目次
はじめに
「虫に刺されてひどい目に遭った」と話すのは東京都在住の40代女性。季節は虫が多くなる真夏ではなく、爽やかな気温の5月。自然豊かな場所にあるレストランの屋外の席で、午後の数時間、食事とワインを楽しんだ。足首までのロングスカートを履いており、足元はサンダル。
夕方帰る頃に両方の足首が痒いなと思い、夜には痒みが一層ひどくなった。寝ている間に無意識に掻きむしったのか、翌朝には腫れて、足首のくびれがなくなっていた。その夜には水膨れができ、翌々日にはさらに水膨れが大きくなり、耐え難いかゆさになった。
仕事に集中できないほどで、すぐに診てくれる皮膚科を探し、飛び込んだところ、「蜂窩織炎という感染症を起こしてますね」と診断された。飲み薬を処方され、しばらく運動などはしないように、と言われた。
「たかが虫刺され」と思いがちだが、それをきっかけに、ひどい感染症に至るケースもある。知っておくべきことを、「新宿駅前クリニック 皮膚科 内科 泌尿器科」(東京都新宿区)の蓮池林太郎院長に聞いた。
Q1 まずは、蜂窩織炎(ほうかしきえん)という病気について教えてください。
蜂窩織炎は感染症の一種。黄色ブドウ球菌、化膿レンサ球菌などで起こり、インフルエンザ菌、大腸菌、嫌気性菌が原因となることもあります。
人間の皮膚にはバリア機能があり、通常は細菌などが侵入することができません。しかし免疫力が弱っていたり、水虫、手術あと、引っ掻き傷や切り傷、やけどなどの傷があったりすると、細菌が侵入し、皮下組織にまで到達し、真皮深層から皮下組織・筋膜といった深い部分で急性化膿性炎症が起こるのです。
虫刺されから蜂窩織炎に至るケースは、虫刺されやアトピー性皮膚炎などで皮膚のバリア機能が低下している、虫に刺されて皮膚に傷がついた、掻きむしってより一層傷がひどくなった、ということが関係しています。
蜂窩織炎の症状としては、赤い腫れ、赤いぶつぶつ、ごつごつしたあばた、やや強く触った時の痛みなど。放置するとリンパ節に炎症が生じたり、発熱、悪寒、倦怠感、関節痛、頭痛といった全身症状が出ることもあります。局所的に膿瘍ができ、膿を排出するための切開手術が必要になったり、稀ではあるものの、血流を通じて細菌が拡散する菌血症という合併症を起こすこともあります。蜂窩織炎は、注意が必要な病気になります。
治療は、軽症であれば抗菌薬の飲み薬。黄色ブドウ球菌や化膿レンサ球菌に有効な抗菌薬が使われます。一般的には、ジクロキサシリン、セファレキシンといったペニシリン系の抗菌薬です。症状が悪化しているケースでは、抗生剤の点滴を行うこともあります。
Q2 虫刺されで起こる皮膚の症状は、どういうものが多いでしょうか?

虫の種類によって多少異なります。多いのは、刺された箇所が赤くなり、痒みが生じます。痒みが生じるのは、虫刺されによって皮膚に毒成分や唾液腺物質が注入され、アレルギー反応を起こすからです。このアレルギー反応は、虫に刺された頻度やその人の体質で現れ方に差があります。大きく分けて、即時型反応と遅延型反応の2つ。即時型反応では、虫に刺された直後から痒みが生じ、数時間で良くなっていきますし、遅延型反応では、刺されてから1〜2日後に痒みや水膨れなどが生じ、数日から1週間ほどかけて良くなっていきます。
Q3 全身症状は出ませんか?
たとえばサソリのように、刺されたあと、流涎、流涙、全身発汗、悪心、嘔吐、発生・呼吸困難、徐脈、排尿障害、膵障害を伴う腹部症状など、刺されて45分〜12時間程度の間に全身症状が出てくるものもあります。サソリでは重症の場合、窒息死を起こすこともあり、乳幼児では致死率が25〜60%と言われています。
しかし日本にもともと生息する虫には、こういった人の生命を脅かすほどの猛毒を持つ種類はほぼいません。日本にもサソリがいますが、人を刺す力が無かったり、人を刺しても毒性が弱かったりします。ただ、最近はペットブームで海外からさまざまな生き物が輸入されているので、絶対安心、とは言えないのですが。
日常で注意すべきは、ハチです。ハチに刺されると激痛が生じ、患部が赤く腫れてきます。多数のハチに同時に刺されると、ハチ毒素で急性中毒症状を生じます。怖いのは、ハチに刺された時に起こるアレルギー反応です。ハチ毒にアレルギーがあると、アレルギー反応の一種であるアナフィラキシーを起こすケースがあります。これは、ハチに刺されて5〜30分以内に起こります。突然発症し、全身性の急激な過敏反応を呈すのです。皮膚が赤くなる、呼吸困難、喘鳴、腹痛、嘔吐などが急激に起こり、ひどい場合、血圧低下や意識混濁を伴うアナフィラキシーショックを起こします。アナフィラキシーショックは、即座に適切な対応を行わないと、命に関わります。ハチに刺されて死亡する例のほとんどは、アナフィラキシーショックによるものです。
Q4 虫に刺されないためには、どういう対策が必要でしょうか?
