目次
- 1 はじめに
- 2 ★2024年の診療報酬改定で、陽子線治療を保険適用で受けられるがんとして新たに追加されたものは何になりますか?
- 3 ★ほかには、どのようながんが陽子線治療の保険適用の対象となっていますか?
- 4 ★陽子線治療とはどういう治療ですか?
- 5 ★従来の放射線療法と違うのですか?
- 6 ★X線と陽子線では効果に違いがあるのでしょうか?
- 7 ★陽子線ならではのメリットは何ですか?
- 8 ★日本ではいつから陽子線治療が行われているのでしょうか?
- 9 ★現時点で、日本で陽子線治療を受けられる施設はどれくらいありますか?
- 10 ★重粒子線治療という言葉も聞いたことがあります。陽子線治療とは別の治療ですか?
- 11 ★放射線療法の中では、重粒子線、陽子線、X線の順に優れている(=がんを攻撃する力が強い)ということですか?
- 12 ★放射線療法においては、従来のX線ではなく陽子線でやった方がメリットが大きい、とは言えそうですね?
- 13 ★陽子線治療が受けられない場合はあるのでしょうか?
- 14 ★積極的に陽子線治療を検討すべきがんはありますか?
- 15 ★中部国際医療センター陽子線がん治療センターでは、アメリカ・バリアン社製の世界最新型治療装置を導入していると聞きました。装置によって治療成績は異なるものなのでしょうか?
- 16 この記事を監修した医師
はじめに
「がんの3大治療法」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。現在がんで行われている主な治療法のことで、外科療法(手術)、放射線療法、化学療法(抗がん剤)を指す。このうち放射線療法に含まれるのが陽子線治療だ。がんをピンポイントで攻撃する治療として今、世界的に注目を集めている。
陽子線治療が国内のメディアで盛んに取り上げられたのは2012年、「北酒場」などのヒット曲で知られる作詞家・直木賞作家のなかにし礼さん(2020年死去)が「手術を受けずに陽子線治療で食道がんを克服した」と発表したときだったろうか。ただ、陽子線治療は厚生労働省が定める先進医療であり、治療そのものは保険適用外。それゆえに値段の高さがネックで、なかにしさんも「陽子線治療は300万円とちょっと高いんです」と講演で語っている。
しかし、当時は高嶺の花だった陽子線治療も、2016年以降、がんの種類によっては保険適用で受けられるようになってきている。2024年の診療報酬改定でも、陽子線治療の保険適用となる対象が拡大した。
陽子線治療とはどういうものなのか?放射線治療専門医で、陽子線治療にも長年取り組む中部国際医療センター陽子線がん治療センター施設長の不破信和医師に話を聞いた。
★2024年の診療報酬改定で、陽子線治療を保険適用で受けられるがんとして新たに追加されたものは何になりますか?
肺がんのステージⅠ期からⅡA期です。2024年2月に「令和6年度診療報酬改定」で公表され、6月から実施されています。
★ほかには、どのようながんが陽子線治療の保険適用の対象となっていますか?

2016年4月に小児がん(現局性の固形悪性腫瘍)が初めて保険適用となり、その後、2018年、2022年、2024年の改定で保険適用の対象が拡大しています。具体的には、前立腺がん(転移を有するものを除く)、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)、骨軟部腫瘍(※)、4センチメートル以上の肝細胞がん(※)、肝内胆管がん(※)、進行性の膵がん(※)、手術後に再発した局所大腸がん(※)、そして前項で触れたステージⅠ期からⅡA期の早期肺がんが、陽子線治療で保険適用の対象がんとなります。
(※)手術で根治的な治療が困難なもの
★陽子線治療とはどういう治療ですか?
がんの主な治療法として、外科療法、放射線療法、化学療法があります。外科療法とは「手術でがんを摘出する」、放射線療法とは「放射線を体外または体内からがんに照射し、がんを消失・縮小させる」、化学療法は「抗がん剤などの薬でがんを消失・縮小させる」こと。陽子線治療は放射線療法の一種となります。
★従来の放射線療法と違うのですか?
放射線とは、放射性物質から放出される電磁波や粒子線のこと。放射線には電磁波であるガンマ線、X線などがあり、粒子線には陽子線や重粒子線などがあります。従来の放射線治療はX線を用いており、陽子線治療には、その名の通り、陽子線を用いています。
★X線と陽子線では効果に違いがあるのでしょうか?
放射線療法の始まりは1895年。X線が発見され、翌年から治療に応用されるようになりました。当初はがんの表面にしか対応できず、「がんの深部に放射線(X線)を集める」「がんのみに放射線(X線)を集中させる」ことを課題に研究が進められてきました。X線照射の技術は進化し、最新の放射線療法である「強度変調放射線療法(IMRT)」では、コンピューター制御で照射範囲や強度を調整し、がんに集中してX線を当てられるようになっています。ただ、X線はその性質上、線量のピークが皮膚表面から数センチの深さまでで、それを過ぎると線量が低下します。IMRTでは、がんにできる限りの高線量を当て、一方で正常組織には低線量となるように多方面から照射しますが、限界があり、がん周辺の正常組織は損傷を受けます。進行肺がんに対してX線の線量による生存率を比較した研究では、線量を高くすると肺に近い心臓が損傷をより受けるため、かえって生存率が下がるとの結果も出ています。そこで、正常組織への損傷は少なく、よりピンポイントにがんを攻撃する方法として、陽子線を用いた放射線療法が登場したのです。
★陽子線ならではのメリットは何ですか?
