厚生労働省の発表によると、日本人の死因第1位がん(悪性新生物)、第2位心疾患、第3位は老衰、第4位は脳血管疾患。このうち、第2位の心疾患と第4位の脳血管疾患の両方に関係しているのが、動脈硬化だ。
動脈硬化とは、動脈の血管の壁が厚くなったり、硬くなったりして本来の構造が壊れ、適切な働きができなくなることによって起こる病変の総称で、体中の血管に起こり、中でも心臓にある心筋に酸素や栄養素を供給するため心臓の表面に張り巡らされている冠動脈、脳、頚部、内臓、手足の動脈などに起こりやすいそうだ。
この動脈硬化を起こす原因の一つになっているのが、血液中に余分な脂質が多くなる脂質異常症だという。
東京慈恵会医科大学附属病院のサテライトクリニック「慈恵医大晴海トリトンクリニック」(東京都中央区)で、寝たきりのリスクを減らす新型人間ドック「ライフデザインドック」を2019年に考案・スタートさせた同院所長の横山啓太郎教授に脂質異常症について話を聞いた。
目次
- 1 Q脂質異常症とはどういう病気ですか?
- 2 QLDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライド(中性脂肪)について詳しく教えてください。
- 3 QLDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライドのうち、どれが高いかによって動脈硬化のリスクは変わりますか?
- 4 Qコレステロールが高めなので、卵の摂取量に気をつけています。しかし数年前、「卵はいくら食べてもいい」と話題になっていたような…。もしそれが本当なら嬉しいのですが、どうでしょうか?
- 5 Q脂質異常症の治療はどのようなものになりますか?
- 6 Q症状がないので治療を受けなくてもいいと思うのですが、いかがでしょうか?
- 7 QHDLコレステロール値が高くても問題ありませんか?
- 8 Q先生の美学を教えてください。
- 9 この記事を監修した医師
Q脂質異常症とはどういう病気ですか?
脂質異常症とは、
①「悪玉」と呼ばれるLDLコレステロールが増える
②「善玉」と呼ばれるHDLコレステロールが減る
③トリグリセライド(中性脂肪)が増える
のいずれかの状態を言います。ひとつに該当する人もいれば、複数に該当する人もいます。
脂質異常症は、特に自覚症状がありません。ところが、この状態を放置していると動脈硬化が起こり、気がつかないうちに静かに進行し、心筋梗塞や脳梗塞といった命に関わる病気を引き起こす恐れがあります。LDLコレステロール値やトリグリセライド値が高ければ高いほど、またHDLコレステロール値が低ければ低いほど、動脈硬化が進行しやすくなります。健康診断や人間ドックでコレステロールが高いと言われたら、年齢に関係なく必ず医師に相談してください。
QLDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライド(中性脂肪)について詳しく教えてください。
細胞の構成に必要なコレステロールは血液に溶け込まず、リポたんぱくというカプセルに包まれて血液中を移動します。このうち体の隅々までコレステロールを運ぶ働きをしているのが、LDL(悪玉)コレステロールです。ところが遺伝や体質などでLDLコレステロールの血液中の量が過剰になると、血管に沈着し蓄積します。やがてLDLコレステロールは酸化して「酸化LDLコレステロール」に変わって動脈硬化を起こし、心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすくするのです。
さらに最近は、LDLコレステロールが小型化した「小型LDLコレステロール」が問題視されています。超悪玉とも言われるこの小型LDLコレステロールは、血管壁に入り込みやすく、それが酸化されてより動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを上げると言われています。
リポたんぱくというカプセルに包まれて血液中を移動するコレステロールのうち、体から余分なコレステロールを回収する働きをしているものが、HDL(善玉)コレステロールです。LDLコレステロールが多いということはコレステロールがたまりやすいということで、一方、HDLコレステロールが少ないということは、余分なコレステロールが回収されないため、やはりコレステロールがたまりやすくなります。
中性脂肪は、糖質と並んで私たちにとって重要なエネルギー源です。しかしエネルギーとして使われなかった中性脂肪は、皮下や内臓周辺に貯蔵され、肥満を招きます。特に内臓周辺に蓄積されると、生活習慣病のリスクを上げる内臓脂肪型肥満を引き起こします。
QLDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライドのうち、どれが高いかによって動脈硬化のリスクは変わりますか?

注目されているのは、LDLコレステロールが小型化した超悪玉コレステロール(小型LDLコレステロール)と中性脂肪との関係です。中性脂肪が増加することによって、脂質代謝に異常が生じやすくなり、小型LDLコレステロールが増加するためです。反対に中性脂肪が減少すると、小型LDLコレステロールが普通のLDLコレステロールに戻ることも分かっています。つまり、動脈硬化の予防には、「中性脂肪を増やさない」「中性脂肪を減らす」ことが重要となってきます。
LDLコレステロールには遺伝や体質が関係している部分もありますが、中性脂肪はアルコールや甘いもの(糖分)によって増えやすい傾向があります。そのため、お酒をよく飲む人や、間食でケーキなどをよく食べる人は、中性脂肪が増えやすいので注意が必要です。
Qコレステロールが高めなので、卵の摂取量に気をつけています。しかし数年前、「卵はいくら食べてもいい」と話題になっていたような…。もしそれが本当なら嬉しいのですが、どうでしょうか?
