「口のケアが、命に関わる心筋梗塞の予防につながる」と言われたら、あなたはどう思いますか?にわかには信じがたいかもしれませんが、歯周病が心筋梗塞のリスクを高めることは、今や数多くの研究で証明された医学的な事実なのです。(※1)
この記事では、歯周病と心筋梗塞の関係性を解説し、心臓を守るために今日からできる具体的な予防法を紹介します。
歯周病が心筋梗塞を引き起こすって本当?
歯周病は、単に口の中だけの問題ではありません。心臓や血管の健康などの全身に影響を及ぼす可能性があるのです。
近年の研究から、歯周病と心筋梗塞には深い関わりがあることが証明されています。韓国で約124万人を対象に行われた大規模な調査では、歯周病が改善した人に比べ、慢性的に歯周病が続いている人の方が心筋梗塞などのリスクが高いことが報告されています。(※1)
口の中の状態による体への影響は、以下の3つになります。
- 歯茎の炎症が血管にも影響する
- 歯周病菌が血液に入り込むことがある
- 炎症が続くと血管が狭くなりやすくなる
歯ぐきの炎症が血管にも影響する
歯周病は、歯周病菌が出す毒素によって歯ぐきに炎症が起きます。その後、私たちの体は菌から身を守るために「炎症性サイトカイン」と呼ばれる物質を作り出します。
歯ぐきには無数の毛細血管が張り巡らされており、歯周病によって炎症が慢性化すると、炎症性サイトカインが毛細血管から血液中に流れ出し、全身へと運ばれてしまいます。
そして全身へ広がり、心臓をはじめとする全身の血管の内側の壁を傷つけ、新たな炎症を引き起こし、動脈硬化の引き金となります。
歯周病が進行すると歯ぐきは腫れ、歯磨きなどのわずかな刺激でも出血しやすくなります。歯周病菌は歯ぐきの傷口から毛細血管に侵入し、血液の流れに乗って全身をめぐります。そして、心臓の血管にたどり着き、その壁に付着して炎症の巣を作ることがあると言われています。
実際、動脈硬化を起こした血管の組織を調べた研究では、口の中にあるはずの歯周病菌が血管の中から見つかることが報告されています。(※2)
血管の壁に付着した歯周病菌は、それ自体が毒素を出し続けます。免疫システムが菌を攻撃しようとすることで、血管の壁は慢性的な炎症にさらされ、動脈硬化を進行させるのです。
炎症が続くと血管が狭くなりやすくなる
歯周病によって歯ぐきや血管の壁で慢性的な炎症が続くと、体は傷ついた部分を修復しようとし、血液中の悪玉コレステロールなどが血管の壁に沈着しやすくなり、「アテローム性プラーク」と呼ばれる塊ができます。
このプラークが血管の壁にどんどん溜まっていくと、血液が通る道は次第に狭くなっていき動脈硬化になります。
プラークが破れたり(破綻)、表面の細胞がはがれたり(びらん)することで、血小板が集まって血の塊(血栓)ができます。これが心臓の血管をふさいでしまうと、血液が届かなくなり、心筋梗塞を引き起こします。
歯周病をしっかり治療・管理することが、将来の心筋梗塞のリスクを減らすうえで重要になります。
歯周病と心筋梗塞の関係を知っておきたい理由
心筋梗塞は、ある日突然、命に関わる事態を引き起こす深刻な病気です。その原因の多くは、高血圧や糖尿病、喫煙などの生活習慣に関連する動脈硬化です。
これらの有名なリスクと並んで、お口の中の「歯周病」が心筋梗塞の引き金になりうることが、近年の研究で次々と明らかになってきました。(※3)
歯周病と心筋梗塞の関係性を知ることは、ご自身の健康を守るうえで重要です。歯周病は予防や治療が可能な病気であり、お口のケアを適切に行うことが、将来の心筋梗塞のリスクを減らすことにつながります。
歯周病と心筋梗塞には、「歯周病の人は心臓病のリスクが高い」「症状がなくても体の中では炎症が進むこともある」という関係があります。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
歯周病の人は心臓病のリスクが高い
歯周病にかかっている人は、そうでない人と比べて心筋梗塞などの心血管疾患(心臓や血管の病気)になるリスクが高いことが、多くの研究で示されています。(※3)
重要なポイントは、歯周病を放置せず、きちんと治療して改善させることが、心臓の病気を予防するうえで大きな意味を持つという点です。お口の健康状態は、全身の健康状態を映す鏡といえるでしょう。
