齋田 瑞恵|Saita Mizue
順天堂大学医学部附属順天堂医院 総合診療科 医局長・准教授
2004年順天堂大学医学部卒業 医学博士
代々続く医師の家系に育ち、祖父の教えである「凡医尽人(ぼんいじんじん=人に尽くすことが医師の務め)」を座右の銘に掲げる。 特定の臓器だけでなく、患者の背景や人生そのものを診る「全人的医療」を実践する総合診療のスペシャリスト。
西洋医学に加え、漢方医学にも造詣が深く、原因不明の不調や倦怠感など、既存の枠組みでは解決しづらい悩みにも親身に寄り添う診療が特徴。 「医療はCure(治療)からCare(ケア)へ」という信念のもと、患者の幸せを第一に考えた診療を行う傍ら、医局長として若手医師の育成や医療現場の働き方改革にも尽力している。
目次
総合診療科と聞いて「名前は耳にしたことはあるけど、どういう診療科かわからない」と思う人もいるのではないでしょうか。
テレビドラマ『19番目のカルテ』(TBSテレビ:2025年7~9月)で松本潤さんが総合診療科医を演じたことから総合診療科についても注目が集まりましたが、認知度はまだまだ高いとは言えないのが実情です。
そんな総合診療科の存在を多くの人に知ってもらい、活用してほしいと話すのが、順天堂医院総合診療科で医局長を務める齋田瑞恵医師です。
総合診療科医を選んだ経緯、総合診療科医としてどのような医療を目指しているのか、話を伺いました。
総合診療科とは? 19番目の専門医と「人を診る診療科」の役割
新専門医制度で加わった「19番目の専門医」
『19番目のカルテ』は、同タイトルの漫画が原作のテレビドラマで、この「19番目」というのは、総合診療科が19番目にできた専門診療科であることが由来となっています。
患者さんが医療機関を受診するときのわかりやすい目安として、日本では専門医制度という制度があり、1960年代から各学会がそれぞれ専門医を設けていました。内科、外科、皮膚科、精神科、小児科などがそうです。そんな中、2018年に新専門医制度ができ、これまで18あった専門医に、19番目の専門医として新たに加わったのが、総合診療科となるわけです。
臓器別ではなく「人を診る」専門性と役割
総合診療科は、簡単にいうと「人を診る診療科」です。現在、日本の医療は、細かく専門性が分かれています。内科ひとつ取っても、消化器内科、循環器内科、代謝内科、呼吸器内科といったように臓器別に専門医がいます。
専門医は、高い専門性を持って診療・治療を行なえる一方で、専門から外れた症状、臓器、年齢の病気になると、対応しづらいことが少なくありません。みなさんも経験がないでしょうか? 「複数の症状があって、どの診療科を受診したらいいかわからない」「自分の不調に対応してくれそうな診療科がわからない」「医療機関を受診したが、その診療科では異常なしと言われた。次にどこを受診すればいいかわからない」などです。
診断がつかない症状に対し、適切な医療へつなぐ(紹介する)ことも私たちの重要な役割です。高齢化社会となり、多様な症状を持った患者さんが増えたこともあり、総合診療科が新専門医制度の基本領域として追加されたのです。
「凡医尽人」を胸に 祖父の理念が導いた総合診療医への道

