「歯周病が、心筋梗塞や脳梗塞など命に関わる病気の原因になる」と聞くと、少し意外に思う方も多いのではないでしょうか。
しかし近年の研究では、重度の歯周病が動脈硬化を進行させることが明らかになっています。(※1)
この記事では、なぜ歯周病が動脈硬化を進行させるのか、動脈硬化の予防法について詳しく解説します。正しい知識を身につけて、口と全身の健康を守るために、今日からできる対策を一緒に学んでいきましょう。
歯周病と動脈硬化の関係
歯周病と動脈硬化には、以下の3つの関係性があります。
- 歯周病は動脈硬化にも影響する
- 口の炎症が血管に広がる仕組み
- 血液を通じて全身に炎症が波及する
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
歯周病は動脈硬化にも影響する
歯周病は、動脈硬化を進行させる危険因子の一つであることが、多くの臨床研究や疫学研究により明らかになっています。(※1)
歯周病とは、歯を支える歯ぐきや骨に炎症が起こる病気です。しかし、影響は口の中だけでなく、血液を介して全身に悪影響を与えることが知られています。
これまで、動脈硬化を進める要因として、主に以下の生活習慣病が原因とされていました。
近年では、上記に加えて歯周病による慢性炎症が血管の内側に脂質をため込み、アテローム動脈硬化を悪化させることが分かってきています。
つまり、歯周病は単なる口の病気ではなく、全身の血管に影響を及ぼす重大なリスク因子です。
口の炎症が血管に広がる仕組み
口の炎症は、歯ぐきから侵入した細菌や毒素が血流に乗って全身の血管へ広がり、血管の炎症や動脈硬化の原因になることがあります。
きっかけとなるのが「歯ぐきからの出血」です。歯周病が進行すると、歯ぐきが炎症で腫れ、歯みがきなどのちょっとした刺激でも簡単に出血します。
出血部分は、皮膚のすり傷と同じ「開いた傷口」のような状態です。そこから細菌や毒素が血管内に侵入し、心臓や脳など遠くの血管まで到達します。
血液を通じて全身に炎症が波及する
歯周病による炎症は、血液を介して全身に広がり、血管の炎症や動脈硬化のリスクを高めます。
歯ぐきから血管に侵入した歯周病菌は、血管壁を直接傷つけるだけではなく、膜小胞と呼ばれる毒素入りのカプセルを放出します。血液に乗って全身を巡り、血管の内側で炎症を連鎖的に引き起こし、動脈硬化の進行につながるのです。
最近の研究では、血液を介したルートに加え、「口腔-腸内軸」という新たな関連性も指摘されています。(※2)飲み込まれた歯周病菌が腸内環境のバランスを乱し、その結果として全身の炎症が悪化し、間接的に動脈硬化を促進する考え方です。
このように、歯周病による炎症は口の中だけにとどまらず、全身の血管に広がって深刻な病気を引き起こすリスクがあります。
歯周病によって動脈硬化が進む理由
歯周病によって動脈硬化が進む理由は、以下の3つです。
- 歯周病菌が血管の内側に侵入する
- 炎症性物質が血管を傷つける
- 動脈硬化を悪化させるリスクになる
歯周病菌が血管の内側に侵入する
歯周病菌は、歯ぐきの傷口から血流に侵入し、血管の内側に定着することで、動脈硬化を進行させる原因になります。
歯周病が進行すると、炎症によって歯ぐきが腫れ、わずかな刺激でも出血しやすい状態になります。出血部分は、皮膚のすり傷と同じような細菌の侵入口です。
特に悪性度の高い「ポルフィロモナス・ジンジバリス(P.gingivalis)」などの歯周病菌は、毛細血管へ簡単に入り込みます。さらに菌は膜小胞という毒素を含むカプセルを放出し、血流に乗って全身へ運ばれます。
炎症性物質が血管を傷つける
歯周病菌によって放出された炎症性物質(サイトカイン)は、血管の内側を傷つけ、動脈硬化を進行させます。
本来、サイトカインは体を守るために働く物質です。しかし、過剰に分泌されると血管の内壁(内皮細胞)を攻撃します。
その結果、血管の防御機能が低下し、悪玉コレステロール(LDL)などが傷ついた部分に侵入・蓄積しやすくなります。
つまり、口の中で起きた炎症が、全身の血管で動脈硬化を引き起こす直接的なきっかけとなります。
動脈硬化を悪化させるリスクになる
歯周病は、動脈硬化を引き起こすだけでなく、すでに進行している動脈硬化をさらに悪化させる可能性があります。
