目次
はじめに
アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症は、特別な人に起こる特別な出来事ではなく、歳をとれば誰にでも起こりうる身近な病気です。今回は、そんな認知症に気付くうえで知っておきたい「認知症と物忘れの違い」をはじめ、「加齢によって記憶力が悪くなる仕組み」や「若々しい脳であり続けるために考えておきたいこと」などついて神経内科が専門で、認知症にも詳しい米山医院の米山公啓院長にお話をしていただきました。日常生活に取り入れやすい認知症予防運動も紹介してもらいましたのでぜひ参考にしてください。
Q 認知症の物忘れと加齢の物忘れの違いは?
アルツハイマー型認知症などで見られる物忘れは、エピソードそのものを忘れます。一方、加齢の物忘れはエピソードは覚えていますが、詳細がどうだったかを忘れます。たとえば、今朝何を食べたかについて細かいメニューを忘れてしまうのは、加齢による正常な物忘れ。ところが、朝食をとったこと自体を忘れており、そのことについて自覚がなければ、認知症が疑われるかもしれません。
ただし、物忘れが目立たない認知症もあります。また、物忘れが見られる病気には、認知症の他に甲状腺機能低下症、うつ病、正常圧水頭症などもあります。気になるようでしたら、「物忘れ外来」など専門の医療機関で検査を受けたほうがいいでしょう。
Q 記憶力はどうして加齢とともに低下する?

記憶力は年齢とともに低下すると考えられていますが、記憶力のテストをいろいろとしてみると、若者と高齢者では差は大きくありません。「覚える」ということだけでは若者も高齢者も思っているほどの差はなく、何歳になっても努力で可能になります。ただ、高齢者になると脳の情報処理に時間がかかり、一定時間内に記憶力を使う作業が苦手になります。
年齢に関係なく、忘れない長期記憶にしたければ、感情を強く動かされるような体験を増やすべきです。超一流の音楽を聴き、深く感動すれば、その時の記憶は長く留まるでしょう。絶景を目の当たりにした旅行の記憶は、そう簡単に消えるものではありません。有名シェフの料理に舌鼓を打つのもいいでしょう。これらは脳を刺激し、新しい知識や経験になっていきます。知識や経験を重ねていけば、若者よりも知的な能力が上がります。これは「結晶性能力」といい、時間をかけて作り上げていく能力になるため、若者より高齢者のほうが有利です。
Q いつまでも物忘れをしない脳でいるには?
重要なのは、「脳に年を取らせない」ということです。加齢はだれにでも訪れることですが、年齢以上に老化が進んだ脳があります。それは、血管の動脈硬化が進行した脳です。動脈硬化は、糖尿病、脂質異常症、高血圧、肥満、喫煙、過度のアルコール摂取などで進行します。
みなさん、「物忘れを減らしたい」とよくおっしゃいます。しかしそれは、女優さんの名前や昨日の食事内容をいつまでも覚えていたいから、というわけではないでしょう。その人にとって重要事項でないことは、忘れて当然。「物忘れ」にこだわるのは、脳の健康を保ちたいから。それなら、生活習慣病があればその改善に努める、動脈硬化を進行させる習慣は改める。これが大前提になります。
その上で、前項で述べたように、感情を動かされる、新しい刺激的な体験をどんどんすることです。私の患者さんで高齢でも脳が若々しい方は、様々なことに興味を持ち、新しいことに取り組んでいます。
Q 「刺激的な体験」とは?
社会的な活動の多さ、と考えてもいいでしょう。会社と家の往復で毎日が過ぎて行っている人は結構多いと思います。生活の行動範囲を広げることから始めてください。いつも決まった改札口を使い、決まった飲食店で昼食を食べ、決まったテレビを見るという人は、改札口を変えるだけでも見えて来る景色は違います。入ったことがない飲食店で、料理名から内容を想像するのでも良い。思い切って社会人サークルに入会するのも手です。インターネットで調べれば、いろんな趣味のサークルが見つかります。年齢、仕事、収入など全く違う人が集うサークルでは、自然と脳を刺激する体験が増えます。
Q 脳を若返らせる運動は?
