水上 健 | Mizukami Takeshi
久里浜医療センター内視鏡部長 IBS便秘外来担当
- 医学博士
- 認定産業医
- 日本内科学総合内科専門医
- 日本消化器病学会専門医
- 日本消化器内視鏡学会指導医
1965年福岡県生まれ。90年慶應義塾大学医学部卒業。2000年に医学博士号取得。専門は大腸内視鏡検査・治療、過敏性腸症候群・便秘の診断と治療。
横浜市立市民病院・内視鏡センター長、ハイデルベルグ大学Salem Medical Center客員教授などを経て、11年10月より現職。開発した無麻酔大腸内視鏡挿入法「浸水法」は、スタンフォード大学、UCLAなど国内外で広く導入されている。
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痛くない大腸内視鏡「浸水法」で便秘の原因も解明 ― 開発者・水上健医師インタビュー

大腸内視鏡検査は肛門から内視鏡を挿入し、大腸の内側を直接観察する検査法だ。大腸のS状結腸と横行結腸はぐにゃぐにゃと曲がっているため、内視鏡を入れる際に不要な圧が腸管にかかり、痛みが生じることがある。痛みを軽減するために麻酔を使うこともあるが、麻酔の投与にはリスクも伴う。久里浜医療センター内視鏡部長の水上健医師は、麻酔不要で痛みが生じにくい大腸内視鏡の方法「浸水法(※1)」を開発。2007年に学会発表し、世界の内視鏡医の注目を集めた。2008年に開かれた世界で一番大きな消化器科の学会DDWでは、「痛みが少ない」「検査の経験数が少ない医師でも検査時間が著しく短縮される」といった点が従来の方法より優れているとして、発表された。水上医師はこの「浸水法」によって、多くの日本人の腸管が複雑にねじれている形をしており、それが便秘や過敏性腸症候群の原因になってることも突き止めた。水上医師に大腸内視鏡検査、そして便秘治療にかける思いを聞いた。
※1 浸水法について:https://kurihama.hosp.go.jp/hospital/case/colonoscopy.html
痛くない大腸内視鏡検査を開発……患者さんの安全・安心のために
大腸内視鏡というと「痛い」「苦しい」と思っている方が多いのではないでしょうか。実際、施術者によってはかなりの痛みを伴う場合があります。一度苦痛を経験し、「二度と受けたくない」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
私自身、医師になった当初は大腸内視鏡が苦手でした。患者さんが痛がるんですね。これでは駄目だと思い、内視鏡にかかわる医師であれば誰もが認める名医、光島徹先生の講習会に参加したんです。せっかくだからと被験者になり、光島先生の大腸内視鏡を受けてみました。衝撃を受けましたね。痛いどころか、検査中、腸のどこを内視鏡が通っているのかすら気付かないほど、違和感がないのです。「大きな根本的な間違いがあるぞ。センスがないと、痛みなしの大腸内視鏡検査はできない。気合いだけでは無理だ」と思わされました。
センスで勝負ができないなら、痛くない方法を確立するしかありません。さまざまな文献を読み、名だたる先生方の方法を試し、開発に至ったのが「浸水法」です。従来の大腸内視鏡検査は、空気を送り込んで腸を膨らませるため、腸が伸びたり膨らんだりして苦痛が生じます。一方、「浸水法」は水を入れて腸を膨らませる方法で、腸が膨らみにくく苦痛が生じづらいのです。
さらに私は「直腸・S状結腸の中の空気を完全に除去する」ことも取り入れました。水を入れるだけでは、「プールの水中から外を見ると見えにくい」ように視界が狭まることがあります。しかし、私が開発したやり方であれば、視界がクリアなままです。さらに内視鏡が水の流れに応じて引き込まれていくので、S状結腸が伸びず、痛みが全くと言っても過言ではないほど起こりません。この方法は2007年よりスタンフォード大学やUCLAなど海外で導入され、2010年にはスタンフォード大学の研究チームが、ランダム化比較試験による有用性を論文発表しています。
