
考えてみると、昨日より今日、今日より明日となるべく新しいものを探しながら、生きていく自分に興奮してきたような気がする。物珍しい習慣や驚くような性格の人間と会うと、納得するまで、何度もその驚きに触れるのが好きだった。
この1週間は母の体内から飛び出して以来、何年ぶりかに空想力や想像力を刺激させられた時間だった。改めて、誰かの力で僕自身が生かせてもらっているということを実感したのも初めてのことだ。
前立腺が腫れて手術をすることになった。生まれて初めて入院することになったのだが、それは大げさに言うと、人類が初めて月に足を踏み込むようなちょっとした恐怖感とロマンに溢れていた。入院の前には心臓や肺や血液などの状態を調べる検査があり、検査の先には手術がある。あまり人の気配のない病室を案内された。
ほんの数センチだけ開く窓の隙間から学生街の風が入り、白いレースのカーテンが揺れている。遅れて咲き始めた桜が毎晩のように花びらを浮遊させながら、初夏の風を運んでくる。慣れないベッドの上で眠れない夜がやってきた。
それにしてもこの不安感はどこから来るのだろうか。少年時代にリュックサック一つで出かけた海外旅行の準備をしている光景を思い出した。当時、最も大切にしなければならないものはパスポートだった。
今ここでは保険証がその代わりになっている。システム化された大学病院の医療カードには本人を確認するための写真も必要だ。入院当日、入院許可証と病院食のメニュー表が手元にあった。あの時の旅でいえばビザのようなものだろう。衣類はどうしようかと考えているうちに、〝諦めも肝心〟ということにした。
退院の前日、久しぶりにスニーカーを履いて病院の周辺をこっそり散歩した。
僕は再び明日から新しい旅に出ようと思った。〝帰国〟するのではなくどこか新しい国へ。
順天堂大学の病院の前には「死」や「病」というものを忘れさせてくれる30坪ほどの花壇がある。医者や同窓会からの寄付で植えられたハナミズキやスミレなどが元気よく色をつけている。患者に優しく設計された階段は、1段が10センチもない。10段ほどの階段は、小さな丘を螺旋上に登るように作られている。病室から見たら、きっと黄色や紫の〝かたつむり〟のように感じるだろう。
人間の歴史はある一定のサイクルで動いている。そして、多分それを支配しているのは、「人間の欲望」であろう。
桜が1日で散り、季節の中に溶けていくように、我々人類もやがて地球という星の中に散っていくのかもしれない。
「美楽」発行人 東 正任