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はじめに
日本人の3人に1人は痔だといわれている。少し古い調査になるが、外用薬を専門とする製薬会社「マルホ株式会社」が2010年11〜12月に「3年以内に痔の症状があった15〜79歳女性300人」を対象に行った調査では、「この3年間に、痔には何回なりましたか?」に対し、6割以上の人が4回以上経験し、10回以上も35.3%いた。
一方で、「病院や医院に行きましたか?」に対しては、「受診なし」と答えた人は76.3%。また受診歴のある71人中、症状を感じてから病院・医院に行くまでの期間は「1週間未満」が47.9%と最も多かったが、「1年以上」も15.5%と3番目に多かった。
普段の生活習慣については、「運動をほとんどしない」が最も多く58.7%、「同じ姿勢で過ごす時間が多い」が35%、「睡眠時間が少ない」が34.7%、「香辛料をよく使う」「食事が不規則が」がともに20%だった。
痔は、肛門と肛門周辺に生じる病気であることから、「恥ずかしい」という気持ちが先立ち、受診をちゅうちょする人もいるだろう。しかし、何らかの症状がある場合、ほかの病気と同様、治療が遅れ、こじらせれば、治るまでに時間がかかり、生活の質(QOL)も下がる。痔だと思っていたら、別の病気だということもある。痔について知っておきたいことを、赤坂見附マリーゴールドクリニック院長の山口トキコ医師に聞いた。
Q1 痔は、どのような病気でしょうか?
痔は、肛門と肛門周辺の病気の総称です。直立歩行をする人間はおしりが心臓よりも低い位置にあり、そのためうっ血しやすく、痔になりやすい。加えて、デスクワーク中心の仕事で座りっぱなしの時間が続く、運動不足、不規則な生活、偏った食事、睡眠時間の短さなど便通が悪くなる条件が加わると、より痔を起こしやすくなります。
Q2 いぼ痔、切れ痔などの言葉をよく耳にします。
痔のタイプですね。大きく分けて、痔核(いぼ痔)、裂肛(切れ痔)、痔ろう(あな痔)の3タイプに分けられます。
Q3 まず、痔核から教えてください。

直腸と肛門の周りには、肛門の開け閉めに関係する「括約筋」という筋肉があります。この括約筋と直腸部分の粘膜、そして括約筋と肛門部分の皮膚の間には、それぞれ毛細血管が網目状に集まった「肛門クッション」があり、肛門クッションが腫れて起こるのが痔核です。
さらに、歯状線(直腸と肛門の境目のギザギザの線)より上の直腸部分の粘膜にある肛門クッションで発生した痔核を「内痔核」、肛門部分の皮膚で発生した痔核を「外痔核」といい、内痔核が大きくなり、支える組織が弱くなると、肛門から脱出するようになります。痔核は、「便秘で排便時に強くいきむ」「下痢をしょっちゅう起こす」「重いものを持つ」といった肛門に負担がかかる行為の繰り返しで発症しやすくなります。
Q4 裂肛は、その名の通り、肛門が裂けて発症するのでしょうか?
便秘が続くと便が硬くなります。そういった硬い便の排泄や、繰り返す下痢で肛門の皮膚が傷ついてしまうことが原因で、裂肛は起こります。
肛は、急性期と慢性期があります。急性期では、排便時に痛むためトイレを我慢してしまいがち。そうすると便がますます硬くなり、肛門の皮膚を傷つけることが増え、傷が深く潰瘍状になります。これが慢性期で、見張りイボとも呼ばれる皮膚の突起物ができたり、肛門の狭窄が起こったりします。肛門が狭くなるので、便がいっそう通りにくくなり、傷が悪化する悪循環に陥ります。痔を繰り返す人では、痔核と裂肛のケースが大半です。
Q5 痔ろうについては、どうでしょうか?
直腸と肛門の境目に、歯状線というギザギザの線があります。歯状線にはくぼんでいる箇所があり、これを「」といいます。ここに細菌が入り込むと、肛門腺が化膿し、肛門周辺に広がり肛門周囲膿瘍ができます。これが破れると膿が排泄されますが、膿の管である瘻管が残る場合が多く、これを痔ろうといいます。
痔の3つのタイプのうち、男女ともに最も多いのが痔核です。男女別では、裂肛は比較的女性に多く、痔ろうは男性に多くみられます。
Q6 それぞれの症状を教えてください。
痔核は、排便時の出血、残便感、肛門から何か(痔核)が外に飛び出ている、などが症状です。一般的には痛みはありません。
一方、排便時に痛みがみられるのが裂肛です。排便後もジーンという痛みが続きます。また、トイレットペーパーにつく程度の出血もあります。
痔ろうでは、肛門周囲膿瘍ができると発熱、激しい痛み、腫れがあり、痔ろうに至ると膿で下着が汚れます。
Q7 なんらかの症状があれば、すぐに病院へ行くべきでしょうか?