「眠ってできる大腸内視鏡検査」ではなく「眠らない大腸内視鏡検査」へのこだわり

従来の空気(または二酸化炭素)を入れる大腸内視鏡検査でも、麻酔(鎮痛剤)を使えば、眠っている間に検査が終わるため、苦痛を感じにくくなります。しかし麻酔には、呼吸抑制や血圧低下、麻酔から目が覚めた後のふらつき、転倒などのリスクがあります。私が開発した「浸水法」であれば、麻酔を使わなくても痛くはありません。使わないで済むなら、それに越したことはないと私は考えています。
「眠らない大腸内視鏡」にこだわるのは、ほかにも理由があります。大腸内視鏡の痛みは、腸が伸びすぎたり膨らみすぎたりすることで起こる、いわば命の危険信号です。患者さんへ安全に検査を行うためにも、麻酔で命の危険信号を消すのではなく、起こさないことに力を注ぐべきだと考えています。
麻酔を使わない「眠らない大腸内視鏡検査(浸水法)」では、患者さんは音楽を聴きながら検査の時間を過ごします。検査中は、患者さんから排便に関する悩みを伺うこともあります。おかげさまで患者さんからは検査後、「全く痛くなかった」「腸のどこに内視鏡があるのかわからなかった」という、かつて私が光島先生の大腸内視鏡を受けて感じたことと同じような感想をいただいています。便のことで悩みがある方、健康診断で消化器内科の精密検査が必要と言われた方は、「大腸内視鏡検査は怖い」と思わず、一度相談にいらしてくれればと思います。
ストレスが関係しない便秘、過敏性腸症候群。原因は「ねじれ腸」
便秘、または「過敏性腸症候群」では、ストレスとの関係を指摘されることが少なくありません。しかし麻酔を使わない「浸水法」でわかったのは、心理的ストレスが関係しない過敏性腸症候群があること、そしてそういった方では大腸の形が教科書通りではなく、ねじれているということでした。
教科書に載っている大腸は、とぐろを巻く小腸の周りを取り囲む四角い形をしています。漢字の「口」に似た形を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。ところが頑固な便秘がある方では、大腸は四角形ではなく、複雑にねじれているのです。浸水法では、水面から腸管の位置関係を把握し、腸管の構造を利用して内視鏡を入れていくため、検査時に腸管の形がわかります。教科書通りの形でない方では、内視鏡が進めにくかったり、引っかかったりし、検査にも時間がかかります。検査の過程で腸の形がどうやら教科書通りではない人が多いと感じた私は、母校の慶應義塾大学解剖学教室の准教授とともに30体の献体を解剖して腸管の形を調べました。加えて、300以上のCT検査の画像を検討したのです。すると日本人の腸の形は多種多様。各人バラバラのねじれ具合だということが判明しました。
大腸内視鏡が入りにくいほど腸管がねじれていれば、便も引っかかって出づらくなるのは当然です。私は一般の方にもイメージしやすいよう「ねじれ腸」と名づけ、学会やメディアで発表。後には、「落下腸」についても発表しました。これは、背中に固定されているはずの上行結腸と下行結腸が遊離していて、大腸全体が骨盤の中に落ち込み折り重なっている腸です。ねじれ腸や落下腸のセルフチェック、改善する生活習慣、簡単にできるストレッチやマッサージも多くの方に伝わるよう、積極的に情報発信をしています。
「敵」が何かをはっきりと伝える。「原因不明」「ストレス」で終わらせない

私が患者さんと接する上で常に心がけているのは、敵(原因)をはっきりと伝えることです。そうすることで患者さんは安心し、対応する方向が見つかり、便秘や過敏性腸症候群といった不調が改善しやすいと考えています。
