目次
はじめに
膀胱のすぐ下、骨盤の最も深いところに位置する前立腺にできるがん、前立腺がんは、男性特有のがんだ。もともと欧米人に多く、日本人では少ないがんだったが、近年は日本でも増加。現在、男性の部位別の罹患数では、前立腺がんが最も多い。
前立腺がんはがんの中でも比較的予後がいいがんだが、発見が遅れれば、厳しい展開を覚悟しなければならないかもしれない。早期発見のために、前立腺がんで知っておくべきことは何か? 泌尿器科領域の専門クリニックとして、中でも前立腺がんの診断・治療・治療で生じる後遺症のマネージメントで定評のある「佐々木クリニック泌尿器科 芝大門」の佐々木裕院長に話を聞いた。
★前立腺がんの罹患数が近年急増している理由はなんでしょうか?
一番の理由は日本の高齢化社会です。前立腺がんのリスク因子はいくつかありますが、その中で最も大きいものが加齢。前立腺がんは60歳以上で罹患数が増加し、年齢とともに罹患数が右肩上がりで増えていきます。 高齢化が続くことを考えると前立腺がんの罹患数は今後も増加するといえるでしょう。
もう一つ重要なことは罹患数も増えますが、年齢別部位別がん死亡数割合をみるとより高齢になると前立腺がんによる死亡数割合は増加します。より高齢になると注意が必要ながんであるといえると思います。
★がん罹患数増加というと食生活の欧米化が頭に浮かびます。前立腺がんも関係ありますか?

もちろん食生活の欧米化もがんの増加に関係しているでしょう。日本で行われた多目的コホート研究(JPHC研究)では、対象者の男性の食事調査アンケートから、「健康型」「欧米型」「伝統型」の3つの食事パターンを抽出。前立腺がんの罹患リスクとの関連を調べました。すると、健康型の食事パターンのスコアが高いグループでは自覚症状により発見された前立腺がんリスクの低下が見られ、欧米型食事パターンのスコアが高いグループでは前立腺がんリスクが増加するとの結果が出ました。さらに、PSA検査の普及も前立腺がんの罹患数の増加と関係していると考えられます。
★PSA検査は前立腺がんを早期発見するための検査ですよね?
そうです。PSAは前立腺細胞内にあるタンパク質で、細胞が壊れると血液中に漏れ出します。採血をし、PSAの値が上昇していると前立腺がんを疑い、がんがないかどうかを調べる精密検査を行います。
かつては、前立腺がんは欧米人に多く見られるがんでした。1993年から1997年にかけて人種別の前立腺がんの頻度を調べた有名な研究があります。当時は日本での前立腺がんの頻度は非常に低く、白人は非常に高かった。その研究では白人の頻度に対し、日本人は10分の1程度。しかしロサンジェルスやハワイに移住した日系人では、前立腺がんの頻度は日本人と白人の真ん中あたりでした。
アメリカではPSA検査が日本より普及していました。だから早期で見つかる人が多かったです。日本でも近年十分に普及しているとは言えないまでも、かつてよりはPSA検査が普及し、早期で見つかる人が増え、結果的に前立腺がんが発見される人の数(罹患数)が増えたのです。
★PSA検査の数値が高いと前立腺がんの可能性が高いのでしょうか?
患者さんの中には「PSA高値=前立腺がん」という思い込みから検査結果を見てショックを受ける方もいます。しかしPSAが上昇するのは前立腺がんだけに限りません。
前立腺が肥大する前立腺肥大症、前立腺に炎症が起こる前立腺炎などでも、数値は上昇します。前立腺がん、前立腺肥大、前立腺炎はいずれも加齢でリスクが高くなる病気です。つまり、例えば60歳代でPSAが高いとなった場合、前立腺のがん、肥大、炎症のどれであってもおかしくないのです。
PSAが高いことが検査でわかったら、がんかどうかを鑑別するために、精密検査に進んでください。くれぐれも「不安だから。結果を知りたくないから」と、精密検査を先送りにしないようにしてください。
★会社で受けている健康診断にPSA検査が含まれていないのは、なぜですか?
