目次
はじめに
「男は右脳に強く、女は左脳に強い」とよく言われていますが、それは本当なのでしょうか。現在では別の「右脳、左脳論」が登場しているそうです。・・・・さらに、現在私たちの生活は、「左脳に頼る」時代と言われていますが、その理由は・・・・。
医師であり、作家でもある米山公啓先生に、脳の鍛え方やストレスと脳、うつ病と脳との関係についてお話をお伺いしました。
Q脳ではどんなことが行われているのでしょうか?
脳は、大脳皮質、大脳辺縁系、大脳基底核、間脳、小脳、脳幹の6つで構成されています。 脳で行われていること(働き)をざっと説明すると、考える、話す、行動する、覚える、音楽を聴く、人とコミュニケーションする、理解する、読み書きをする、暑さ・寒さなどを感じる、運動をする、呼吸をする、性欲、快・不快・怒り・恐れ・不安などを感じる、姿勢を正しく保つ、呼吸・循環・発汗・排泄などいろいろな臓器や器官の働きを自動的に調整する……などなど。
生きていくために関係している、あらゆることが行われています。
Q「右脳」と「左脳」の働きについて教えてください。

大脳皮質は、前後に走る大きな溝(大脳縦列)で右半球と左半球に分かれています。これが一般的に、右脳、左脳と呼ばれるものです。この2つは、「脳梁」という太い神経の束でつながっています。脳梁が太いと、左右の情報がスムーズに交換されて両方の機能が連動して働きます。脳梁が細いと左右の脳の独自性が高まります。
右脳、左脳と、それぞれの働きは、異なっています。右脳はアナログ、左脳はデジタル。あるいは右脳がイメージ、左脳が論理思考です。
「男は右脳に強く、女は左脳に強い」とよく言いますが、それはあくまでもどちらかといえばという話。文字情報があふれる現代社会においては、どうしても左脳に偏った生活になりがちです。電車に乗るにしても、矢印通りに進めば切符売り場に到着し、路線図を見ればどうやって行けるかが一目瞭然です。携帯電話の機能を使って調べれば、最短コースがすぐに分かります。想像力を働かせなくても、表示されている通りにすれば、難なく目的地に着けるのです。右脳をあまり使わなくても、今は快適に生きていけます。だからこそ、左右両方の脳をバランスよく、フルに活躍させるために、意識的に右脳を刺激することが大切です。
さて、もうひとつ。まったく「別の右脳、左脳論」が登場したのをご存知ですか? それは、右脳は新規性を取り入れ、左脳はルーティンワークをこなす、という説です。新しいものに挑戦するのが右脳、手順に従って適切に処理するのが左脳ということです。
Q脳を鍛える、若返らせる、といったことをよく聞きますが、可能なのでしょうか?
もちろんです! 脳に刺激を与える生活を日々心がけることで、老化を遅らせることができます。周囲を見渡してみてください。年の割りに……という人がいるでしょう。若く保つのも、年齢以上に老いるのも、工夫次第です。
前項で紹介したように、現代は「左脳に頼る」時代です。年齢とともに新しいことに取り組む意欲が失せてきますから、そういった意味でも「左脳」時代。右脳に刺激を与えることを意識してください。
そのためには、映像をイメージしたり、新しいことに取り組むことが必要です。自分の好きな分野であれば、何でもいいです。「好きなことが分からない」というのなら、人生の延長線上で考えればいい。
会社で財務、会計の仕事を長くやってきた人なら、数字パズルを解くのもいいです。語学が専門だったなら、未知の語学に挑戦したり、行ったことがない外国へ旅行するのもいい。専業主婦の方なら、家事に役立つ発明品を考えてみるのも手です。さらに、どう商品化し、売っていくか、戦略を練っていく。最高の、脳の鍛錬になります。
Qテレビゲームが脳をだめにするという意見がありますが、どうでしょうか?