これまで、動脈硬化を進める要因としては高血圧・脂質異常症・糖尿病・肥満・喫煙が知られていました。しかし近年、歯周病が新たな危険因子として注目されています。
歯周病は炎症が長く続く慢性感染症であり、血管内のプラーク(コレステロールなどの塊)を不安定にし、破れやすくする作用があります。
もしプラークが破れると血栓が形成され、血管を塞いでしまい、心筋梗塞や脳梗塞など、命に関わる深刻な病気を引き起こす危険性が高まります。
つまり、歯周病を放置すると動脈硬化を悪化させ、心臓や脳の病気を招くリスクを高めることにつながります。
歯周病と動脈硬化から起こる病気
歯周病と動脈硬化から起こる病気は、以下の3つです。
- 心筋梗塞・狭心症
- 脳梗塞・脳出血
- 下肢の血管障害
心筋梗塞・狭心症
歯周病による炎症は、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患を引き起こすリスクを高めます。狭心症や心筋梗塞は、心臓に酸素や栄養を送る冠動脈が動脈硬化によって狭くなったり、詰まったりする病気です。
歯周病があると、歯ぐきの傷口から歯周病菌やその毒素が血流に侵入し、冠動脈に到達して血管の内側に炎症を引き起こします。
このとき免疫細胞が過剰に反応し、血管壁に付着すると炎症が悪化します。そこへコレステロールが蓄積し、アテローム性プラークが形成され、血管が狭くなっていきます。
プラークによって血流が不足し、胸の痛みなどの症状が現れる状態が狭心症、プラークが破れて血栓ができ、血管を完全に塞いでしまうのが心筋梗塞です。
血流が途絶えると心筋が壊死し、一刻を争う危険な状態となります。
脳梗塞・脳出血
歯周病による炎症は、脳の血管にも影響し脳卒中のリスクを高めます。脳卒中には、血管が詰まる脳梗塞と、血管が破れる脳出血があり、いずれも突然死や後遺症のリスクがあります。
歯周病が脳梗塞を引き起こす主な原因には二つの経路があります。ひとつは、歯周病菌が頸動脈などの血管に付着してプラークを形成し、血管を狭めてしまうことで脳への血流が阻害され、脳梗塞を引き起こす場合です。もうひとつは、心臓や首の血管でできた血栓が血流に乗って脳へ運ばれ、血管を詰まらせて脳梗塞を発症する場合です。
さらに、歯周病による慢性炎症は血管をもろくし、血圧の変動などで破れやすくなるため、脳出血のリスクも上昇します。
下肢の血管障害
歯周病による全身の炎症は、下肢の血管障害にも影響し、動脈硬化を進行させて歩行障害や壊死などの深刻な状態を招くリスクがあります。
特に、閉塞性動脈硬化症はゆっくりと進行し気づきにくい病気であり、初期症状を見逃すと重症化しやすいのが特徴です。
初期には足先の冷えやしびれ、色の変化が見られ、進行すると歩行時の痛み(間歇性跛行)が現れます。さらに悪化すると潰瘍や壊死が起こり、最悪の場合は足の切断に至ることもあります。
気になる症状があれば放置せず、早めに医療機関を受診することが重要です。
歯周病と動脈硬化を防ぐための治療と予防
歯周病と動脈硬化を防ぐための治療と予防には、以下の3つがあります。
- 循環器内科で血管の健康状態を確認する
- 歯科で歯周病をしっかり治療する
- 医科と歯科が連携することでより安心できる治療を受けられる
内科で血管の健康状態を確認する
動脈硬化は症状が出にくいため、定期的に血管の状態を確認することが、自身の健康を守るうえで重要になります。特に、歯周病がある方や家族に心臓・脳の病気がある方は、早めに循環器内科で血管のチェックを受けることが大切です。
循環器内科では、以下のような体に負担の少ない検査で血管の状態を詳しく調べることができます。
血圧測定・血液検査
頸動脈エコー
ABI/PWV検査
上記の検査を通じて自身の血管の状態を正確に知ることが、生活習慣の改善や適切な治療を開始するための大切な第一歩となります。
歯科で歯周病をしっかり治療する
動脈硬化を防ぐには、原因の一つである歯周病の治療が欠かせません。口の健康を整えることが、全身の健康増進につながることは多くの研究で示されています。(※3)
歯科医院では、ご自身では取り除けない汚れを除去し、口の環境を整えるための専門的な治療を受けることができます。歯科医院での主な治療は、以下のとおりです。
歯周病の基本治療
歯垢や歯石を専用の器具で徹底的に除去します。歯周ポケットの内部まで汚れを取り除くことで、細菌の再付着を防ぎ、歯ぐきの状態を改善します。
セルフケア指導