私の実家は代々医師の家系で、祖父と父が産婦人科医、母が小児科医です。祖父が昭和30年に産婦人科医院を開業し、その後、父が産婦人科を継ぎ、母が隣に小児科医院を開業しました。両親はお互いの専門分野を連携し、産婦人科から小児科まで一貫した医療を提供しています。そんな両親、そして祖父の姿を小さい頃から見ていて、いつしか私も医師になり、お母さんや子ども、つまりは〝家庭〟をトータルで診ていきたいと考えるようになりました。
私の人生に大きな影響を与えたものの一つが、祖父の造語である「凡医尽人」です。「凡医尽人」は「ぼんいじんじん」と読みます。「自分を決して偉いと思ってはいけない。人々が幸せに過ごし、自分の人生を全うできるように、人に尽くすことが医師の務め」という意味です。小さい頃からずっと、医師になってからはより一層、「凡医尽人」の意味を噛み締めています。
医師を志した初めの頃は、産婦人科医か小児科医を目指していました。しかし「人を総合的に診られる分野がこれからは重要になるのでは」という父のアドバイスもあり、総合診療科に関心が向いていきました。総合診療科であれば、私が求める「〝家庭〟をトータルで診たい」という想いにも合致するという考えもあったのです。
順天堂大学の総合診療科は、1993年の開設当時こそ様々な診療科の先生が集まっていたのですが、私が入局した頃には「最初から総合診療科」という先生方がかなりの数を占めるようになっていました。順天堂大学の総合診療科では、早い段階から</u>総合診療科の重要性をしっかりと認識し、総合診療を志して入局した若手医師を専門的に育成する体制が整っていたのです。自分の母校がそのような環境であったことは非常に幸運であり、ここでしっかりと学び、やがては「凡医尽人」につなげていきたいと思いました。
総合診療医に不可欠な診断力と連携:外来・入院のマネージメント
多職種チームを動かす「マネージメント力」
総合診療科の患者さんの中には身体の問題を抱えている人もいれば、精神的な問題を抱えている人もいます。だからこそ、専門診療科、看護師、医療ソーシャルワーカーなどさまざまな職種と連携し、患者さんを診ることが求められます。
そのため、総合診療科でまず重要となるのが、マネージメントです。外来に来られた患者さんの症状を見極め、必要とされる検査を行い、場合によっては入院の調整を行うなど、状況に応じた柔軟的なマネージメントが不可欠なのです。
新型コロナウイルスを例に出せばわかりやすいかもしれません。新型コロナウイルスが流行し始めた頃、どういったウイルスで、どういった病気なのか、はっきりとわからない部分がありました。「感染症」で「呼吸器疾患」といった限られた情報の中、救急、呼吸器内科、総合診療科でチームを作り、その時々でできる限りの質の高い医療を患者さんに提供できるようにマネージメントしたのです。呼吸器内科医だけでは対応しきれませんから、それ以外の診療科からも医師を派遣してもらったのですが、それらのマネージメントも総合診療科が中心となって行いました。全体像を見ることができる診療科だから、担えた役割と言えるでしょう。
問診で本音を引き出す「コミュニケーション力」

もう一点、総合診療科で重要なのが、コミュニケーションです。患者さんが本当に悩んでいることを引き出すには、オープンクエスチョンでなくてはいけません。オープンクエスチョンとは、「はい」や「いいえ」といった答えではなく、相手に自由に話してもらう質問形式のことです。「痛いですか、痛くないですか?」ではなく、「今日はどうされましたか?」と問いかけ、患者さんに言葉の選択をしてもらうのです。
「お腹が痛い」という訴えの背景には、いく通りもの原因が考えられます。どの専門診療科につなぐか、検査の緊急性はどうかなどは原因によって異なり、その判断は総合診療科医の診断力にかかっています。患者さんの本心をどうやって聞き出すかも、総合診療科医の腕の見せどころです。
「つらい症状を早く取り除いてほしい」という患者さんもいれば、「病名を知って安心したい」という患者さんもいます。「自分の訴えにとにかく耳を傾けてほしい」という患者さんもいます。「臓器別ではなく人を診る」ということは、頭のてっぺんから足の先まで診るということ。かつ、身体的・精神的側面だけでなく、人格や社会的な立場なども含めて総合的に判断しなければなりません。このように全人的医療を行う総合診療科は、難しいところもある一方で、非常にやりがいのある分野だと感じています。
西洋医学の限界を越える 総合診療医と漢方薬の強み
漢方をこの10年ほど勉強しています。昔から興味を持っていて、その源流が何かと思い返せば、祖父が胃が痛くなると「熊の胃」を飲んでいたんですね。一般的に「熊胆(ゆうたん)」と呼ばれる漢方薬で、胃弱、胃部・腹部膨満感、胃のむかつきなど消化器系の不調に効くとされています。祖父の姿から、西洋医学だけでは対応しきれない健康問題があるということを小さい頃から感じていました。
実際、総合診療科医として患者さんと向き合っていると、西洋医学の限界を感じることが珍しくありません。一例を挙げると、倦怠感です。ビタミンを処方しても、倦怠感が続くと訴えられることはよくあります。
そういう時、漢方薬の知識があると、「では、こういう方法もありますよ」と提示することができます。西洋医学に加え、漢方薬という手段があると、治療の選択肢が広がり、継続的なサポートが可能になり、患者さんにいつまでも寄り添えるのです。「ここでは打つ手がありません。ほかの病院へ行ってください」とならずに済むのです。最後まで戦える武器(漢方薬)を持つことは、総合診療科医にとって大きな強みになっていると考えています。
次世代の育成と働き方改革:医局長としてのメッセージ

