はじめに
大きな病気の治療やご家族の介護に直面したとき、お口のケアは後回しになりがちではないでしょうか。しかし、その判断が治療の結果を大きく左右するかもしれません。実はお口の健康は全身の状態と密接に繋がっています。
お口のケアは、もはや単なるエチケットではなく、治療の成否を分ける重要な要素なのです。
この記事では、医師と歯科医師が連携して患者を支える「医科歯科連携」について、その重要性から具体的なメリット、サービスの利用方法までを詳しく解説します。あなたと大切なご家族の健康を守るために、ぜひご一読ください。
医科歯科連携とは?
大きな病気の治療に臨むときや、ご高齢のご家族を介護するときはかかられた病気が原因で悪くなるかもしれない、とからだの状態のことで頭がいっぱいになり、お口のケアまで気が回らないかもしれません。
しかし、実は「お口の健康」は「からだ全体の健康」と深くつながっています。医科歯科連携とは、医療機関(お医者さん)と歯科医院(歯医者さん)が協力して患者さんの健康を支える仕組みです。
それぞれの専門知識を活かし、患者さんの情報を共有します。 そうすることで、より安全で質の高い治療を目指す大切な取り組みです。
口と全身の健康はどう関係している?

「お口はからだの入り口」とよく言われます。食事をおいしく食べ、栄養を摂るためのスタート地点です。同時に、細菌などが体内に入る最初の場所でもあります。
そのため、お口の中の状態は、全身の健康にとても大きな影響を与えます。例えば、歯周病はお口の中だけの問題ではありません。
歯周病菌が、腫れた歯ぐきの血管から体内に入り込みます。そして、血液の流れに乗って全身をめぐります。これが、さまざまな病気を引き起こしたり、悪化させたりするのです。
【歯周病と関連する全身疾患】
疾患名 | 関連性・メカニズム・影響 |
糖尿病(2型) | 歯周病の炎症が血糖コントロールを悪化させ、糖尿病は歯周病を進行させてしまう悪循がある |
虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症) | 歯周病菌が血管に入ると、動脈硬化を進めることがあり、心筋梗塞のリスクを高める |
誤嚥性肺炎・COPD | 口腔内最近がご縁や吸引によって肺に入り、慢性的な炎症や、感染を引きおこす高齢の方や体力が落ちている方にとっては、命に関わることも |
脳梗塞(脳血管疾患) | 血流を介した炎症や血栓形成が脳血管を詰まらせる可能性 |
早産・低出生体重児 | 妊娠中の歯周病が炎症性物質の全身放出を促し、子宮収縮や胎児発育遅延に関与する可能性 |
アルツハイマー型認知症 | 歯周病菌由来の毒素や炎症性物質が脳に到達し、神経変性を促進する恐れ |
関節リウマチ | 歯周病菌の酵素が自己免疫反応を活性化し、関節炎を悪化させる |
慢性腎臓病(CKD) | 慢性的な炎症が腎機能低下を加速させる可能性 |
お口を清潔に保つことは、これらの病気のリスクを減らす上で大切です。
なぜ今、医科歯科連携が求められているのか
- 生活習慣病や高齢者の健康管理では、口腔の健康が全身の病気と密接に関係している
- 周術期(手術前後)の感染予防として口腔ケアが重要視されている
- 誤嚥性肺炎や低栄養など、口腔機能低下が全身の健康リスクを高めることが知られている
近年、医師と歯科医師の連携が、ますます重要になっています。その背景には、社会の変化と医療の進歩があります。
一つ目の理由は、日本が「超高齢社会」になったことです。ご高齢になると、複数の持病を抱えたり、お薬をたくさん飲んだりする方が増えます。また、ご自宅や施設で療養生活を送る方も多くなりました。
こうした方々が安心して生活するには、医師だけでは限界があります。歯科医師や看護師、ケアマネージャーなど、多くの専門家がチームになる。そして、地域全体で支える体制(地域包括ケアシステム(※1))が必要不可欠なのです。
