地球温暖化は予測されているよりも急速に進み、2100年には18世紀後半に始まった産業革命前に比べて気温が6~7度上昇するだろう―。2019年、フランスの専門研究者グループはこう発表した。フランス国立科学研究センター、原子力・代替エネルギー庁、フランス気象局などの専門家約100人が参加して算出した数値で、2014年に発表されたものでは、「産業革命前に比べて4・8度上昇」とされていた。また、米国海洋大気庁(NOAA)は、75%の可能性で2020年が観測史上、最高気温の年となるとし、最高気温のベスト5に入る可能性に至っては99・9%と発表している。
しかしこれらの数値を見ずとも、多くの人が地球温暖化を肌で感じているだろう。子供の頃はクーラーがなくても夏を過ごすことができた。今は、クーラーなしでの生活は、場合によっては死と隣り合わせになりかねない。
特に気を付けたいのが、真夏を迎えるより前の段階での熱中症対策だ。医師であり気象予報士でもある公立福生病院脳神経外科部長の福永篤志先生に話を聞いた。
目次
- 1 Q熱中症は8月に起こりやすい印象があります。しかし、救急車の搬送人員を見ると、6月、7月が非常に多い。なぜですか?
- 2 Q熱中症は、どうして起こるのでしょうか?
- 3 Q軽症であれば、病院に行かなくても大丈夫でしょうか?
- 4 Q家族や友人など誰かと一緒の時に熱中症の症状が出れば、周囲が何らかの対策を講じてくれるかもしれません。しかし心配なのは、一人でいる時に熱中症の症状が出た場合です。自分で水などを飲めるようであればまだいいのですが……。
- 5 Q常日頃から水分摂取を意識すればいいのでしょうか?
- 6 Qクーラーを一日つけっぱなしにすると、体に悪いように思います。
- 7 Q高齢の親は「そんなに暑くない。扇風機でも問題ない」と言って、クーラーをつけたがりません。
- 8 Q熱中症のリスクが高い人はいますか?
- 9 この記事を監修した医師
Q熱中症は8月に起こりやすい印象があります。しかし、救急車の搬送人員を見ると、6月、7月が非常に多い。なぜですか?
人間は、暑い日が続くと次第にそれに慣れ、体が無意識に調整するようになります。しかし、気温が上昇し始めた当初は、体が慣れていませんから、ダメージを受けやすいのです。気温と熱中症患者数のグラフを比較してみると、気温の高さと熱中症の患者数は常に連動するというわけではありません。気温が一気に上がる時には、熱中症患者が急増しますが、その後再び気温が上昇しても患者数は前回ほど増えないのです。
Q熱中症は、どうして起こるのでしょうか?

恒温動物である人間は、体から熱を放出する働き(放熱)と、体の中で熱を産生する働き(産熱)でバランスを取って、外気温と関係なくほぼ一定の体温36~37度を維持しています。
ところが、外気温が高い状態が続くと、産熱が放熱を上回ることがあります。すると体温は上昇し、体内酵素の働きが低下し、タンパク質を分解できなくなります。体の内部の温度が41・5度を超えると様々なエネルギーを作り出せなくなり、42度を超えれば生命の危機状態に陥ります。
症状としては、まず、めまい、頭痛、筋肉痛、ふくらはぎのけいれん、あくびなど。この段階では軽度に分類されます。次に、疲労感、倦怠感、手足に力が入らない、不快感、軽度のときよりもひどい頭痛、吐き気・嘔吐、判断力や集中力の低下、意識がもうろうとするなどの症状が出てきます。これらは中等度になります。
そして重症度になると、意識障害がある、フラフラして歩けない、けいれん発作などが起こるなどが見られます。この段階で血液検査をすると、肝臓や腎臓に障害が起こっていることがあります。また、血栓ができやすい状態になっていることもあります。
Q軽症であれば、病院に行かなくても大丈夫でしょうか?
涼しい場所で、両側の首筋、わきの下、足の付け根を冷やしてください。屋内であれば、扇風機の風をそれらの場所に当てたり、氷や保冷剤を当てましょう。屋外で氷や保冷剤がなければ、冷たいペットボトルや缶ジュースなどでも構いません。タオルやうちわなどで仰いで、風を送ってください。
水分摂取も必要です。体内に吸収されやすいよう塩分と糖分が適度に配合された経口補水液があればベストですが、水でも構いません。嘔吐したり、意識がない場合は、水分が気道に入る危険性があるので、無理に飲ませないこと。嘔吐物が気道につまらないようにするため、顔を横に向けてください。
ただし注意していただきたいのは、軽症なのかそうでないかの判断は、医療関係者以外の一般の人には、難しいということです。最初は意識があっても、体を冷やしているのに徐々に反応が薄くなっていった、あるいは最初から呼びかけても反応がない、という場合は、すぐに救急車を呼ぶか、医療機関を受診してください。命の危険がある緊急事態と捉えるべきです。
Q家族や友人など誰かと一緒の時に熱中症の症状が出れば、周囲が何らかの対策を講じてくれるかもしれません。しかし心配なのは、一人でいる時に熱中症の症状が出た場合です。自分で水などを飲めるようであればまだいいのですが……。
熱中症というと「屋外で起こる」と考えられがちですが、実は熱中症の発症場所として最も多いのは、屋内です。特に、自室が多い。しかも、熱中症で救急搬送された人の半数近くが65歳以上の高齢者でした。その理由の一つに、「一人暮らしで、熱中症の症状に気づいてくれる人がいない」ことが挙げられます。
つまり、読者のみなさんに強く訴えたいのは、症状が出てから対策を講じるのではなく、症状が出ないように、熱中症を起こさないように、常日頃から対策を講じて欲しいということです。一人暮らしでなくても、症状が出た時に誰かと一緒とは限りません。
Q常日頃から水分摂取を意識すればいいのでしょうか?