僻地・地域医療で鍛える若手医師の対応力
総合診療科の医局長として、後輩の指導にも力を入れています。しっかりとした教育を受けた総合診療科医が増えれば、無駄な医療が減り、患者さんにとっても医師にとっても双方良い結果を得られるからです。総合診療医が今後の日本の医療を支える要になると考えています。
だからこそ、総合診療科医になるための研修期間をどれだけ充実させるかに尽力しています。順天堂大学では東京都の新島村へ総合診療科の医局から若手医師を派遣しています。こういった僻地では、それこそ臓器を超えた診療が求められます。海での救急事故から、一般的な内科診療、自宅で療養生活を送っている高齢者の診療まで、ありとあらゆることをやらなければならないのです。若手のうちの経験することは、総合診療科医として大きく成長することに、確実につながるでしょう。
医師自身の幸せが患者さんの幸せに繋がる
もう一つ力を入れていることは、産休、育休の取得です。医師の働き方改革が言われ始めたのは2025年4月からですが、私が医局長になって以来、4年前から男性医師も含めて育休をしっかり取ってもらうようにしています。私自身が3人の子育てを経験し、かけがえのない時間を過ごすことができたと感じており、後輩たちにも経験してもらいたいのです。
人に寄り添い、その人が幸せな人生を送る手助けをするのが医師の務めーー。祖父から受け継ぐ「凡医尽人」をモットーに掲げるわけですが、医師本人が幸せでなければ、患者さんも幸せにはできないと考えています。
イタリアに住んでいたときのある印象的な出来事も影響しています。夫が膝専門のスポーツドクターで、彼の1年間のイタリア研修に伴い、私も休職し、3人の子どもたちと渡伊しました。イタリアでバスに乗っていたときのことです。隣に座っていた高齢の婦人から「あなたの夢は何?」といきなり聞かれました。言葉に詰まっていると、その婦人が「私はおばあちゃんになることが夢だったのよ」と言ったんです。
ものすごく衝撃を受けました。日本では、男女関係なく「年を取りたくない」という声もよく聞きますし、私自身も、そのような感覚がありました。婦人は私に言いました。「イタリアではね、ノンナ(おばあちゃん)が一番大事にされるのよ。大事にされる1位はノンナ、2位はマンマ(おかあさん)、3位はバンビーノ(子ども)」。
家庭の中でおばあちゃんが幸せだと、おじいちゃんも幸せですよね。おじいちゃんが幸せだと、その子どもたちであるお父さん、お母さんも幸せ。孫に当たる、お父さんお母さんの子どもたちも幸せ。みんなが幸せになれば、結果的に社会全体が幸せになります。イタリアでの経験が、祖父の言葉や両親の姿と同様に、私の医師人生に及ぼした影響はとても大きいのですが、患者さんの幸せを考える上で、真っ先に思い浮かべるのが、このノンナの言葉なのです。
総合診療医が目指す「Care」とは? 人生を全うするための医療

総合診療科医として目指すのは、Cure(キュア)ではなくCare(ケア)。Cureが「治療で病気を根本的に治すこと」を意味するのに対し、Careは「治療の対象とならないものも含めて不調や悩みごとを解決し、生活の質を維持・向上させるための世話や配慮をすること」。医療技術の進歩や新しい薬剤の登場でCureは進んでいるかもしれませんが、Careはまだまだこれからだと考えています。総合診療科医、それも〝専任〟の総合診療医が増えていけば、この状況は変わっていくことでしょう。
先日、高校時代の同窓会があったんです。友人たちから言われたのは「瑞恵ちゃんは、高校生の時から『医療はCureからCareに変わっていく』と話していたよね」ということ。私自身はすっかり忘れていたのですが、もしそうだとしたら、やはり祖父の影響が大きいのだと思います。祖父が医薬品を詰めたリュックを背負って回っていた無医村(※むいそん)の僻地は、山を越え、谷を越え、半日以上も歩き続けなければならないほどの難儀な道のりだったと、同じ道を歩いたことのある父から聞きました。祖父を突き動かしていた想いは、Cureももちろんあるけれども、Careが大きかったのだと確信しています。私も総合診療医として、患者さんがつらいと感じていることに耳を傾け、望んでいることをすくい上げ、寄り添い解決し、患者さんの幸せ実現のために尽力したいと考えています。
(※無医村:むいそん 医師が常駐せず、住民が容易に医療機関を利用できない状況にある地域のこと)
-
クリニック情報

順天堂大学医学部附属順天堂医院
