目次
はじめに

医療ツーリズムが世界で注目
医療ツーリズム(メディカルツーリズム)とは、病気の診断や治療、人間ドックといった健康サービスを受けるために自国以外の国へ行くことを指します。近年、世界、特にアジアでは医療ツーリズムが注目を集めています。日本でもインバウンドが盛んになり、有名観光地はもちろん、日本人にとっては「どうしてここに?」と意外に思う場所でも外国人を見かけることが増えましたが、彼らの中には、医療ツーリズムを目的に来日した方もいるかもしれません。ほかのアジアの国と比べて日本の医療ツーリズムの受け入れはまだまだ少ないとはいえ、今後伸びていくこと可能性があります。医療ツーリズムの受け入れに力をいれる大阪市北区の医誠会国際総合病院理事長補佐の谷信幸さんに、注目の理由、問題点を聞きました。
医療ツーリズムとは
医療ツーリズムとは医療サービスを受けるために国外へ渡航すること
医療ツーリズムとは、診断や治療、人間ドックといった医療サービスを受けることを目的に、国外へ渡航することをいいます。メディカルツーリズム、医療観光といった言葉で言い換えられることもあります。利用目的は人それぞれで、例えば以下のようなケースが挙げられます。
・自国では受けられない医療を受けたい
自国ではまだ導入されていない高度な医療や、自国の医療技術では不十分だと考えられる医療を受けるために、国外へ渡航するケースです。
・自国での診断、治療に不安がある
自国で診断を受けたが、不安や疑問がある場合、高度な医療技術を求めて医療ツーリズムを利用する方もいます。医療ツーリズムで来院した患者さんの中には、心筋梗塞という診断を受け治療を受けていたが病状の改善が見られず来日し、適切な治療につながった方もいます。
・速やかに治療を受けたい
国によっては、医師や病院の数が不足しているため検査を終えるだけでも時間がかかってしまい、希望している治療がなかなか受けられないケースがあります。速やかに治療を受けるために、医療ツーリズムを利用する方もいます。
・治療費を抑えたい
国によっては、希望する医療を受けた場合、莫大な医療費がかかることがあります。医療ツーリズムで受ける治療は全て自費診療になりますが、それに渡航費、宿泊費、滞在費などを含めても、自国で受けるより安価に抑えられるケースがあります。
医療ツーリズムで求められる医療・サービス
高度ながん治療、生活習慣病対策、未病発見が求められています
多いのががんの治療です(医誠会国際総合病院の場合)。がんの治療は飛躍的に進歩しており、先進的な治療を求めて来日されます。ダビンチなどの手術支援ロボットを使った手術、免疫チェックポイント阻害剤や分子標的薬といった効果の高い最新薬を使った薬物治療、正常組織へのダメージは極力少なくがんを攻撃する放射線治療が現在、日本ではがん患者さんに対し、一般的に行われています。しかし国によっては富裕層であっても、これらの治療は受けられません。
糖尿病や高血圧といった生活習慣病対策の知識を求めて来日される方も少なくありません。入院し、生活習慣病対策・治療につながる食事の取り方、運動法をしっかり身につけて帰国されます。
人間ドックで受けるために年1回、定期的に来日される方もかなりいます。国によっては、未病の段階で検査を受けられる病院が限られており、検査内容も限定的です。さまざまな病気の可能性を丁寧に検査する日本の人間ドックは、国外では見られない医療サービスだと考えています。
美容医療も近年、医療ツーリズムとして需要が増えているジャンルになります。
日本の医療ツーリズムの強み

日本の医療ツーリズムの強みは主に4つあります。
的確な診断・治療
「日本で的確な診断・治療を受けたい」といった要望はかなりあります。日本へ医療ツーリズムで来た方の中には、検査の結果、自国で受けた診断とは違う病気が判明することが少なくありません。インドネシアでは冗談で「胸が痛いと訴えると、脚を診断される」といったたとえがあるほどです。
ホスピタリティ
ホスピタリティの素晴らしさは、日本へ医療ツーリズムで来られる方の多くが挙げます。日本では「チーム医療」の体制が取られています。ひとりの患者さんに対し、医者、看護師、薬剤師といったさまざまなスキルを持つ医療スタッフが連携し、治療に取り組んでいるのです。これによってきめ細かな対応が可能となり、医療ツーリズムで来日した方にとっては「私をちゃんと診てくれる=ホスピタリティの素晴らしさ」につながるのです。
医療の成熟度
日本では長年築かれた確固とした医療基盤があります。それによってスピーディーに医療を提供できます。経済発展が著しい国では、国民の生活が豊かになっても、医療の成熟度が追いついていないところが少なくありません。お金があれば、非常に高額な最新医療機器であっても、購入できます。しかし医療の成熟が遅れている国では、医療機器を使いこなし、診断・治療をできる医者がいません。最新医療機器と、医療機器を使いこなせる人材の両方が日本ではそろっています。
健康寿命の長さ
日本の健康寿命の長さは、世界的によく知られています。健康寿命の長い日本で未病を発見したいと、医療ツーリズムを希望される方はたくさんいます。
医療ツーリズムの難しさ

日本への医療ツーリズムは海外から注目を集めており、国策としてぜひ進めていきたい案件ですが、なかなか広がらないのには理由があります。
文化・宗教の違い
最たるものは、文化・宗教の違いです。日本では当たり前となっていることが、海外ではそうではありません。日本人の患者さんもいる病院内で、それにどう対応するかに難渋し、医療ツーリズムの受け入れに二の足を踏んでいる医療機関もあります。
言葉の壁
言葉の壁をどう超えるかも、医療ツーリズムを受け入れ際の難しさになります。医療には専門用語がたくさんあり、それに対応できる通訳者を医療機関が抱えなければなりません。
施設
医療ツーリズムはどうしても高額になります。医療ツーリズムで来日される方は富裕層であり、施設に対しても求めるレベルが高くなります。施設の設備をどうするかも、医療ツーリズムの難しさの一つといえます。
問題点
自国患者への医療提供が後回しにされる?
医療ツーリズムの問題点としてよく挙げられるのが「日本人の患者さんへの医療提供が後回しにされるのではないか」ということです。
医療ツーリズムで日本に来られた方の治療は全て自費となります。医療機関としては利益を得られるので、健康保険適用の日本人より優先的に医療ツーリズムを受け入れるようになるのではないかとの懸念から出てくる指摘でしょう。
私はその心配はないと考えています。医療ツーリズムで来られる方は増えているとはいえまだ限定的で、病院の患者さんの大半は日本在住の方です。そもそも日本の医療ツーリズムは、日本在住の患者さんへの医療提供の余剰分で取り組むことが前提です。医誠会国際総合病院でも、今後医療ツーリズムが増えたとしても、日本在住の患者さんの治療を最優先にすることは揺らぎません。
まとめ
日本の医療ツーリズムはまだ幕開けを迎えたばかりです。インバウンドが盛んになるにつれ、これからますます成長していくことでしょう。医療ツーリズムを利用する人の多くは富裕層で、医療以外に投資する金額も高額になることが予想され、日本経済の活性化につながります。他国との医療競争が生まれ、医療業界の活性化も期待できます。少子高齢化で地方の過疎化が問題視されていますが、医療と観光を組み合わせた医療ツーリズムに取り組む自治体も出てきています。これらの状況から、今後、医療ツーリズムに力をいれる医療機関は増えていくと考えられます。