「なぜか仕事に集中できない」「うっかりミスが続いてしまう」などの悩みはADHDの特性として知られています。しかし、考えがまとまらなかったり、現実感が薄れたりする感覚も同時にあれば、統合失調症が潜んでいるかもしれません。
この記事では、混同されやすく、見過ごされがちな統合失調症とADHDの症状や原因、治療法の違いを解説します。もし併発していた場合は、向き合い方や対処法を学ぶことで、次の一歩を踏み出すきっかけになるでしょう。
目次
統合失調症・ADHDの特徴
統合失調症とADHD(注意欠如・多動症)は、集中力の低下など一部似た症状を示すため混同されることもありますが、性質は異なります。
ここでは、「①統合失調症の主な症状」と「②ADHDの主な症状」を解説します。
①統合失調症の主な症状
統合失調症の症状は、主に以下の3つのタイプに分けられます。
- 陽性症状
- 陰性症状
- 認知機能障害
陽性症状は、実際にはないものをあるように感じる幻覚や幻聴が見られます。誰かに監視されているなどの被害妄想や、事実とは異なることを強く信じ込む症状もあります。
陰性症状は、感情や意欲などが失われてしまう症状のことです。周囲からは怠けていると誤解されやすいですが、統合失調症が原因です。喜怒哀楽の表現が乏しくなり、表情が硬くなる感情の平板化や意欲の低下が症状として現れることもあります。
認知機能障害は、記憶力や注意力、判断力など知的な機能が低下する症状です。日常生活を送るうえで、さまざまな困難が生じます。
ただし、いずれも人によって症状の現れ方が異なる点には注意してください。
②ADHDの主な症状
ADHDの主な症状は、不注意・多動性・衝動性の3つです。本人の性格や努力不足が原因ではなく、生まれつきの脳機能の偏りにより起こります。症状の現れ方は人により異なり、年齢によっても変化します。
不注意(注意力の問題)の特徴は、集中力を持続させづらくなり、仕事や勉強でケアレスミスが多くなることです。忘れ物の頻度が多く、約束や締め切りも忘れがちになります。人の話を聞いていても、ほかのことに気を取られて内容が頭に入らないこともあります。
多動性は、静かに座っていることが苦手で、無意識に手足を動かしたりそわそわしたりするなどの症状です。子どもの頃は走り回るなどの行動が目立つことが多いですが、大人になると減る傾向にあります。
衝動性は、相手の話を最後まで聞かずにさえぎったり、順番を待つことが難しかったり、後先を考えずに行動したりすることが特徴です。衝動買いをしてしまうなど、計画性のない行動につながることも多いです。
統合失調症とADHDの違い
ここでは、統合失調症とADHDの違いとして、以下の3つの内容を説明します。
①症状
②原因
③治療法
①症状
統合失調症とADHDの症状の違いや具体例を表にまとめました。
| 項目 | 統合失調症の症状 | ADHDの症状 |
| 症状の根幹 | 知覚や思考の異常 | 注意や行動をコントロールする機能の異常 |
| 具体例 | ・誰もいないのに声が聞こえる(幻聴) ・事実ではないことを強く信じ込む(妄想) ・考えがまとまらず会話がちぐはぐになる ・意欲がわかず引きこもりがちになる | ・うっかりミスや忘れ物が多い(不注意) ・じっとしていられずそわそわする(多動性) ・後先考えずに行動してしまう(衝動性) ・約束や時間を守るのが難しい |
ただし、統合失調症とADHDは似ている症状もあります。なかでも、統合失調症の陰性症状である意欲や集中力の低下は、ADHDの不注意の特性と類似しています。
②原因
統合失調症とADHDは、どちらも脳の機能的な不調が関係していますが、発症メカニズムは異なると考えられています。
発症の原因は正確にはよくわかっていません。しかし統合失調症になる要因をもっている人が、仕事や人間関係などのストレス、進級や就職、結婚など人生の転機となる場面で感じる緊張・不安、日常的な心身の疲労、などがきっかけとなり、発症するのではないかと考えられています。(※1)
ADHDは、先天的な脳機能の発達の偏りによる神経発達症の一つです。ADHDの原因は、はっきりとはわかっていません。しかし、さまざまな研究より、ADHDは「脳」の機能、特に注意や行動をコントロールする脳の部位(前頭前野など)に原因があることで、ADHDの症状を呈していると考えられています。(※2)特性は生まれつきのものであり、養育環境のみによって、ADHDになるというわけではありません。
③治療法
統合失調症とADHDは、薬物療法と心理社会的療法で治療を進められますが、中心となる方法が異なります。