陽子線の性質として、「設定した場所に到達した時に最大のエネルギーを放出し、その後消失する」という点が挙げられます。がんの深さや形状に合わせ、がん細胞の位置で止まるように照射を設定することで、がん周辺の正常組織へのダメージは最小限に、最大のエネルギーでがんを集中的に攻撃できるのです。
★日本ではいつから陽子線治療が行われているのでしょうか?
1979年に放射線医学総合研究所、1983年に筑波大学で臨床研究が開始され、1998年に国立がん研究センター東病院に世界で2番目となる医療専用陽子線施設が導入されました。
★現時点で、日本で陽子線治療を受けられる施設はどれくらいありますか?
中部国際医療センターでは2024年3月に陽子線がん治療センターが治療を開始しました。当施設が、国内20施設目となります。
★重粒子線治療という言葉も聞いたことがあります。陽子線治療とは別の治療ですか?
従来の放射線療法ではX線という電磁波を用い、陽子線治療では粒子線の一種、陽子線を用いていると説明しました。粒子線には重粒子線もあり、その重粒子線を用いた治療が重粒子線治療です。放射線(X線、陽子線、重粒子線)はがん細胞のDNAを切断してがんを殺します。DNAの切れ味を簡単に比較すると、X線は切れ味はあまりよくなく、陽子線は程よく切れ、重粒子線は切れ味が非常によくてズドンと切れる。私は一般の方への講演会などでは、力の差を、陽子線は忍者、重粒子線はお相撲さんに例えて説明することがあります。
★放射線療法の中では、重粒子線、陽子線、X線の順に優れている(=がんを攻撃する力が強い)ということですか?
重粒子線はがん細胞を殺す力が強く、時に「究極の放射線治療」と例えられます。しかし私は兵庫県立粒子線医療センターに在籍していた際、重粒子線と陽子線の両方を経験しており、過去の治療成績から、陽子線は決して重粒子線に劣らない、むしろ重粒子線より陽子線の方が向いているがんが少なくないのではないかと感じています。理想的な治療は正常組織には障害が少なく、がんのみを叩くことですが、多くのがんは正常組織と混在した状態にあります。治療効果の高い重粒子線治療は時として正常組織に重い障害を発症し、がんは消失しても治療全体としてはマイナスになることがあります。兵庫県立粒子線治療センターのデータですが、重粒子線で治療した肝がんと、陽子線で治療した肝がんを比較した研究では、がんが4センチ未満、4センチ以上ともに全生存率は同等。頭頸部悪性黒色腫の治療成績を陽子線と重粒子線で比較した研究でも、全生存率、無再発生存率、局所制御率いずれも同等との結果でした。重粒子線治療には、先ほどお相撲さんに例えたように、がんを殺す力が強い故に治療部位によっては重い障害を発症することがあります。この疾患には重粒子線、この疾患には陽子線が向いているという研究が現在進められています。将来的には、それぞれの役割が明確にされると考えています。
★放射線療法においては、従来のX線ではなく陽子線でやった方がメリットが大きい、とは言えそうですね?
X線でできるものであれば、陽子線でももちろんできます。ただ、金銭的な問題がある。保険適用でないものでは、陽子線はかなりの費用がかかります。ただし、先進医療対象のものがいくつかあり、民間のがん保険に入っている場合は、先進医療特約でカバーできますので、それを検討するのも一つの手かもしれません。
★陽子線治療が受けられない場合はあるのでしょうか?
陽子線治療を含む放射線治療は、手術と同様に局所治療となります。そのため、広範囲にがんが散らばっている場合は、適応外となります。同じ意味で、血液がんも、放射線治療(X線、陽子線どちらも)は適応外です。
★積極的に陽子線治療を検討すべきがんはありますか?
挙げるなら、進行がんで発見されることが多く、治療法が限られているがんです。例えば、肺がんです。肺がんの大半は、発見された時点で手術不可の進行がんであり、薬物療法でも予後が厳しいのです。そういった患者さんが陽子線で予後良好となるケースは少なくありません。食道がんや膵がんも陽子線が向いていると考えています。膵がんでは、体内のがん組織の温度を上昇させる温熱療法(ハイパーサーミア)や、がん内の低酸素状態を改善しがんの増殖を抑制する高気圧酸素療法との組み合わせを2024年10月から開始しており、治療成績が上がるのではないかと期待しています。また、頭頸部がんでは、手術が可能だとしても、術後のQOLが著しく障害されるケースがあります。それを避けるために、動注療法(浅側頭動脈からがんの栄養血管にカテーテルを挿入してがんを直接投与する)と陽子線を併用。これによって100%近い制御率を目指しています。
★中部国際医療センター陽子線がん治療センターでは、アメリカ・バリアン社製の世界最新型治療装置を導入していると聞きました。装置によって治療成績は異なるものなのでしょうか?
陽子線治療装置は現在、第一世代、第二世代、第三世代と進化しています。当院で導入しているのは第三世代で、スポットスキャニング法を搭載したもの。塗り絵をイメージしてみてください。クレヨンで塗ると線がはみ出してしまいますが、先の尖った色鉛筆なら綺麗な絵になります。第三世代のスポットスキャニング法は約4ミリの細いペンシルビーム、いわば先の尖った色鉛筆で塗り絵のようにがんを塗りつぶしていくので、複雑な形状にも対応できるのです。しかも立体的に。これは第一世代ではなかなか対応できない。最近の治療技術の進歩により正常組織へのダメージを抑えられますし、複雑な形状の頭頸部がんではなおさら、第三世代のスポットスキャニング法の有用性を実感しています。