屋外では、肌の露出を極力避けることです。特に、屋外で長時間過ごす時は、露出部分が少なければ少ないほどいいです。自然豊かな場所の方が虫が多いですが、虫に絶対に刺されたくないという人は、都心でも気をつけた方がいいかもしれません。
なお、この記事が掲載されるシーズンでは、ブユ(関東ではブヨ、関西ではブトとも呼ばれています)がまだ発生しています。ブユはハエの仲間で、発生時期は3〜10月頃。「刺す」というより、皮膚をかみちぎってそこから吸血します。体質によっては強い腫れや痒みを引き起こし、患部が赤く腫れ上がり、激しい痛みや疼痛、発熱を伴うことも。完治するまで数週間単位で時間がかかります。ひどい人では数ヶ月痒みが続いたり、慢性湿疹となって完治まで数年かかるケースもあるといいます。
ブユは北海道から九州まで全国的に分布し、渓流などのきれいな水辺に生息します。コロナ禍でキャンプが人気だと聞きますが、特に日光を遮る木々に囲まれたキャンプ場は
ブユの絶好の棲みどころです。気温が高くない時は一日中飛び回っていることもあります。
Q5 虫刺され対策には、長袖長ズボンが基本、ということですね。
ブユなどは、ズボンの裾から侵入したり、ストッキングの上から吸血することもあります。キャンプ場などでは、ズボンと靴下の間にすきまを作らないようにしたり、厚手の靴下を履いたりする方が、よりいいでしょう。
虫除けスプレーも活用しましょう。虫除けスプレーは市販されており、日本ではディートとイカリジンという2つの成分のものがあります。濃度はさまざまですが、この濃度は持続時間に関係していて、効果の高さとはリンクしていません。高濃度のものでも、汗をかいたり、衣服で擦ったりすると、説明書にある持続時間より短い時間で効果が薄れることもあります。状況を見て、頻繁にスプレーをするなどしてください。衣服の上からスプレーするタイプのものもあり、薄い衣服の場合は、それを活用するといいでしょう。
小児の場合、イカリジンはOKですが、ディートは濃度で制限があります。成分によって、守備範囲の虫も異なります。虫除けスプレーにはオーガニックタイプもあります。ただ、ディートやイカリジンと比べると効果が落ちる可能性があります。
Q6 虫に刺されたらどうすればいいですか?
とにかく、かかないこと。かくと痒みを引き起こすヒスタミンなどの物質が分泌されるので、痒みがよりひどくなります。かきむしれば、傷が広がり、蜂窩織炎のような最近感染症を招く恐れがあります。
虫刺され用の痒み止めが市販されているので、虫刺されが起こりやすい季節はそれを持ち歩き、虫に刺されたと思ったら速やかに塗ることをお勧めします。特にお子さんはかきむしって悪化しやすいので、早めの対処を。もし、痒みが強く、市販薬でも抑えきれなければ、早い段階で皮膚科を受診してください。
痒みは、冷やすと少し抑えられます。保冷剤をタオルなどでくるんで、患部に当てるのもいいかもしれません。また、貼るタイプ痒み止めを使い、無意識にかきむしってしまうのを防ぐのもひとつの方法です。
Q7 蓮池先生の美学を教えてください。
私は、父親が大学病院で産婦人科の勤務医をしており、母親は住んでいた町で眼科の開業医をしていました。小さい頃から「医療」が身近にあり、気づけば医師を目指していました。
私がクリニックのコンセプトとして掲げているのが「働く人を応援するクリニック」です。勤務医時代、外来の待ち時間が長くなり、患者様を待たせてしまうことがしばしばありました。患者様にとっては、仕事の合間に来づらい、受診のために会社を休むのも難しい……。受診を先延ばしにしたために、重症化してしまった患者様も何人も見てきました。そんな中、働く人が行きやすい場所にあり、待ち時間が短く、幅広い悩みに応えられるクリニックを作りたいという想いが強くなっていったのです。
当院を、オフィスが多く立ち並ぶ新宿西口に開院したのは、働く人がすぐに寄れるというアクセスの良さに着目したからです。大学病院や総合病院の第一線で活躍している医師が集まり、常勤医師5名体制としているため、待ち時間も比較的少なくなっています。2009年の開業から13年。今後も、患者様の病気や症状の悩みを解決するために今すべきことは何か、を考え続けたいと思っています。