自分やご家族に「意欲が出ない」「気分が落ち込む」などの不調が現れたとき、統合失調症なのか、うつ病なのか見分けるのは困難です。どちらも似た症状を示すため、自分で判断できず、不安な方もいるのではないでしょうか。
しかし、統合失調症とうつ病は似て非なるものです。幻覚や妄想を特徴とする統合失調症と、気分の波を制御できなくなるうつ病では、脳の問題や治療のアプローチが異なります。
この記事では、症状や原因、治療法の観点から、2つの病気の違いを解説します。自分やご家族が抱える症状への理解を深め、適切な対応をとるための参考にしてください。
統合失調症とうつ病の症状の違い
統合失調症とうつ病は、初期は意欲の低下など類似した症状が現れますが、本質は異なります。統合失調症は、主に現実を正しく認識する力が障害される一方、うつ病は気分のコントロールが難しくなる病気です。
ここでは、それぞれの病気の特徴や違いを以下の内容に分けて説明します。
- 統合失調症の陽性症状
- 統合失調症の陰性症状
- 認知機能障害
- うつ病の主な症状と統合失調症との違い
- 症状から見分けるためのチェックリスト
統合失調症の陽性症状
幻覚、妄想、思考障害などが、統合失調症の陽性症状です。幻覚や妄想は本人にとっては現実そのものであり、苦痛や恐怖を伴います。病気の症状であると自分で気づくこと(病識)が難しい場合もあるでしょう。
幻覚とは、実際には存在しないものを、あるように感じることです。周りに誰もいないのに声が聞こえたり(幻聴)、「お前はダメな人間だ」などの悪口が聞こえたりして、本人は辛い思いをします。
妄想とは、明らかに事実と異なることでも、真実であると信じ込み、周りが訂正することも難しい状態を指します。主な妄想の例は、以下のとおりです。
- 「食事に毒を入れられた」などの被害妄想
- 「テレビの話題が自分のことについて話している」と感じる関係妄想
- 「常に監視されている」と感じる注察妄想(ちゅうさつもうそう)
思考の障害とは、考えにまとまりがなく、話の道筋が急に飛んだり、会話が支離滅裂になったりする状態です。話の途中で、何を話していたか分からなくなることもあります。
統合失調症の陰性症状
統合失調症の陰性症状とは、感情や意欲などが失われる症状です。周りからは「怠けている」「やる気がないだけ」と誤解されがちですが、本人の意思ではコントロールできません。
陰性症状には、喜怒哀楽の表現が乏しくなったり、好きだった趣味などに関心がなくなったりするケースがあります。人との関わりが苦痛になり、引き込もりがちや、質問されても一言しか返事できない症状も現れます。
陰性症状は、陽性症状に比べて薬の効果が現れにくいことが特徴です。そのため、薬物療法とリハビリテーションなどを組み合わせた継続的な治療が重要です。
認知機能障害
統合失調症では、認知機能が低下する場合があり、日常生活や社会復帰の妨げとなります。認知機能とは、記憶・注意・判断など、社会生活を送るうえで必要な脳の知的機能のことです。
認知機能障害で起こる内容の詳細を以下の表にまとめました。
| 障害される機能 | 困りごとの例 |
| 注意・集中力の低下 | ・会話の内容に集中できず理解できない ・作業中に気が散りミスが多くなる |
| 記憶力の低下 | ・新しいことや人の名前が覚えづらくなる ・大切な約束や予定を忘れてしまう |
| 遂行機能障害 | ・計画的に物事を実行することが苦手になる ・料理のように手順の多い作業ができない |
| 判断力の低下 | ・物事の優先順位がつけられない ・状況に合った適切な判断ができない |
上記の症状によって、本人は自分の能力が落ちたと感じ、自信を失う原因になります。
うつ病の主な症状と統合失調症との違い
うつ病の主な症状は、気分の落ち込みであり、睡眠障害や食欲低下などの身体的な不調も見られることが特徴です。何事にも気力が湧かなくなったり、好きなことを楽しめなくなかったりすることもあります。
気分の落ち込みを基軸とした心身の不調が現れる点が、幻覚・妄想が主な症状である統合失調症と異なります。一方、うつ病に伴う意欲の低下や感情表現の乏しさは、統合失調症の陰性症状と類似する症状です。
ただし、重症化すると、うつ病でも幻覚や妄想などの精神病症状が見られます。統合失調症とうつ病を鑑別するには、医師による専門的な診断が欠かせません。
症状から見分けるためのチェックリスト
自分やご家族の症状が統合失調症とうつ病のどちらに近いか判断するために、以下のチェックリストを活用してください。
| 疑われる症状 | チェックリスト |
| 統合失調症 | ・誰もいないのに悪口や命令する声が聞こえる ・「見張られている」「狙われている」と感じて怖い ・自分の考えが周りに漏れている、または抜き取られていると感じる ・話のつじつまが合わない、話が飛ぶとよく言われる ・感情の起伏が少なくなり表情が乏しくなった ・好きだったことに興味がなくなり、やる気が起きない ・人と関わるのが嫌で、自分の部屋にこもりがちだ |
| うつ病 | ・ほぼ毎日一日中気分が沈んで憂うつだ ・今まで楽しめていたことが楽しいと感じられない ・なかなか寝付けない、または夜中や朝早くに目が覚める ・食欲が全くない、または逆に食べ過ぎてしまう ・いつも体が重くだるくて疲れやすい ・考えがまとまらず簡単なことも決められない ・「自分は価値のない人間だ」と自分を責めてしまう |
ただし、上記のチェックリストは医学的な診断に代わるものではありません。気になる症状があれば、医療機関に相談することが大切です。
統合失調症とうつ病は同時に発症する?