以下は、歯周病の状態と心臓や血管の病気のリスクの関係を示したものです。
| 歯周病の状態 | 心臓や血管の病気のリスク |
|---|---|
| 慢性的に歯周病が続いている | 最も高い |
| 歯周病が改善した | 相対的に低い |
| もともと歯周病がない | 相対的に低い |
特に、すでに高血圧や脂質異常症(悪玉コレステロールが高いなど)、糖尿病を指摘されている方は注意が必要です。これらの危険因子に歯周病が加わると、動脈硬化がさらに進行しやすくなるため、歯周病の管理が一層重要になります。
症状がなくても体の中では炎症が進むことも
歯周病の最も注意すべき点の一つは、初期段階ではほとんど自覚症状がないまま静かに進行することです。
症状がほとんどなくても、歯ぐきの内部では歯周病菌による「慢性的な炎症」が続いています。この炎症によって生み出された物質は、歯ぐきの毛細血管から血液に乗り、全身の血管へと運ばれてしまいます。心臓の血管に到達し、動脈硬化を静かに悪化させる原因となるのです。
脳卒中などを経験した患者さんを対象としたある研究では、歯周病の治療を行うことで、血圧や善玉コレステロールの値に良い変化が見られる傾向が報告されました。(※3)
これは、歯周病による炎症をコントロールすることが、全身の血管の状態にも良い影響を与えうることを示唆しています。
口内の状態を知るために、以下の歯周病のサインを確認してみましょう。
- 朝起きたとき、口の中がネバネバする
- 歯磨きのときに歯ぐきから出血することがある
- 歯ぐきが赤く腫れている、またはブヨブヨしている
- 口の臭いが気になる、または家族から指摘された
- 硬いものが以前より噛みにくくなった
- 歯と歯の間に食べ物が挟まりやすくなった
もし一つでも当てはまる項目があれば、それは体からの重要なサインかもしれません。症状が軽いと感じても、体の中では炎症が進んでいる可能性があります。心臓のような大切な臓器を守るためにも、できるだけ早く歯科医院で専門的なチェックを受けることが大切です。
歯周病と心筋梗塞を防ぐためにできること
歯周病と心筋梗塞の予防策には共通点が多くあります。
今日からできる対策は以下の通りです。
- 自宅でできるセルフケア
- 定期的に歯科検診を受けて早めにケアする
- 食事や運動など生活習慣を見直す
- 必要に応じて内科と歯科の両方を受診する
自宅でできるセルフケア
歯周病はもちろん、動脈硬化や心筋梗塞といった循環器疾患の予防にも、日常のケアが大きく関わっています。
お口と血管、どちらの健康も守るために、次のポイントを意識しましょう。
- 歯と歯ぐきの境目を丁寧に磨く
- フロスや歯間ブラシを使う
- 禁煙する
- 野菜や魚を中心とした食事を意識する
- 定期的に歯科でケアを受ける
こうした生活習慣の積み重ねが、歯ぐきの炎症を抑えるだけでなく、血管を健やかに保ち、心筋梗塞のリスクを下げることにつながります。
定期的に歯科検診を受けて早めにケアする
歯周病の注意すべき点は、痛みなどの自覚症状がないまま静かに進行することです。歯ぐきの腫れや歯磨き時の出血に気づいた頃には、病状が進んでいることも珍しくありません。
症状がなくても専門家による定期的なチェックが不可欠です。歯科医院では、ご自身では気づけないお口の小さな変化を発見できます。
歯科医院での主なチェック内容は以下の通りです。
- 歯ぐきの状態確認
- 歯周ポケット(歯と歯ぐきの間の溝の深さ)の測定
- 歯石の除去(スケーリング)
特に、歯石除去は予防の要です。ある研究では、定期的な歯石除去などの専門的ケアを受けることで、歯を失うリスクが減るだけでなく、急性心筋梗梗塞の発生率や関連する医療費が削減される可能性が示されています。(※4)
お口を清潔に保つという行為が、心臓の健康に直接的につながるのです。症状がなくても、3か月から半年に一度は歯科医院を受診しましょう。歯周病のリスクが高い方は、より短い間隔でのケアが必要な場合もあります。
食事や運動など生活習慣を見直す
歯周病と心筋梗塞は、どちらも日々の生活習慣と深く関わる「生活習慣病」の一面を持っています。そのため、歯磨きだけでなく、生活全体を見直すことが、両方の病気を予防するサポートをします。
