目次
はじめに
地球温暖化の影響で、近年、夏(6〜8月)に入る前から「夏日」になることがしばしばある。読者の中には、「5月なのに30度以上の真夏日!?」と驚いた記憶がある人もいるのではないだろうか。
人間の体は、暑い日が続くと次第に暑さに慣れ、暑さに強くなる。この暑さに慣れていくことを暑熱順化という。暑熱順化ができると、低い体温でも汗をかきやすくなって汗の量が増え、皮膚の血流が増加する。熱が逃げやすくなり、体温の上昇を防ぐことができ、暑くても楽に過ごせるようになる。しかし5月のように、「ときたま夏日」という状況では、まだ暑熱順化できていないので、体の熱をうまく外に逃がせず、熱中症になりやすくなる。暑熱順化できるまでは数日から数週間かかるといわれているので、本格的な夏日を迎える前、まさに5月から、熱中症対策をしておく方がいい。
今回は、食の面からどう対策を講じるべきかを、東京慈恵会医科大学付属病院栄養部 管理栄養士の赤石定典さんにお話を聞いた。
Q夏を元気に乗り切るためには、どういう食事を意識すべきでしょうか?
私は主に、3つの点を意識してほしいと考えています。まず1つめは、冷房(クーラー)病です。
部屋の外に出ると30度を超える暑さ。しかし部屋に入ると一転、冷房ががんがんに効いて冷え切っている。こういった室内外の温度差が大きいと、自律神経が正常に働かなくなり、不調が生じやすくなります。これを冷房病といいます。冷房は熱中症対策のために欠かせませんが、使い方によっては体を壊してしまいます。
なぜ、室内外の温度差が大きいと自律神経が乱れてしまうのでしょうか?それは、私たちの体は自律神経の働きによって体温調節をしているから。暑い時は、血管を広げて放熱しやすくし、汗をかいて体温を下げようとしますし、寒い時は血管を収縮させて、熱が体の外に逃げないようにします。
しかし、気温が高い屋外、冷房が効き過ぎた部屋の中を行ったり来たりしていると、自律神経に負担がかかり、その働きが乱れてしまうのです。自律神経が乱れると、だるい、眠れない、疲れが取れない、頭痛、動悸や息切れ、めまい、のぼせ、立ちくらみ、便秘、下痢、冷え、イライラ、不安感、情緒不安定など、心身のさまざまな不調が生じます。
一般的に、部屋の温度が25度以下の場所に長くいたり、室内外の温度差が5度以上あったりすると、自律神経が乱れやすくなるといわれています。生活面では、夏もぬるめのお風呂に浸かり、適度な運動を続けることが、冷房病対策に有効です。
私の専門分野である「食」については、冷たい物を取り過ぎず、血流を良くする食べ物をお勧めします。しょうがやニンニクなどさまざまな食品がありますが、わかりやすいものとしては、スパイス料理。代表的なのがカレーですね。あの独特の香りは食欲をそそりますから、食欲不振のときにもお勧めです。
カレーに含まれるスパイスには、血流を良くし、新陳代謝を高める作用があります。カレールウを使ったものでもいいですが、本格的なスパイスを使ったカレーならなおいいです。クミン、コリアンダー、カルダモン、シナモン、クローブ、ナツメグ、ブラックペッパー…。面倒であれば、20〜30種類のスパイスが使われているカレー粉や、3〜10種類のスパイスを配合して作られているインドを代表するミックススパイス「ガラムマサラ」、あるいは好みのスパイスを、普段の料理に加えてもいいでしょう。
Q2つめの意識する点はなんでしょうか?

糖質の取り過ぎです。
暑い時期によく食べるものとして、そうめん、ざるそば、冷やし中華、アイスクリームなどがあります。よく冷えたそうめんは、食欲がないときでもつるつるっと入りますし、暑い日に食べるアイスクリームは格別の味ですよね。ついそれらを選んでしまう気持ちはよくわかりますが、これらで懸念されるのは、糖質に偏った食事になってしまうことです。糖質に偏った食事では、糖質がエネルギーへとうまく代謝されず、疲れやすくなってしまいます。
三大栄養素、五大栄養素という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。三大栄養素は体を動かすエネルギー源となる栄養素で、糖質(炭水化物)、脂質、たんぱく質。中でもたんぱく質は、体内で合成できるアミノ酸と、体内で合成できずに食事から摂取する必要がある9種類の必須アミノ酸にわかれます。また、これら三大栄養素に、微量栄養素ともいわれるビタミン、ミネラルを加えたものが五大栄養素になります。健康に、元気に過ごすためには、五大栄養素が欠かせません。
話を戻すと、例えばそうめんだけでは、糖質は十分に足りているものの、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルが取れていません。糖質をエネルギーに変えるにはビタミンB1が不可欠。ビタミンB1には、老廃物を代謝して疲労を回復する働きもあります。
もし、そうめんを食べるなら、豚キムチをプラスする。豚肉には脂質、たんぱく質が含まれていますし、ミネラルもバランスよく含まれています。何よりビタミンB1が豊富です。
キムチに使われるニンニクには、ビタミンB1の吸収をよくするアリシンがあります。キムチの白菜にはビタミンCが含まれていますし、白菜が発酵することでビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB12、ナイアシンなどのビタミンB群が大幅に増えて栄養価がアップします。豚キムチに玉ねぎ、ニラなどを追加しても、それらでアリシンの摂取量が増しますから、いいですね。
要は、糖質の料理1品で済まさない。アイスクリームのような糖分が入っている物を取り過ぎない、ということです。
Qビタミン類は、加熱調理した料理でも摂取できますか?ビタミンCは熱に弱いとも聞くのですが…。
ビタミンCは熱に弱い、ということはよくいわれていますが、食品中のビタミンCの安定性について行われた研究では、「アスコルビン酸溶液中の総ビタミンC量は100度180分ほどの加熱で減少」「アスコルビン酸酸化酵素を含まない食品汁液では、100度、210分の加熱でも30〜50%程度残存するものがある」という結果が出ており、ビタミンCだけの溶液では、加熱しても長い時間、高温に耐えています。
一般的な調理では、ビタミンCが加熱で失われてしまうことは心配しなくてもいいでしょう。それよりも、ビタミンC、そしてビタミンB群などビタミンの摂取の際に注意したいのは、水分に溶け出してしまうことです。ゆでこぼす(ゆでた汁を捨てる)調理法では、ビタミン類が減少してしまいます。スープごといただく料理であれば、水分に溶け出たビタミン類も摂取できるので、お勧めです。
Q栄養が偏っている場合、サプリメントを活用するのも有効でしょうか?