統合失調症治療の基本は、ドーパミンの過剰な働きを調整する抗精神病薬を用いた薬物療法です。薬により、幻覚や妄想などの陽性症状を安定させます。
薬物療法と合わせて、ストレスへの対処法を学んだり、安心して過ごせる環境を整えたりする心理社会的療法を行うこともあります。特に、認知行動療法(CBT)はその適用範囲を統合失調症圏の精神障害にまで広げていて、cognitive behavioral therapy for psychosis(CBTp)と呼ばれています。
ADHDの治療は、心理社会的療法と薬物療法の併用が基本です。心理社会的療法では、自分の特性を正しく理解し、日常生活の困難を減らすための工夫や、具体的な対処スキルを身につけさせます。心理社会的療法に加え、薬物療法も行われるでしょう。
ADHDの治療薬は、不足している神経伝達物質の働きを助け、不注意や衝動性を和らげる効果が期待できます。メチルフェニデートやアトモキセチンなどが主な治療薬です。
もし統合失調症とADHDが併発している場合は、どちらの症状が生活に強く影響しているかを判断することが大切です。症状の現れ方から、薬の選択や治療の優先順位を慎重に決める必要があります。
統合失調症とADHDは併発のリスクがある
統合失調症とADHDは、併発するケースが認められています。海外の研究によると、統合失調症の患者さんのなかには、ADHD陽性の方も多くいると報告されています。(※3)遺伝的な要因や、脳が発達する過程での環境要因の共通性が考えられる原因です。
統合失調症の意欲・集中力の低下とADHDの不注意は、症状が似ているため、どちらが主な原因かを見分けるのが困難です。ADHDの衝動性や計画性のなさが、統合失調症の治療で重要な服薬の継続・通院を難しくすることもあります。
統合失調症とADHDの併発は、症状が複雑に絡むため、どちらか一方の病気として見過ごされがちです。適切な治療につながるまでに時間がかかることも多いでしょう。
統合失調症とADHDが併発した場合の診断と治療
統合失調症とADHDが併発した場合の診断と治療の進め方などを詳しく見ていきましょう。
問診と心理検査で診断
統合失調症とADHDが併発した場合の診断方法は、問診と心理検査です。丁寧な問診と客観的な心理検査を組み合わせ、多角的に状態を評価していきます。
問診では、現時点で困っている症状を聞き、症状の経過や子どもの頃の様子、過去の病歴や家族歴など患者背景も聴取します。問診後に行うのが、以下のような心理検査です。
- 知能検査(WISC・WAIS):言語理解、知覚推理、記憶、処理速度などのさまざまな側面から知能を測定する検査
- 注意機能検査(CPTなど):注意の持続力や衝動的な反応の傾向を評価
- ASRS(成人用ADHDスクリーニングテスト):DSM(精神疾患の診断基準)に基づいて作成された、ADHDの簡易自己記入式質問紙
- CAARS(コナーズ成人ADHD評価スケール):成人のADHDの特性を詳細に評価するための心理検査。
WISCとWAISは、どちらもウェクスラー式知能検査ですが、対象年齢が異なります。WISCは児童(5歳〜16歳11ヶ月)を対象とし、WAISは成人(16歳〜90歳11ヶ月)を対象としています。
最近の知見
最近では、発達障害の要支援度評価尺度(MSPA:エムスパ)を用いることもあります。
MSPA(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)とは京都大学の先生を中心に開発された発達障害の特性の程度と要支援度の評価尺度です。発達障害の特性について多面的に評価を行い、特性チャートにまとめることで、支援が必要なポイントを視覚的にとらえることができます。
心理検査と診断について
心理検査だけでADHDの診断が確定するわけではありません。
医師は複数の検査結果や問診内容を総合して判断します。診断や検査は、専門の医療機関(精神科、特に児童思春期を専門とする医師)で受けることが一般的です。検査を受ける前に、医師に相談することが大切です。
検査内容によって費用が異なりますので、事前に医療機関に確認しましょう。
薬物療法の併用と注意点
統合失調症とADHDを併発している場合、それぞれの症状に対して、薬を組み合わせて使う併用療法が検討されます。併用療法は、医師が効果と副作用のバランスを判断しつつ進める治療法です。
統合失調症に対しては、主に抗精神病薬を用いてドーパミンの過剰な働きを調整し、幻覚や妄想、思考の混乱を和らげます。ADHDに対しては、主にADHD治療薬が使われ、不注意や多動性・衝動性の改善を目指します。