程度の差はあれ、ほとんどの人に痔があります。肛門を触ったとき「何かが飛び出している」と感じたことがある人もいることでしょう。それでも、痛みもなく、出血もなく、特に生活に不都合を感じていなければ、病院に行く必要はないと私は考えます。症状があっても軽症であれば、市販薬で十分に対応できるケースもあります。
ただし、気になることがあるなら別。肛門科の医師に相談してください。痛みや出血があり、市販薬で対処し切れない場合も、速やかな受診をお勧めします。特に裂肛で痛みがひどい場合、排便を我慢してしまい、便が硬くなってより肛門を傷つけやすくなり、悪循環に陥ってしまう可能性があります。
さらに、「痛みも出血もなければ病院に行く必要はない」というのは、あくまでも痔の場合。50歳以上は、大腸がんのリスクが高くなる年代です。痔が大腸がんになることはありませんが、「症状がない=大腸がんではない」ではありません。大腸がんは初期では無症状です。比較的予後がいいがんですが、それは早期発見された場合で、発見が遅れれば命に関わります。50歳以上であれば定期的に大腸がん検診を受けることは必須です。
Q8 痔の治療にはどういうものがありますか?
まず念頭において欲しいのは、痔は生活習慣病の一つであるということです。痔の治療の土台になるのが生活療法です。具体的に挙げると、次の内容になります。
【肛門に負担をかけない排便法を習慣化する】
いきんで排便するのは、肛門に負担をかけます。便器に座って「出るまで待つ」も痔の悪化につながります。便意を感じた時に排便をするようにし、排便時間は長くても3分以内に。必要以上にいきまないようにしてください。排便後は肛門をきれいに拭き取り、必要に応じてウォッシュレットなども活用し、清潔にしましょう。
【便通をよくする食事を取る】
食物繊維が豊富な食生活を心がけましょう。食物繊維は腸の中で水分を吸収して膨らみ、便を柔らかく、また量を増やします。それによって腸の蠕動運動が高まります。食物繊維が豊富な食品としては、野菜、海藻類、きのこ類、納豆、果物があります。バランスの良い食生活が、便通を良くすると考えてください。
水分も重要です。1日1.2〜1.5リットルが理想。ただし、腎臓が悪いなど持病がある人は、水分摂取に制限がある場合もあるため、主治医に確認してください。
【便通をよくする生活を送る】
朝は、水や牛乳を飲むだけでもいいので、何かを口に入れ、胃腸の活動を活発にしてください。適度な運動は、腸の働きを活発にし、排便をスムーズにします。ウオーキングなど軽めのもので結構ですので、日常的に行うようにしてください。
座りっぱなしや立ちっぱなしといった同じ姿勢をとり続けることは、肛門の鬱血につながります。時々軽い体操を取り入れるようにするといいでしょう。
肛門を刺激したり、うっ血させたりするアルコール類、香辛料は控える。特に痔の調子が悪いようでなければ、適度に取るのは問題ありません。
Q9 薬物治療や手術はどうでしょうか?
薬物治療では、座薬や軟膏、内服薬があります。これで効果がなければ、次の治療が検討されます。痔核では、内側にできた痔核が排便時に外に脱出するようであれば、手術が必要になります。内痔核に注射して痔核を固定化し、硬化させ小さくするALTA注(ジオン注とも呼ばれています)という治療法があります。また、痔核の根元に輪ゴムをかけて壊死させるゴム輪療法、さらには結紮切除法やPPHといった手術療法もあります。
裂肛では、肛門狭窄を認める場合、肛門に指を入れて狭くなった肛門を広げたり(用手肛門拡張術)、ほかには側方皮下内括約筋切除術、皮膚弁移動術があります。また裂肛のくりかえしでできた肛門ポリープなどを切除することもあります。
痔瘻は手術しないと治りません。開放術式、括約筋温存術式などいくつかの外科療法があります。
前述の通り、痔は生活療法なしには改善しません。薬物療法や外科療法を受けて良くなっても、肛門に負担をかける生活に戻れば、痔を繰り返します。また、薬物療法をしなくても、生活を改善しただけで、痔の症状が軽減する人はたくさんいます。