「ゲーム脳」などともいわれていますが、私はテレビゲームを批判するのは間違いだと考えています。実際に、海外の研究で、テレビゲームで脳を活性化できたという報告もあるくらいです。
ここに、A君とB君の2人の子供がいます。どちらもテレビゲームが大好き。でも、取り組み方が違います。A君は新しいワザを常に探求しています。テレビゲームの世界からさらに想像し、自分なりのストーリーを作ったりもします。B君は同じゲームを漫々とやるのが好き。同じやり方で点数アップを目指しています。
どう思われますか? A君のようにテレビゲームで遊ぶには、右脳をフルに使わないと難しい。新しいワザを自分のものにするには、左脳もフルに使わないと難しい。左右両方の脳を十分に刺激させていることになると思います。要は使い方。単純に「テレビゲームは駄目!」と考えていては、せっかくのチャンスを逃すことになりかねません。
Qストレス社会です。ストレスが脳に与える影響は?
ストレスを感じると、脳の視床下部から自律神経系にそれが伝えられます。そして、交感神経が活発化し、アドレナリンやノルアドレナリンといった神経伝達物質物質が分泌されます。同時に、視床下部から下垂体を経由して副腎皮質という場所に到達し、副腎皮質ホルモンが分泌されます。
副腎皮質ホルモンは、適量であれば、免疫能力をアップしますが、ストレス状態が続くと副腎皮質ホルモンが過剰に分泌され、免疫を抑制してしまい、ウイルスや病原菌にかかりやすくなってしまうのです。
病気との関連で、ストレスがよく取り上げられます。それは、ストレスが脳に作用して、免疫抑制作用が働くからです。受験本番前で体調を万全に整えなければならないときに限って風邪をひいてしまった、という経験がある方はいるでしょう? これも、受験に対するストレスが大いに関係していると考えられます。
Qうつ病と脳の働きは関係していますか?
うつ病が発症する原因ははっきりとは解明されていませんが、分かっていることの一つとして、脳内の神経伝達物質の働きの低下などが挙げられます。
神経伝達物質は、脳の神経細胞同士で、情報をやり取りするために必要な物質です。50種類以上確認されていますが、働きが比較的分かっているのは、20種類ほどです。精神活動の面では、GABA(ギャバ)、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどがあります。
うつ病に関係しているといわれているのは、セロトニンです。睡眠や食欲、意欲や気分などをコントロールする役割を果たすこの神経伝達物質のバランスが崩れると、心身に変調をきたすと考えられているのです。だから、うつ病は、「気持ちの持ちよう」や精神力では治せないのです。今は、SSRIやSNRIといった、セロトニンの働きを正常にする薬がうつ病治療に用いられています。
Qさらに伺いたいのですが、うつ病は、右脳、左脳、どちらと関係が深いのですか?
右脳は「イメージ」、左脳は「論理思考」と最初に述べました。考える、判断する、記憶する、話すといったことは、左脳で行っているので、疲れがたまりがち。うつ病の原因のひとつが、脳の神経伝達物質の働きだとしたら、「左脳の疲れも関係しているのでは?」と考える方もいるかもしれません。
しかし、うつ病=左脳、あるいはうつ病=右脳とは現在は考えられていません。左右どちらかの脳と関係があるというより、うつ病と脳全体でとらえた方がいいでしょう。
Q米山先生の美学はどういうものですか?
好きなことを、誰にへびつらうことなく、好きなだけやる、ということです。
聖マリアンナ大学医学部付属病院の助教授の職を辞して、今年で10年になります。雑誌で連載を最初に持ったのは、1990年1月のこと。普通のドクターが、日々の医療活動の中で疑問に感じたことを綴っていました。しかし辞めた1998年までの8年間、言いたい放題書いているつもりでも、やはり病院に所属している以上、ここまでは書けないなというところがありました。
しかし、今は違います。どこにも所属しているところがないからこそ、医療界に対して何でも物申すことができる。もちろん、発言すべてに責任を持たなければならない。フリーの医師、作家である生活は、病院に所属しているときのような「保障」もない。しかし、思ったことをすべてやれるという快感は、何にも換えがたいものだと私は考えます。
オリジナリティーがある文章、オリジナリティーがある小説、オリジナリティーがある生活。それらを手放さない人生を送る。これが私の美学です。そして、そのためには常に脳を元気に、若く保たなければならない。新しいことに興味を持ち、取り組む毎日は、本当に楽しいですよ。