前立腺がんは、早期では自覚症状がほぼありません。そのため、早期発見のためにPSA検査が役立ちます。
しかし、前項で触れた通り、PSAはがん以外でも数値が高くなります。これを偽陽性(がんでないのに陽性となる)といいます。
PSA検査でグレーゾーンと言われる領域では、80%程度ががんでない、との報告もあります。PSA検査は有用な検査ですが、疑陽性の問題があるのです。それゆえに、PSA検査は会社の健康診断には入っていません。厚労省は指針でがんの検診を勧めており、それを5大がん検診(胃、肺、大腸、子宮、乳)といいますが、そこにも、現時点ではPSA検査は含まれていません。
★PSA検査を受けようと思ったら、自分で受けられるところを探す必要がありますか?
PSA検査を受けるには、3つの方法があります。
まずは自治体の検診を受診する。PSA検査をがん検診として行うかは自治体の判断に委ねられており、そのタイミングは自治体によって異なるので、詳細は問い合わせてください。
次に、医療機関で受診する。そして、人間ドックのオプション検査として受診する。いずれも、推奨年齢は50歳以上となります。
★50歳以上なら、受けた方がいいですか?
日本泌尿器科学会に所属する専門医としては、50歳を過ぎたらPSA検査を受けてほしいと思っています。そして重要なのは、PSA検査で陽性となったら、どうするか。PSA検査で陽性が確認されたら、精密検査として生検へ進むのが一般的な流れでしたが、これが今変わってきていることを知ってほしいと思います。
★「PSA検査陽性 → 生検」ではないのですか?
通常、再検査でもう一度PSAを測定します。必要に応じて、超音波検査や検尿などで前立腺肥大、前立腺炎がないかも調べます。これらの結果を総合的に見て、がんが疑われる場合、かつては生検となることが一般的でした。
しかし、組織を採取して顕微鏡で調べる生検は、患者さんへの負荷が大きい検査でもあります。そのため近年は、生検の前に造影でのMRI検査を行います。PIRADSという、前立腺がんのリスクを示す5段階のスコアリングがあり、PIRADSが3なら30〜50%、4なら60〜70%、5なら80%以上の確率で生検によって前立腺がんが見つかるとの研究結果が出ています。
つまり、PSA検査が高値であれば、超音波や検尿などで前立腺肥大、前立腺炎症などの可能性を調べ、がんの疑いがあればMRI検査を行い、これらの検査結果の総合判断で必要に応じて生検を行う。そして、生検に関しても、新たなアプローチを採用する医療機関が出てきています。
★どういうアプローチでしょうか?
生検は、組織を何カ所か採取し、顕微鏡で調べる検査法なのですが、取った組織にがんがなければ、見逃してしまう恐れがあります。
そこで専用の機器を用いて、MRI検査の結果からがんがあると思われる組織(MRI異常部位)を狙って採取するターゲット生検(MRI/エコー融合標 的生検)が近年行われるようになってきているのです。2022年4月から、施設基準を取った施設では保険適用されるようになっています。
ただし、ターゲット生検は、専用機器を用いずとも行えます。Cognitive標的生検といいます。技術者の技量や異常部位の大きさなどで正確に採取できるかどうか、結果に差が出ることがあります。生検を行う場合は、ターゲット生検を行うかどうか、確認してみるといいと思います。
★まとめとして、前立腺がんの早期発見で押さえておくべきことを、改めて教えてください。
下記を念頭においていただきたいと思います。
- 早期では、自覚症状に乏しい。
- 50歳を超えたら、PSA検査を。
- PSA検査は偽陽性の問題もある。陽性でも必ずしも前立腺がんではないので、精密検査を受けること。
- PSA検査が陽性であっても、すぐに生検ではなく、その前に超音波、MRIなどで総合的に判断すること。
- MRIで前立腺がんリスクが高ければ、生検に。その場合も、ターゲット生検という方法があり、より正確にがんを見つけられるようになっている。
前立腺がんは、早期発見で、かつ生検の結果や年齢によっては、PSA監視療法という治療選択肢もあります。PSAを定期的に検査し、経過観察をする方法です。半分くらいの患者さんは、前立腺がんについては経過観察のまま生涯を終えられるとする報告もあります。