慢性的な便秘や過敏性腸症候群で悩んで来院された患者さんでは、別の医療機関で「原因不明」「ストレス性」と言われてきた方がかなりいらっしゃいます。確かにさまざまな要因が絡んでいるケースも多いので仕方ないことなのですが、患者さん側にとっては「それはわかった。しかし、この不調をどう改善すればいいの?」となりますよね。頑固な便秘を治そうとサプリメントを取ったり、ヨーグルトを食べたりと、良いと言われることを片っ端から試し、しかし改善せず、不快感が続き、新たなストレスが生まれるという悪循環に陥っている方もいます。市販の便秘薬を手放せなくなっている方も珍しくありません。
そういう方に「浸水法」で大腸内視鏡をすると、内視鏡が大腸の曲がりやねじれに何度も引っかかり、ものすごく時間がかかるんです。麻酔を使っていませんから、検査中に患者さんと会話ができます。「こうやって時間がかかるのは、『ねじれ腸』だからなんですよ」とお話しすると、患者さんは「なるほど」と納得されます。内視鏡写真を見ると「こんなにねじれていたら、便秘にもなりますね」とより深く納得されます。「体質だから仕方がない」と、いい意味での諦めとなり、次への第一歩を踏み出せるのです。
原因不明の頭痛に悩まされた中学時代。十分な説明で患者さんへ安心感を

何が原因かを患者さんへはっきり提示したいという今のスタイルがあるのは、私自身が中学時代、原因不明の頭痛に悩まされた経験があるからです。検査をしても異常が見つからず、不安になり、鬱々した生活を送っていました。心療内科へ通ったこともあります。今から思うと、どちらかというと考え込んでしまう性格が頭痛を招いていたのかもしれません。中学生時代の経験から、「この不調は、◎◎◎のせいだ」と思えるかどうかで、安心感が大きく変わってくると考えています。
患者さんの困りごと・悩みごとを正確に拾い上げ、解決策を伝えるために、事前の情報収集には非常に力を入れています。患者さんに症状を口頭で説明してもらうとどうしても抜けてしまう内容が出てしまいます。そこで、患者さんには診察室に入る前に、問診票へ記入をしてもらいます。2ページにわたる問診票は私が自ら作ったもので、聞きたいことを細かくピックアップしています。その後にレントゲン検査を受けてもらい、患者さんとお話をします。患者さんとの対面前にすでに情報は入ってきているので、改めて患者さんに質問することはほとんどありません。レントゲン写真を患者さんに示しながら、患者さんの不調の原因を具体的に説明し、治療法、日常生活で気をつけることなどをお話しします。この流れにしているのは、患者さんへの説明時間を十分に取りたいからです。
便秘を生活習慣を見直すきっかけに。ハッピーな人生を手に入れよう
複数の要因が絡んで起きる便秘ですが、生活習慣との関係は切っても切り離せません。特に私が重要視しているのは、運動です。私の研究では日本人のおよそ8割が「ねじれ腸」で、ねじれ腸の場合、運動不足になると便秘になるリスクがより高くなります。
実は私もねじれ腸。運動不足の日が続くと途端におなかが痛くなって便秘気味になるため、どんなに仕事で忙しくても体を動かすようにしています。ただ、私はもともと運動が好きというわけではありません。天候に左右されるようなもの、例えばジョギングなどは、「今日は雨が降っているから/暑いから/寒いから、やめよう」となりがちです。「これなら続けられそう」と始め、かれこれ5〜6年続いているのが運動系ソフトとエアロバイクです。運動系ソフトは、今はボクシングのソフトにハマっていて、楽しみながらやっています。エアロバイクはYouTubeなどを観ながらできる点がいいですね。
運動はメンタル面でもメリットが大きいと実感しています。体を動かすと、余計なことを考えなくて済みます。始める前は億劫に感じても、汗をかくとスッキリ気持ちが良くなります。どんな薬よりも、運動は心身に対して〝効く〟と考えています。最初のきっかけは、お腹が痛くならないように運動しよう、でいいのです。
不調を感じているなら、まずは痛くない大腸内視鏡で、大腸に何らかの異常が起こっていないかを調べてください。異常がなく、腸管の形が関係して便秘や過敏性腸症候群を起こしているなら、それをきっかけに生活習慣の見直しをしましょう。そうやってハッピーな人生を手に入れていただきたいと思います。