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はじめに
今でも打つ手が見つからず苦しんでいる人がいるのが、新型コロナウイルス感染症による後遺症、いわゆるコロナ後遺症だ。WHO(世界保健機関)では、「新型コロナウイルスに罹患した人にみられ、少なくとも2カ月以上持続し、また、ほかの疾患による症状として説明がつかないもの(通常はCOVID-19の発症から3カ月経った時点にもみられる。)」と定義している。
海外での45の報告(9751例)の系統的レビューでは、コロナの診断後2カ月、または退院などの後1カ月を経過した患者の72.5%が何らかの症状を訴えていた。別の海外の57の報告(計25万例)の系統的レビューでは54%が、診断あるいは6カ月後かそれ以上で何らかの症状ありと報告されている。
症状の内容はさまざまで、複数の症状を有する人も多い。オミクロン株の後遺症としてよくある症状としては、倦怠感、咳など。オミクロン株に限らなければ、発熱、味覚障害、嗅覚障害、呼吸困難、胸の痛み、痺れ、抑うつ、脱毛などがある。
コロナ後遺症に対して知っておくべきことは? もとは西洋医学一辺倒だったが、「正しい西洋医学の治療でも不調が改善しない人はなぜだろう」という疑問から東洋医学を学び、漢方薬を治療に取り入れるようになった新見正則医院(東京・千代田区)の新見正則院長に話を聞いた。
Q1 新見先生のもとにもコロナ後遺症に関する相談が寄せられますか?
当院は、漢方薬で体質を改善し、病気治療を行うことを目的としており、がんを含めた難症、難病の患者さんが多数いらっしゃいます。コロナに感染、回復後、不調が続くという相談もあります。自費診療のクリニックですので、保険適用で治療を行なっているクリニックをご紹介することも多いのですが、保険適用でなくてもいいからできる限り早く不調を解消したいという人には、当院にて、保険適用ではないため費用はかかるものの免疫力向上のエビデンスがある別の漢方薬を処方します。
Q2 コロナ後遺症について教えてください。
WHOでは、コロナ感染・回復後も不調がみられる場合を「コロナ後遺症」と定義づけていますが、私はそれに「コロナワクチン接種後」も加えて、コロナ後遺症と捉えています。実際、ワクチン接種後に不調に見舞われるようになった、という相談が結構あるのです。
Q3 新見先生は、なぜコロナ後遺症の治療に漢方薬を用いているのでしょうか?

コロナ後遺症の治療法は、現在、確立されたものはありません。世界中のさまざまな医師がこれまでの経験を駆使し、コロナ後遺症の治療に当たっていますが、根本的治療ではなく、対処療法です。西洋医学では治せる薬がなく、エビデンスを出すには1000例規模のランダム化された大規模な比較試験が必要ですが、コロナの感染拡大が始まってからまだ数年ですし、後遺症はもっと年数が短い。大規模比較試験に必要な年数がまだ経っていないのです。
私が漢方薬をコロナ後遺症の治療に用いるのは、コロナ後遺症に限ったことではありませんが、西洋医学でうまくいかない症状は東洋医学・漢方薬の得意分野だからです。
西洋医学は、こうこうこういう理屈だから、こういう薬を使い、こういう施術をすると効くよね、という、いわば理詰めの医学です。だから、エビデンスが必要なわけです。
それに対し漢方薬は、1800年前、サイエンスがない時代にも重宝された治療法で、理詰めの医学ではない。経験値が非常に役に立つ医学です。「コロナ後遺症には◎◎◎が効く」といった〝正解〟がない現時点では、不調改善を目的に、漢方薬で〝納得解〟を探していくしかないと考えています。
コロナ後遺症に効くと考えられる漢方薬の大半は保険適用であることも、私が漢方薬に着目する理由です。コロナ後遺症には、上咽頭擦過療法(EAT=EPIPHARYNGEAL Abrasive Therapy:注)
という治療法も有効だと言われています。保険適用となるのは、あくまでも現時点では、漢方薬か上咽頭擦過療法のみ。たとえコロナ後遺症に効果があっても、とんでもなく高い治療法はそう簡単に患者さんに提案できません。私がコロナ後遺症の相談を受けた際、まずは別のクリニックを紹介するのは、保険適用の漢方薬で症状が改善するならぜひそちらで……と考える所以です。
ちなみに、保険適用の漢方薬が効かない場合に処方する漢方薬(「Huaier(フアイア)」。のちに詳しく説明します)は、保険適用の薬と比べると高額ですが、規定量3グラム服用で、1日1000円くらいの費用。1カ月で3万円程度の薬代になります。コロナ後遺症に悩む方の中には、「少しでも早く不調を改善したい。その金額なら、保険適用外でもいいから、試したい」とおっしゃる方もいます。
(注)上咽頭擦過療法は、1960年代に東京医科歯科大学の堀口申作名誉教授によって提唱された治療法。当時はBスポット療法とも呼ばれていた。慢性上咽頭炎から自律神経を介して倦怠感、めまい、記憶力や集中力の低下などさまざま全身症状が生じることから、それに対する治療法として考案された。上咽頭に薬液をつけた綿棒などをすりつける。コロナ後遺症に効くのではないか、と注目を集めている。ただし、耳鼻咽喉科の領域の治療法であり、耳鼻咽喉科であっても、どこでもこの治療法を受けられるわけではない。
Q4 コロナ後遺症にはどの漢方薬が有効ですか?