治療効果を維持するため、デンタルフロスや歯間ブラシの正しい使い方をレクチャーします。患者様のお口に合わせたブラッシング方法を個別に指導します。
定期的なメンテナンス
3〜6か月ごとに検診とクリーニングを行います。自分では落としきれない汚れを除去し、再発を防ぎながら、長期的なお口の健康を維持します。
医科と歯科が連携することでより安心できる治療を受けられる
歯周病と動脈硬化は密接に関連しているため、歯科と循環器内科など医科の連携は重要です。お互いの情報を共有しながら治療を進めることで、全身の健康状態を踏まえたより安全で質の高い医療が実現します。
具体的に連携を行うことで、以下のようなメリットが得られます。
包括的なリスク管理
医科(循環器内科)の検査結果を歯科医師が共有。患者様の全身状態を正確に把握した上で、無理のない安全な治療計画を立案します。
治療の相乗効果
歯周病治療で口内の炎症を抑えることは、血管の炎症負担を軽減することにも繋がります。結果として、動脈硬化のリスク軽減に寄与します。
安全な治療の実施
血液サラサラの薬(抗血栓薬)の服用状況などを医師と共有。出血リスクに最大限配慮し、休薬の判断なども連携して適切に行います。
実際、近年の研究では、重度の歯周病がある人は動脈硬化の進行リスクが有意に高いことが明らかになっています。(※1)
また、血管の硬さを示すCAVI値は、歯周炎がない・軽度の人と比べて重度歯周炎のある人は高くなるリスクが約37%上昇するとの報告があります。(※4)口の健康が血管の健康に直結していることを示す代表的なエビデンスです。
つまり、医科と歯科が連携することで、より安全な治療が可能になり、全身の健康を守ることにつながります。
まとめ
歯周病は、口の中だけの問題と思われがちですが、実は血液を通じて全身に広がり、動脈硬化を静かに進行させる原因になることがあります。歯周病や動脈硬化は、自覚症状がないまま進行するため、気づいたときには病状が進んでいるケースも少なくありません。
将来の深刻な病気を防ぐためには、早めの予防と定期的なケアが重要です。まずは歯科医院で専門的な検診とクリーニングを受け、口の健康を守る習慣をつけましょう。
血管の状態が気になる方は、循環器内科で検査を受けることもおすすめです。
口の健康管理は、全身の健康を守る大きな一歩になります。循環器内科と歯科の連携が治療の鍵となるため、医療機関同士の連携を活用し、より安心な予防・治療を進めましょう。
参考文献
- Wang W, Yang Z, Wang Y, Gao H, Wang Y, Zhang Q.Association between Periodontitis and Carotid Artery Calcification: A Systematic Review and Meta-Analysis.Biomed Res Int,2021,2021,3278351.
- and Yamazaki K. “Oral-gut axis as a novel biological mechanism linking periodontal disease and systemic diseases: A review.” The Japanese dental science review 59, no. (2023): 273-280.
- Barranca-Enríquez A, Romo-González T.Your health is in your mouth: A comprehensive view to promote general wellness.Front Oral Health,2022,3,971223.
- Kanpittaya B, Lertpimonchai A, Mongkornkarn S, Samaranayake L, Thongmung N, Limpijankit T, Charatkulangkun O.Periodontitis Is Associated With Arterial Stiffness as Measured by Serial Cardio‐Ankle Vascular Index (CAVI): A 10‐Year Cohort Study.J Clin Periodontol,2024,52,3,363-374.
