウスダストだけです。当院では、一度に4つのアレルゲンまで、皮下免疫療法を行っています。
また、舌下免疫療法は、12歳以上のダニアレルギー性鼻炎、スギ花粉症は健康保険が適用されます。子供時代に免疫療法を受ければ、その後50年ほどの人生を花粉症のつらさと無縁でいられるのですから、恩恵は中高年が受けるよりも大きい。いずれにしろ、医療機関で十分な説明を受け、その人に合った方法を選ぶべきです。
Q免疫療法を挫折しない方法はありますか?

一番大事なのは、なぜ免疫療法が有効なのかをしっかりと理解することです。「医師が定期的に薬を飲めというから飲んでいる」といった認識では、いつか挫折する可能性が高い。なぜ花粉などのアレルゲンに対しアレルギー性鼻炎の症状が出るのか、免疫システムとはどういうものか、免疫療法はどういう作用でアレルギー性鼻炎の症状を抑えるのか。子供が免疫療法を受ける場合は、親にまず理解してもらいます。
ちなみに、お子さんが免疫療法を受ける場合は、家族そろって受けることを勧めています。花粉症は遺伝的要因も大きいので、子供が花粉症であれば親も花粉症、親が花粉症であれば子供も花粉症、だからです。一人で受けるより、家族みんなで受けるほうが挫折しづらい。私の外来では、土曜日、親子みんなで免疫療法を受けに来ている人がかなりいます。
さらに、子供が花粉症で免疫療法を検討しているなら、「継続」という意味では、親の管理下にあるうちがよいでしょう。高校生や大学生で自分の時間が忙しくなる年頃では、挫折しやすいかもしれません。
Q皮下免疫療法の注射は痛くないですか?
ごく細い注射を用いるので、痛みを訴える人は多くありません。
Q副作用などはありますか?
アレルゲンを投与するので、喘息発作やじんましんなど、全身に反応が出る可能性があります。皮下免疫療法では、注射1000〜5000回に1回程度です。注射したあと20〜30分で起こるので、その間は院内で様子を見ます。
Q薬を飲むより効果が高いですか?
薬は適切に投与すると100%の方に効きますが、免疫療法は70〜80%です。一方、薬は症状を抑える率は10%ですが、免疫療法は30〜40%です。免疫療法は治療を完了する前から症状の軽減を感じる方も多く、毎年花粉症で辛い思いをされているなら、チャレンジする価値があると思います。
Q大久保先生の美学を教えてください。
なるべく患者側の方たちと近くありたい。最先端の医療を勉強し、英語で論文を書いて発表し、医療界で名声を得ても、その最先端医療をわかりやすく患者さんに説明できなければダメだと思うのです。どうすればわかりやすく患者さんに話をできるか。知識がない患者さんに対しても、どうすればきちんと理解してもらえるか。それが「患者側の方たちと近くにありたい」につながります。