二つ目の理由は、医療の進歩です。お口のケアが、治療全体の効果を大きく左右することが科学的にわかってきました。(※2)特に、がん治療や心臓の手術など、からだに大きな負担がかかる治療が挙げられます。
治療の前後に専門的なお口のケア(周術期口腔機能管理(※3))を行うことで、治療をスムーズに進め、患者さんのからだの負担を軽くできます。そのため、医師と歯科医師の連携が強く求められているのです。
(※1)地域包括ケアシステム:高齢になり心身の機能が衰えたとしても、長年暮らしてきた自宅や地域でその人らしい暮らしを続けられるよう、地域ぐるみで支える仕組みのことです。医療や介護といった専門的なケアはもちろん、生活支援や介護予防、住まいの確保までを包括的に提供し、切れ目のないサポートすること。【参考:厚生労働省「地域包括ケアシステム】
(※2)JStage「歯周病と全身疾患―歯周病の病態から―」PDFpp.325–327https://www.jstage.jst.go.jp/article/perio1968/45/4/45_4_325/_article/-char/ja/?utm_source=chatgpt.com
(※3)手術やがん治療の際、事前に歯科専門家がお口の中を清潔に整え、合併症のリスクを減らす取り組みのこと。【参考:厚生労働省「周術期における口腔機能の管理等、チーム医療の推進(重点課題)】
医科歯科連携がもたらす3つの大きなメリット
医科と歯科が連携することで、患者さんやご家族には多くの良いことがあります。 主に次の3つの大きなメリットが挙げられます。
- 治療の副作用や合併症を減らす
- 最後まで「口から食べる楽しみ」を支える
- 入院期間の短縮や医療費の負担を軽くする
治療の副作用や合併症を減らす
手術やがん治療(放射線治療、抗がん剤治療)は、体力を消耗させて免疫力を低下させます。その前に、お口の中をきれいにして、必要な歯の治療を済ませておくことが重要です。
そうすることで、術後の肺炎などの合併症が起こるリスクを大きく減らせます。ある報告では、手術前の口腔ケアで合併症のリスクを減らせることが示唆されています。(※4)
また、治療中に出やすい口内炎や口の渇きなどを、専門的なケアで和らげる効果も期待できます。全身麻酔の手術では、口から呼吸を維持するための管を入れますが、むし歯や歯周病で弱った歯は、その際に欠けたり抜けたりするリスクがあります。事前に歯をチェックし治療することで、こうした歯の損傷も防げるのです。
※4出典:J-Stage「周術期口腔ケアによる消化器外科術後の感染性合併症に対する予防効果」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssmn/51/4/51_165/_article/-char/ja
最後まで「口から食べる楽しみ」を支える

「病気になっても、人生の最後まで自分の口でおいしく食事をしたい。」これは、多くの患者さんが抱く切実な願いです。「食べる」ことは、ただ栄養を摂るだけではありません。生きる喜びや、その人らしい生活の質(QOL)そのものです。
医科歯科連携を強化すれば、こういった願いも支えることができます。お口の状態に合わせた丁寧なケアや、入れ歯の調整、食べ物をうまく飲み込むための訓練(摂食嚥下リハビリ)などを行うことで、患者さんが安全に食事を続けられるようになるでしょう。
入院期間の短縮や医療費の負担を軽くする
手術後の合併症を防ぐことができれば、その分、からだの回復は早まります。順調に回復すれば、入院している期間も短くなるでしょう。
入院期間が短くなれば、結果として全体の医療費を抑えることにもつながります。これは、患者さんやご家族の経済的な負担を軽くすることにも貢献します。
医科歯科連携による症状対応とケア
ここでは、医科歯科連携による症状別の対応とケア方法を詳しく見ていきましょう。
- がん治療(手術・放射線・化学療法)における周術期口腔機能管理
- 脳卒中や心臓病などの全身疾患を持つ方の歯科治療
- 飲み込みの問題(嚥下障害)と誤嚥性肺炎の予防