2015年2月にアメリカ農務省と保健福祉省から、食事でのコレステロール摂取制限は必要ないとの発表があり、日本でも厚労省による「日本人の食事摂取基準2015年版」でコレステロール摂取の上限値がなくなりました。摂取したコレステロールが血液中のコレステロール値に与える影響には個人差が大きく、どれだけまで大丈夫という数字が出せないためです。時々、「だから卵はいくら食べてもいいんだ」と勘違いされる方がいますが、「どれだけ取っても大丈夫」という意味ではないことをしっかり認識してください。
現在、高血圧や糖尿病、喫煙など他の動脈硬化疾患の危険因子を持っておらず、LDLコレステロール値が高くない方は、現在の食事内容で問題ありません。しかし、卵黄、肉、バターなど動物性食品に多く含まれる飽和脂肪酸はLDLコレステロール値を増やすとされていますので、これらの食品は取りすぎないことをお勧めします。
そして、LDLコレステロール値が高い方、動脈硬化疾患の危険因子を持っている方は、これまで通り、食事でのコレステロール摂取制限と飽和脂肪酸の摂取の制限に努める必要があります。
Q脂質異常症の治療はどのようなものになりますか?
脂質異常症の診断基準は左記になります。
いずれも空腹時採血による数値です。いずれか一つに該当すれば脂質異常症です。
・LDLコレステロール値140㎎/㎗以上
・HDLコレステロール値40㎎/㎗未満
・トリグリセライド(中性脂肪)空腹時採血で150㎎/㎗以上
一般的に、生活習慣改善を行い、それでも数値が下がらない場合は、薬物治療となります。LDLコレステロールが高い人は、食物繊維の多い食品を増やし、EPA、DHAといったn-3系多価不飽和脂肪酸の多い青背の魚や、n-6系多価不飽和脂肪酸の多い大豆を積極的に食べましょう。飽和脂肪酸の多い食品(脂身の多い肉、ひき肉、鶏肉の皮、バター、ラード、やし油、生クリーム、洋菓子など)や、工業的に作られたトランス脂肪酸の多い食品(マーガリン、洋菓子、スナック菓子、揚げ菓子など)は控えましょう。動物性のレバーや臓物類、卵などはコレステロールが多いので少なめにしてください。
中性脂肪値が高い人は、アルコールの摂取や食べ過ぎ、高カロリー食品の取り過ぎなどが問題になります。カロリー摂取を少なめにすることを心がけてください。
また、適度な運動は、中性脂肪値を下げ、HDLコレステロールを増やします。日常的にウォーキングなどを取り入れるといいでしょう。
薬物療法は、主にLDLコレステロール値を下げる薬として、スタチンやエゼチミブ、レジン、プロブコールなどがあります。トリグリセライド(中性脂肪)では、フィブラート系、ニコチン酸系、多価不飽和脂肪酸などがあります。これらを病態によって単独または併用で用います。遺伝的要因が大きい家族性高コレステロール血症では、血漿交換の一つで、体外循環装置を用いて血漿からLDLコレステロールを除去する治療法を用いることもあります。
脂質異常症は合併症の有無で全く目標値が異なります。心筋梗塞や狭心症があれば、LDLは100mg/dl以下、糖尿病の合併があれば120mg/dl以下が目標値になります。
Q症状がないので治療を受けなくてもいいと思うのですが、いかがでしょうか?

脂質異常症には自覚症状がほとんどありません。そのため気づくのが遅れ、ある日突然心筋梗塞などの発作に見舞われる方が珍しくありません。健康診断などで「コレステロール値が高い」「中性脂肪値が高い」と言われたら、放置せずに早めに病院を受診してください。
QHDLコレステロール値が高くても問題ありませんか?
HDLコレステロールは、その血中濃度が高いほど動脈硬化性疾患にかかりにくいという過去の研究結果から「善玉」コレステロールと呼ばれています。ただし、まれに「コレステリルエステル転送タンパク欠損症」という病気で、HDLコレステロールが高い人がいます。この疾患については、合併症を起こすかは分かっていません。医師の指示に従ってください。
Q先生の美学を教えてください。
2019年に『健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である』を出版しました。この本には、私が普段考えていることが詰まっています。生活習慣病の中には、痛くもかゆくもないものが少なくありません。つまり、病気をどう捉えるかで、生活習慣への向き合い方が変わってくるのです。健康や生命を「資産」として考えると、どうすべきかは自分で決められるでしょう。その指南書としてこの本を使ってほしいと考えています。
私が常々口にする言葉に、「治さない治療 治さない医者」があります。医者は本来病気を治すもの。しかし私が力を入れているのは、患者さんが生活習慣病を発症しないための「行動変容」です。行動変容すると病気を発症しないのですから、「治さない治療 治さない医者」なのです。