薬を組み合わせる際は、以下の表に示す点に注意が必要です。
| 項目 | 注意点 |
| 症状悪化のリスク | ・ADHD治療薬にはドーパミンの働きを強める作用がある ・ドーパミンが活発になると、統合失調症の幻覚や妄想を悪化させてしまう可能性がある |
| 副作用の発生 | ・統合失調症とADHDの薬は副作用があるため、慎重な観察が必要 ・眠気、吐き気、食欲の変化などが現れる可能性がある |
| 少量からの調整 | ・効果の出方や副作用は個人差が大きい ・少量から開始し、症状があるほうの状態に合わせて細かい調整が必要 |
| 自己判断で中断することは避ける | ・効果を感じられない、副作用が気になるという理由で薬を中断することは避ける ・薬を中断すると症状が急に悪化する可能性がある |
心理社会的療法とSST(ソーシャルスキルトレーニング)
心理社会的療法とSSTも、統合失調症とADHDが併発した場合の治療法です。
心理社会的療法は、困難と上手く付き合うスキルを身につける治療です。代表的なものに認知行動療法(CBT)があります。物事の受け取り方や考え方のクセに気づき、ストレスがかからないよう、より柔軟な対処法を練習します。
心理社会的療法を行うことで、統合失調症の再発予防につなげる効果が期待できます。「自分はダメだ」などの否定的なイメージを修正し、計画的に物事を進めるコツを身につけるのに役立ちます。
SSTは、ソーシャルスキルトレーニングの略称です。対人関係を円滑にするための具体的な方法を、グループでの話し合いやロールプレイングを通じて練習するリハビリテーションです。
SSTで練習するスキルの例は、以下のとおりです。
- 相手に分かりやすく自分の気持ちを伝える練習
- 上手な頼み方、断り方の練習
- 会話を始めたり、続けたりする練習
- 相手の話を最後まで聞く練習
衝動的な行動の背景には、脳の反応を抑える機能の働きが関係していると考えられています。SSTは、この脳の特性をスキルで補助するトレーニングです。
優先順位をつけた治療計画の立て方
統合失調症とADHDの両方を一度に解決しようとするのは難しいでしょう。本人とご家族、医師が協力して、どちらの症状から治療していくか優先順位を決めることが大切です。
治療計画の基本的な立て方は、自分やご家族の安全や健康をおびやかす可能性がある症状を安定させることです。安全が確保された状態であれば、現在の生活で大きな支障となっていることをピックアップして、解決を目指します。
治療計画を立てる際は、精神的な症状だけでなく、長期的な視点で身体的な健康管理も含めてサポートを考えることが大切です。治療計画は一度決めたら終わりではなく、都度見直していくものになります。
まとめ
「集中できない」「仕事がうまくいかない」などの悩みは、統合失調症とADHDのどちらの病気でも見られます。しかし、両者の病気の背景にある原因や対処法は異なります。
もし両方を併発した場合、症状が複雑で、自分で原因を見極めるのは困難です。専門家による診断のもと、現在の生活への影響が大きい症状から優先順位をつけ、あなただけの治療計画を立てていくことが大切です。
一人で悩まず、不安を感じた時点で、専門の医療機関へ相談してください。
参考文献
- McCutcheon RA, Krystal JH, Howes OD.Dopamine and glutamate in schizophrenia: biology, symptoms and treatment.World Psychiatry,2020,19(1),15-33.
- Prasad S, Kumminimana R.Attention-deficit/hyperactivity disorder: insights, advances and challenges in research and practice.Postep Psychiatr Neurol,2025,34(3),196-206.
- Cheng N, Bryce S, Takagi M, Pert A, Rattray A, Fisher E, Lai M, Geljic M, Youn S, Wood SJ, Allott K.The Prevalence of Attention Deficit Hyperactivity Disorder in Psychotic Disorders: Systematic Review and Meta-analysis.Schizophr Bull,2025,51,6,p.1514-1528.