生活習慣改善のポイントは以下の通りです。
- 栄養バランスの取れた食事
- 有酸素運動
- 禁煙
お口のケアと生活習慣の改善を組み合わせることで、より高い予防効果が期待できます。
必要に応じて内科と歯科の両方を受診する
お口の健康と体の健康は密接に関連しているため、歯科と内科(特に循環器内科)が連携して健康を管理する「医科歯科連携」の重要性が高まっています。
以下の方は、内科と歯科の両方の受診を検討すると良いです。
- 糖尿病、高血圧、脂質異常症のいずれかを指摘されている
- すでに歯周病と診断されている
- ご家族に心筋梗塞や脳梗塞になった方がいる
- 長年の喫煙習慣がある
内科を受診する際は歯周病の治療中ということを伝え、歯科を受診する際は高血圧の薬を飲んでいるなど、ご自身の体の状態や服用中の薬について伝えましょう。
血液をサラサラにする薬を服用している場合、抜歯などの歯科治療で血が止まりにくくなることがあります。こうした情報を共有することで、医師はより安全で効果的な治療計画を立てることができます。
心筋梗塞のリスクがある方にとって、歯周病の管理は再発予防という観点からも重要です。将来的には、歯の細胞が心筋梗塞などの治療に応用される可能性も研究されており、お口と全身のつながりはますます注目されています。
不安なことがあれば、まずはかかりつけの内科医や歯科医に相談してみてください。
まとめ
歯周病が心筋梗塞を招く原因は、歯周病菌がつくる炎症物質や菌そのものが、歯ぐきの血管から血液に乗って全身をめぐり、動脈硬化を静かに進行させてしまうことにあります。
大切なことは、歯周病は予防や治療が可能な病気だということです。自覚症状がなくても定期的に歯科検診を受け、専門的なケアを続けることが、お口の中だけでなく、あなたの心臓の健康を守るための一歩となります。まずはかかりつけの歯科医に相談することから始めてみませんか。
参考文献
- Matthews DC Benefits of Dental Scaling and Polishing in Adults: A Rapid Review and Evidence Synthesis. JDR Clinical and Translational Research, 2025, 10, 3, p.269-281.
- Park JH, Leem GH, Kim JW, Song TJ. Persisting Chronic Periodontal Disease as a Risk Factor for Cardiovascular Disease: A Nationwide Population-Based Cohort Study. Journal of Clinical Periodontology, 2025, 52, 3, p.375-386.
- Wu PH, Wang YH, Lin YC, Chou YS, Chang MC, Jeng JH. Roles of basic fibroblast growth factor, stem cells from dental pulp and apical papilla in the repair and regeneration of dental pulp and other tissues/organs. Journal of Dental Sciences, 2025, 20, 4, p.2066-2075.
- Sen S, Curtis J, Hicklin D, Nichols C, Glover S, Merchant AT, Hardin JW, Logue M, Meyer J, Mason E, Huang DY, Susin C, Moss K, Beck J. Periodontal Disease Treatment After Stroke or Transient Ischemic Attack: The PREMIERS Study, a Randomized Clinical Trial. Stroke, 2023, 54, 9, p.2214-2222.