症状が多岐にわたるコロナ後遺症ですが、最も深刻なのは倦怠感です。単に「疲れた」といったレベルではなく、重力に逆らえないといった感じです。横になったまま起き上がれない、椅子に座ったら立ち上がれない、お箸や歯磨きといったごくごく軽いものですら持ち上げられない。仕事や勉強をできるレベルではなく、寝たきり状態になる。後遺症そのもので命を落とすことはありませんが、倦怠感がつらすぎ、絶望感から自ら命を断つケースもあると聞いています。
その倦怠感に対し、効果がある漢方薬が加味帰脾湯(かみきひとう)です。漢方薬のメーカー「ツムラ」の137番の漢方薬で、保険適応の病名は「虚弱体質で血色の悪い人の次の諸症:貧血、不眠症、精神不安、神経症」となっています。基本は1日3回、毎日服用してもらいます。漢方薬の本場、中国ではもっと多い服用量ですので、1日3回以上飲んでも、また1回の服用量を規定の2〜3倍にしても、体には問題はないと考えられます(回数や服用量を変える場合は、主治医や薬剤師に相談してください)。
加味帰脾湯には、オウギやニンジンといった滋養強壮の作用がある生薬が含まれています。同じ生薬が含まれている漢方薬としては、加味帰脾湯のほか9種類あります。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、帰脾湯(きひとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、大防風湯(だいぼうふうとう)、当帰湯(とうきとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、清暑益気湯(せいしょえっきとう)(いんちんこうとう)です。いずれも保険適用で、コロナ後遺症の倦怠感に有効だと思いますが、コロナ後遺症は精神面での症状も伴うことが多いため、加味帰脾湯を一番に処方します。
コロナ後遺症は、たいていの場合、複数の症状を有します。加味帰脾湯をメインに、ほかに悩んでいる症状があれば、それに応じた漢方薬を処方します。
Q5 加味帰脾湯で症状が改善されない場合、どういう漢方薬が有効でしょうか?
私は3カ月を1つの目安として捉えています。この間、加味帰脾湯を毎日飲んでもらい、それでも倦怠感が一向に改善しない。そういう場合は、当院で、「Huaier(フアイア)」という漢方薬を出しています。肝臓がんに対して高いレベルのエビデンスがあるとして、中国やアメリカで注目を集めている漢方薬です。
キノコの菌糸体から抽出された成分が原料で、中国では1992年から抗がん新薬として使われてきました。2018年には、肝臓がん手術後の患者1000例超を24カ月間観察したランダム化比較試験(1000例超を対象にした大規模比較試験はエビデンスレベルが高い)の結果が、消化器楽学の権威ある国際的医学誌に掲載されています。
フアイアは免疫低下に作用し、さらには免疫亢進にも作用する。コロナ後遺症には免疫が関連していることが指摘されており、免疫低下・免疫亢進に作用するフアイアは有効だと考えています。実際、加味帰脾湯にフアイアを追加することで、コロナ後遺症の倦怠感が改善された方が、当院では珍しくありません。
中国、アメリカではがんの治療薬として承認されているフアイアは、日本では健康食品の扱いです。ただ、一般的な健康食品とは異なり、医薬品レベルのエビデンスのある健康食品になります。
なお私は、コロナ対策として、フアイアを毎日服用しています。
Q6 加味帰脾湯やフアイアなど、飲み合わせ禁忌の薬などありますか?
この欄で挙げた漢方薬はいずれも、飲み合わせ禁忌の薬、食品、飲み物はありません。安心して飲んでいただければ思います。