「水分摂取」というより「水の摂取」を意識してください。水分というと、カフェインを含むコーヒーや紅茶、緑茶、またはビールなどのアルコールを飲む人がいます。これらは、熱中症対策の水分補給にはなりません。むしろ、利尿作用から脱水症状に陥りやすくなり、熱中症のリスクを高めてしまいます。
水は、ぬるま湯でも常温でも冷たくても結構です。1時間に1回くらいの割合でちょこちょこ口に含むように飲むといいでしょう。喉が乾いた時に飲むのでは、タイミングとしては遅い。また、一度にたくさんの水を飲み干しても、体内に吸収されません。心臓病や腎臓病を患っている人は、過剰な水分摂取は心臓や腎臓に負担をかけることになります。主治医に、熱中症対策としてどれくらいの水を飲めばいいのか、どのように飲めばいいのかを、確認してください。
「熱中症対策には経口補水液がいいのでは?」「経口補水液をたくさん購入したけど、味が好みではなくて飲まずに放置している」などの声を聞きます。普段の生活では、水で十分。スポーツをしたり、汗をたくさんかいた時は経口補水液かスポーツ飲料を飲むようにしてください。ただ、スポーツ飲料を、熱中症対策のために頻繁に飲んでいる人もいます。スポーツ飲料は、体内への吸収がいい反面、糖分が比較的多い。スポーツ飲料を飲みすぎて血糖値が上がり、糖尿病を発症したり血糖コントロールが悪くなってしまうケースもあります。スポーツ後にたまに飲むのはいいかもしれませんが、日常的に飲むのはお勧めできません。経口補水液は、スポーツ飲料よりも糖分が少なく、水よりも利尿効果が弱いので、頻回のトイレで困る人には有用でしょう。
Qクーラーを一日つけっぱなしにすると、体に悪いように思います。
昨今の気温を見ると、特に都心部では、クーラーは熱中症対策に必須だと考えています。とはいえ、設定温度を低くし過ぎると、屋内と屋外の温度差が大きくなり過ぎて、体にダメージを与えかねません。私はリビングに温度計をおいて、28度を超えたらクーラーをつけるようにしています。設定温度は28度前後です。これくらいのクーラーの温度なら、体にダメージは与えないでしょう。もちろん、眠る時も熱中症対策にクーラーを活用して欲しいと思います。
Q高齢の親は「そんなに暑くない。扇風機でも問題ない」と言って、クーラーをつけたがりません。
高齢になると気温に対する感覚が弱くなるため、外気温が上昇していても、「自分はクーラーは必要ない」と考えがちです。「もったいない」「体に悪い」という考えもあるのでしょう。しかし、前項でも申し上げましたが、熱中症対策のためには、クーラーを適切に活用して欲しい。自分の感覚を頼りにせず、温度計で室温を測り、ある温度を超えたらクーラーをつけるようにすべきです。
熱中症は、「なんとなく調子が悪いかな」と思う程度で始まることがほとんどです。軽症時の「めまい、頭痛、筋肉痛、ふくらはぎのけいれん、あくびなど」は、文字にすると確かにその通りの症状ですが、実際は、「なんだかぼーっとする」「頭が重いような気がする」「気分がスッキリしない」といった感じで、筋肉痛やふくらはぎのけいれんなどは、「よくあること」と捉えてしまうかもしれません。そうやって様子を見ているうちに、徐々に状態が悪くなり、最悪の場合、命の危険が高まる段階まで至ってしまうのです。
ところが、熱中症に対する認識が甘い人が珍しくありません。熱中症は対策が遅れれば恐ろしい病気であることをしっかり認識し、一番の対策は「熱中症を発症しないようにすること」と念頭に置いてください。「熱中症を起こしたらどうするか」は、その次の対策になるのです。
Q熱中症のリスクが高い人はいますか?
まずは、高齢者です。体内の水分保有量が少なく、体から熱を放出して体内の温度を下げる働きが低下しています。人間は暑さに慣れていく暑熱順化の機能がありますが、高齢者は暑さに慣れにくく、高気温が続くと熱中症患者の割合が増えていきます。
次に、体温調節機能や発汗機能が未成熟な子供です。身長が低いため、地面からの照り返しの影響を強く受け、大人が感じるよりも高気温の環境にあります。言葉でうまくつらい状態を伝えられないため、対策が遅れることもあります。
そして、屋外での活動時間が長い人です。日中、営業職で、ネクタイ・スーツ姿で歩き回っている人、ジョギングをしている人などは要注意です。
以上が、熱中症のリスクが高い人ですが、熱中症のリスクは誰にでもあります。気温が高い中、水分補給をせずに長時間過ごしていれば、若くても、体力があっても、熱中症を発症します。対策が遅れれば、誰でも重篤な状態に陥る可能性があります。
そのことを十分に理解し、熱中症にならない生活を心掛けてください。