- 在宅医療・施設介護における訪問歯科診療と口腔ケア
がん治療(手術・放射線・化学療法)における周術期口腔機能管理
がん治療の前後に専門的なお口のケアを行う「周術期口腔機能管理」は、医科歯科連携の代表例です。
手術前に口腔内を清潔に保ち、歯の治療を済ませることで、術後の肺炎や感染リスクを軽減できます。放射線治療や抗がん剤では、口内炎や口の乾燥などの副作用も多く、歯科のサポートで症状をやわらげることが可能です。
食べる・話すといった日常の機能を守ることも、医科歯科連携の重要な役割です。
脳卒中や心臓病などの全身疾患を持つ方の歯科治療
歯周病はお口の病気にとどまらず、脳卒中や心筋梗塞、糖尿病などのリスクを高めることがわかっています。歯周病が原因で起こる歯ぐきの炎症から細菌が血流に入り、動脈硬化を悪化させる可能性があるためです。
また、心臓病の薬を服用中の方には、歯科治療時に医師との連携が必要です。さらに脳卒中の後遺症などで歯磨きが難しくなった場合にも、歯科専門職がケアや支援を行い、清潔を保つサポートをします。
脳卒中や心臓病などの全身疾患を持つ方に対しては、歯科の面からもアプローチしていくことが健康を取り戻すためには重要なのです。
飲み込みの問題(嚥下障害)と誤嚥性肺炎の予防
食事のときにむせたり、食べ物が飲み込みにくくなったりする。こうした症状を「嚥下障害(えんげしょうがい)」と呼びます。嚥下障害は、命に関わる「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」の原因になります。
誤嚥性肺炎は、食べ物や唾液が細菌と一緒に間違って気管に入り起こる肺炎です。特にご高齢の方や体力が落ちている方には、予防がとても大切です。
誤嚥性肺炎の予防で、最も基本となるのがお口を清潔に保つことです。たとえ誤嚥してしまっても、お口の中の細菌が少なければ、肺炎を発症するリスクは当然下がります。
飲み込む力は、医師や歯科医師、言語聴覚士などが評価します。レントゲンや内視鏡(カメラ)を使った専門的な検査を行うこともあります。その上で、安全に飲み込むためのリハビリ(摂食嚥下リハビリ)や、食事の姿勢、食べやすい食事形態(とろみ食など)の工夫を提案し、健康を取り戻せるようサポートするのです。
在宅医療・施設介護における訪問歯科診療と口腔ケア

病気や障害で歯科医院への通院が難しい方でも、歯科治療は受けられます。ご自宅や施設に歯科医師が来てくれる「訪問歯科診療」があります。訪問歯科診療では、以下のような専門的な対応が可能です。
【訪問歯科診療でできることの例】
- 虫歯や歯周病の治療:通院時とほぼ同じレベルの治療が受けられます。
- 入れ歯の作製・修理・調整:合わなくなった入れ歯を調整し、食事をしやすくします。
- 専門的なお口のクリーニング(口腔ケア):ご自身では難しい部分の汚れを徹底的にきれいにします。
- 食事をうまく飲み込むためのリハビリ:安全に食事が続けられるよう、訓練やアドバイスを行います。
ここでも医科と歯科が連携することで、より包括的なケアや予防的アプローチができるようになります。
まとめ
今回は、医師と歯科医師が連携する「医科歯科連携」についてご紹介しました。
大きな病気の治療や介護など、からだのことで頭がいっぱいなとき、お口のことまで気が回らないのは当然かもしれません。しかし、専門的なお口のケアは、私たちが思う以上に治療を支える大きな力になります。手術後の合併症を防いだり、つらい副作用を和らげたりするだけでなく、入院期間の短縮にもつながります。
そして何より、「最後まで自分の口でおいしく食べる」という、かけがえのない喜びを守る大切な取り組みです。もしご自身やご家族のことで少しでも気になることがあれば、まずは勇気を出して、かかりつけの医師やケアマネージャーさんに「お口のことも相談したい」と伝えてみてください。
医科歯科連携に積極的に取り組んでいる医療機関は、以下のサイトから検索できるので、実際にリサーチしてみるのもおすすめです。