サプリメントのメリットは、不足している栄養素を補えることですが、言い換えれば、それしか補えません。
野菜や果物を取れば、ビタミン類だけでなく、カリウム・カルシウム・鉄分といったミネラルも取れますし、食物繊維、ファイトケミカルなどほかの栄養素も取れます。ファイトケミカルは、植物が紫外線や昆虫など植物にとって有害なものから体を守るために作り出したもので、数千種類以上あり、抗酸化作用を持つものが多い。抗酸化作用による老化予防、代謝の促進、免疫力向上、脳機能の強化などさまざまな働きが期待できるので、健康維持のためにぜひとも摂取して欲しいのですが、野菜や果物を取れば、それら複数の栄養素を一度に取れるのです。サプリメントではそうはいきませんね。
私は、サプリメントを否定しているわけではありません。順番が大事。サプリメントを取るから偏った食事でもいいや、ではなく、まずはバランスの取れた食事。そのうえで、どうしても不足してしまう栄養素をサプリメントで補うようにしてください。
Q3つめの意識する点について教えてください。
これからの季節に意識してほしいことの3つめは、「水分不足にならない」です。熱中症予防には非常に重要なポイントですし、夏バテ予防にも役立ちます。
水分摂取は、こまめに取ることが基本。喉が渇いていなくても、取ってください。一度にたくさん水分摂取をしても吸収されません。
スポーツ飲料は、屋外でスポーツをして汗をたくさんかいたときにはいいかもしれませんが、通常の生活では、水やお茶で十分。スポーツ飲料には糖分が含まれているので、日常的に取ると糖尿病のリスクを高めます。なお、夏の水分摂取は、砂糖入りのアイスコーヒー、アイス紅茶などもNG。ビールも水分摂取にはなりません。むしろ、排尿を促しますので、ビールばかり飲んでいると脱水症状になりかねません。
ご高齢者では、「トイレが近くなると嫌だから」と水分をあまり取らないようにしている方もいます。熱中症は命にかかわりますので、どうぞ、こまめな水分摂取を心掛けてください。
脱水を避けるうえで、私が皆さんに提案しているのが、果物や夏野菜の摂取。特に、果物は手軽に取れるので、お勧めです。果物には水分がたくさん含まれていて、水分補給にもってこいです。さらに、前項で触れたファイトケミカルも含まれています。夏の紫外線は体内の活性酸素を増やし、老化を促進します。皮膚の細胞内に大量の活性酸素が発生すると、肌の弾力やハリを保つコラーゲンやエラスチンを破壊・変性し、肌のシワやたるみの原因にもなります。メラニン色素を誘発させ、シミの原因にも。果物で水分摂取ができるうえ、活性酸素対策ができるのですから、一石二鳥です。
果物を食べるときは、皮付きが一番。一年中手に入れやすいキウイフルーツなどはいかがでしょうか?皮は手でこすり洗いし流水で流せば、表面のケバケバが取れてつるつるになります。キウイには皮の部分に栄養素がたくさんあるので、ぜひとも丸ごと食べてください。
Q果物を取り過ぎると太るのではないかと心配です。
それは大いなる誤解です。ほとんどの果物は80〜90%程度が水分。水分量が果物の中では少ないバナナ(それでも75%が水分)ですら、1本食べてもご飯50グラム程度のカロリーです。適量を取っていれば、太ったりはしないでしょう。果物は、朝は金、昼は銀、夜は銅といわれているくらいで、朝昼夜いつ取っても体にいいのです。ただし、夕食後に取るのはやめてくださいね。
夏を元気に乗り切る3つのコツとは
① 冷房病に気をつける
室内外の温度差が大きいと自律神経が乱れやすくなるので、冷房の設定温度には気をつけましょう。
② 糖質の取り過ぎにご用心
糖質に偏った食事では、疲れやすくなるのでバランスの取れた食事をするようにしましょう。
③ 水分不足にならない
夏場の水分摂取は、こまめに取ることが基本。喉が渇いていなくても取ってください。