「これさえやれば認知症を予防できる」という方法は存在しませんが、「これをやったほうが良い」という方法はあります。脳科学者の共通した意見は、すでに挙げているように、新しい体験による脳の活性化です。
さらに、現時点でできる限り認知症発症の可能性を下げ、脳を若返らせる方法として、運動があります。ジョギング、ランニング、エアロビクス、体操など、いずれの運動も、脳に対して有効だとする研究結果が出ています。要は、体を動かすことであればなんでもいい。とにかく体を動かすことが重要なのです。
ただし、継続しなくては意味がありません。運動経験が全くない人がいきなりジョギングを始めても3日坊主で終わってしまうでしょう。むしろ膝や足首を痛める結果になりかねない。手軽にすぐでき、継続できる運動としては、ウォーキングがいいのではないかと思います。「運動」と意識しすぎず、「歩く時間を増やす」と考えたほうがいいかもしれませんね。
ある報告では、中年期以降で軽く汗をかく程度の運動を週2回以上、20〜30分程度行っていた人は、アルツハイマー型認知症のリスクが3分の1に減ったとあります。また、65歳以上で週3回以上の運動(1日15分以上のウォーキング、サイクリングなど)を行っていた人は、認知症発症率が0.62倍に低下したという報告もあります。
運動は、アルツハイマー型認知症の原因物質アミロイドβタンパクの沈着を低下させます。記憶の機能に関係する海馬も大きくします。様々な脳内物質を増やし、精神の安定性に関係する脳内のセロトニンも増やします。今日からぜひ歩くことを習慣化すべきです。
Q 脳のキレをよくするワーキングメモリーの鍛え方は?

「脳のキレ」は加齢とともに落ちてきます。これは、脳の記憶の重要な機能であるワーキングメモリーの機能低下が関係していると考えられます。
ワーキングメモリーは、何か目的を持って作業するときに、意識することなく使っている記憶です。また、創造性のある思考をするときにも使われます。同時に物事を進行させるときに重要です。脳の前頭前野にあるワーキングメモリーは、最近では鍛えることが可能だと考えられています。ポイントは次のものになります。すぐにできるものばかりですので、ぜひ今日から始めてみましょう。
《新聞の短い記事を読み、印象に残った単語を4つ挙げる》
新聞記事を読み内容を理解するとともに、単語の記憶という同時処理を行うことでワーキングメモリーを刺激することができます。意識しないとなかなかできません。
《電車の中吊り広告を見て、そこに書かれている文章の単語を思い出す》
中吊り広告の内容を理解していても、どんな風に書かれていたか覚えていません。それは何気なく見ているだけだからで、これではワーキングメモリーを刺激できません。広告から目を離し、何が書いてあったかを思い出す習慣が役立ちます。
《人と話をするとき、相手の話を記憶するように聞く》
自分の意見をやたらと言わず、まずは相手の話に集中し、記憶する練習を心がけましょう。キーワードとなるような単語を覚えるように聞くといいでしょう。
《カラオケで新曲を覚えて歌詞を見ないで歌えるようにする》
いつもの歌を、いつものように歌詞を見ながら歌うのでは、何度歌ってもワーキングメモリーの刺激になりません。歌詞を覚える練習を。楽しみながらできることも、脳にとってメリットになります。
《文章を読んだり音楽を聴いたりするときに頭の中でイメージを作る》
イメージを作るようにすると、文章や音楽の記憶の定着につながります。
《3つくらいの要素を記憶》
出来事すべてを記憶するのは困難。3つの要素をまずは記憶することから始めてください。
《楽しく記憶する》
これによってドーパミンが分泌され、脳も元気になります。好きなことを楽しくできることが、脳をしっかり刺激して、ワーキングメモリーをしっかり大きくすることになります。