統合失調症とうつ病は、同時に発症することがあります。統合失調中の経過中にうつ病が発症するケースもあれば、うつ病の症状として幻覚や妄想が現れる場合もあります。
統合失調症とうつ病には類似する症状があり、区別は容易ではありません。併発しているかどうかは、専門の医師による診断を受けることが重要です。
統合失調症とうつ病が併発している場合、治療の仕方にも影響を与えます。両方の病気の症状を考慮して治療方針を決める必要があるため、自己判断せずに、必ず医療機関を受診しましょう。
統合失調症とうつ病の原因
統合失調症とうつ病は心の弱さが原因ではなく、脳の機能的な問題に遺伝や環境などの要因が重なり発症します。完全には解明されていませんが、主な発症要因は以下の表のとおりです。
| 要因 | 統合失調症で考えられること | うつ病で考えられること |
| 生物学的要因 | ・ドーパミンなどの神経伝達物質が過剰である可能性 ・脳の神経回路のつながりに問題がある可能性 | 気分や意欲に関わるセロトニンやノルアドレナリンが機能していない可能性 |
| 遺伝的要因 | 病気になりやすい体質が遺伝するケースがある | 遺伝する場合もあるが、統合失調症ほど関連性は強くないとされる |
| 環境的要因 | ストレスが引き金になることが多い | ストレスや環境の変化が引き金になる |
ほかにも、妊娠中の環境も統合失調症やうつ病の原因になりえます。妊娠中にお母さんが極度の栄養不足を経験した場合、お子さんが統合失調症やうつ病になるリスクが高まるという報告があります。(※1)
また、脳の神経を守る働きを持つビタミンDなどが、これらの病気の発症と関連している可能性も示唆されています。(※2)統合失調症やうつ病は、一つの原因だけでなく、さまざまな要因が絡み合い発症すると考えられています。
統合失調症とうつ病の治療法
統合失調症とうつ病の治療は、主に以下の3つの内容で進められます。
①薬物療法
②精神療法
③休養・環境調整
①薬物療法
薬物療法は、脳内で機能しづらくなった神経の働きを調整し、症状を和らげる治療です。統合失調症とうつ病では、原因と考えられる神経伝達物質の種類が違うため、使われる薬も異なります。
統合失調症の薬物治療では、ドーパミンの調整が目的です。主に抗精神病薬が使われ、ドーパミンの過剰な活動を抑えることで、幻覚や妄想などを改善する効果が期待できます。
うつ病の原因は、セロトニンやノルアドレナリンなどの不足が疑われています。(※3)主に抗うつ薬を服用することで、セロトニンなどの気分や意欲に関わる物質の働きを活発にします。憂うつな気分や興味がわかないなどの症状を和らげることが期待できます。
②精神療法
精神療法も、統合失調症とうつ病の治療法です。薬で症状がある程度落ち着いた段階で、再発予防やストレスへの対処法を身につけるために行われます。
主な精神療法は、以下の3つです。
- 認知行動療法(CBT)
- 社会生活技能訓練(SST)
- 心理教育・家族療法
認知行動療法(CBT)では、物事の受け取り方(認知)が気分や行動にどう影響するかを理解させる治療です。ストレスを感じやすい考え方のパターンを、柔軟でバランスの取れたパターンに変える練習をしていきます。
社会生活技能訓練(SST)は、主に統合失調症の方に用いられるリハビリテーションの一つです。対人関係や日常生活で必要なコミュニケーションスキルを、ロールプレイングなどを通じて練習します。成功体験を積み重ね、社会生活への自信を取り戻すことを目指す方法です。
心理教育・家族療法では、本人だけでなく、ご家族も一緒に病気について学びます。病気の症状や薬の役割、本人への適切な接し方などを知ることで、ご家族の不安の軽減につなげます。
これらの精神療法は、すぐに効果が出るものではありません。しかし、根気強く続けることで、薬だけでは補えない部分が回復することに期待できます。
③休養・環境調整
心と体をしっかり休ませ、安心して過ごせる環境を整えることは、統合失調症やうつ病を治療するうえで大切です。
うつ病は心の病気ではなく脳のエネルギーが枯渇した状態です。治療するには、仕事や学校など、ストレスの原因から物理的に離れる必要があります。何もしないことに罪悪感を覚えるかもしれませんが、休むこと自体が治療であると理解しましょう。
統合失調症の場合、幻覚や妄想などにより感覚が過敏になることがあります。周囲の些細な物音や光を、強い刺激と感じる場合があるため、落ち着けて安心できる場所を確保することが回復を助けます。ご家族は本人の言動に対して、穏やかな態度で見守ることが大切です。
統合失調症とうつ病の方は、判断力が低下している可能性があります。判断力が低下している状態で、退職や離婚、大きな買い物などの人生を左右する決断は避けることが望ましいです。症状が落ち着いてから改めて考えましょう。
治療や生活を支える公的支援制度
統合失調症やうつ病の治療は、ある程度の期間が必要になることが多いです。国や自治体による公的支援制度として、以下の3つを紹介します。
- 自立支援医療制度による医療費軽減
- 精神障害者保健福祉手帳と障害年金の活用
- 就労移行支援事業による社会復帰サポート
自立支援医療制度による医療費軽減
自立支援医療(精神通院医療)は、統合失調症やうつ病などの精神疾患の治療で継続的に通院が必要な方の医療費負担を軽減する制度です。通常、健康保険を使うと医療費の窓口負担は3割ですが、制度を活用することで原則1割にまで軽減されます。
自立支援医療制度は経済的な負担が治療の妨げにならないようにする大事な仕組みです。ご家庭の所得に応じて、1か月あたりの自己負担額に上限があります。
自立支援医療制度の軽減対象となるのは、クリニックの診察料や薬代だけではありません。社会復帰を目指すためのデイケアや、訪問看護の費用なども含まれます。
制度の申請は、お住まいの市区町村の担当窓口(障害福祉課など)で行えます。手続きには医師の診断書が必要ですので、制度を活用したい方は、はじめに主治医にご相談ください。
精神障害者保健福祉手帳と障害年金の活用
精神障害者保健福祉手帳と障害年金は、統合失調症やうつ病の患者さんの生活を支える制度です。治療により日常生活に一定の支障が出ている場合に使用できます。
精神障害者保健福祉手帳は、さまざまな福祉サービスを受けるためのパスポートに近いものです。病状の程度に応じて1〜3級に区分され、等級に応じた支援が受けられます。
障害年金は、病気により収入が減少した場合などに利用できる公的な年金です。初めて医師の診察を受けた日に、どの年金制度に加入していたかによって種類が異なります。
初診日に国民年金に加入していた方は障害基礎年金、厚生年金に加入していた方は障害厚生年金が対象となります。
これらの制度は、本人が安心して療養し、安定した生活を送るための権利です。主治医や病院のソーシャルワーカー、市区町村の窓口で相談できるため活用を検討しましょう。
就労移行支援事業による社会復帰サポート
病状が安定し、仕事する意欲が湧いてきたとき、社会復帰を後押ししてくれるのが就労移行支援事業です。就労移行支援事業は、障害のある方が一般企業への就職を目指すために、さまざまなサポートを受けられる福祉サービスです。
就労移行支援事業所では、画一的なプログラムではなく、個人の希望や病気の特性に合わせた個別支援計画を作成します。自分のペースで社会復帰の準備を進められるでしょう。
受けられる支援の例は以下のとおりです。
- 職業訓練
- 自分の病気の特性やストレスへの対処法の理解の深化
- 就職活動の伴走支援
- 就職後の職場定着サポート
社会とのつながりを再び持つことは、自信の回復や病状の安定にも良い影響を与えてくれます。原則として最長2年間利用できるので、主治医と相談しながら活用を検討してみましょう。
まとめ
統合失調症とうつ病は、意欲の低下など似た症状が現れるため見分けるのは難しいものです。同時に発症する可能性もあるため、自己判断での放置は望ましくありません。
どちらの病気も心の弱さが原因ではなく、脳の機能が関係する病気であり、適切な治療で回復を目指せます。利用できる公的な支援制度も多いので、統合失調症・うつ病の患者さんやご家族は活用を検討してください。
病気になっても一人で悩まず、まずは精神科や心療内科といった医療機関に相談しましょう。
参考文献
- Eichenauer H, Ehlert U.The association between prenatal famine, DNA methylation and mental disorders: a systematic review and meta-analysis.Clin Epigenetics,2023,15(1),152.
- He J, Gao Z, Li X, Zhao L, Tian X, Gao B.Systematic review of optimizing brain-targeted vitamin D delivery: Novel approaches to enhance mental illness therapeutics.Brain Res,2025,1858,149656.
- Delgado PL. Depression: The Case for a Monoamine Deficiency. J Clin Psychiatry. 2000;61(suppl 6):7-11.
