渡辺尚彦|Watanabe Yoshihiko
- 日本歯科大学客員教授
医学博士。高血圧専門医。循環器専門医。1987年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに24時間血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。
日本内科学会認定内科医/日本老年医学会専門医・指導医/日本循環器学会専門医/日本高血圧学会専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター(ICD)/日本感染症学会専門医・指導医/日本心療内科学会専門医
目次
はじめに
「血圧が高めです」と健康診断などで言われた時、多くの人は「薬を飲みたくない・増やしたくない」「食事制限なんてしたくない」と思うのではないだろうか。しかし、そんな希望は通るわけがなく、やがては薬の治療や減塩生活が始まることになる。もしくは、病院に行かないまま血圧を高い状態で放置すると、何年か後に、高血圧が原因の脳卒中や心筋梗塞を起こして病院に運ばれることになってしまう。血圧をいかに効率よく低下させられるか、高血圧治療を投げ出す患者さんをいかに少なくするか。そのヒントを体を張って追求し続けているのが高血圧・循環器専門医の渡辺尚彦医師(日本歯科大学客員教授)だ。原動力となっているのが「高血圧で命を失う人を減らしたい」。渡辺医師に高血圧治療にかける思いを聞いた。
薬を増やさなくても血圧は下げられる

高血圧の治療で血圧がなかなか下がらないとき、多くの医者は「では、薬を増やしましょう」となりがちです。なぜならそれが一番簡単な方法だからです。しかし私は「なぜ下がらないのか?」「薬以外に血圧を下げる方法はないのか?」に目を向けるべきだと考えています。私が患者さんに提案するのは、薬を服用する時間を変える「時間療法」と呼ばれる手法です。これを取り入れるようになったきっかけは、40年近く前、ある経験をしたことでした。
高血圧の50代の患者さんに1日1回服用の血圧を下げる薬を出したのです。そして薬の効果を調べるため、一定の時間の間隔で24時間の血圧を測る24時間血圧計を、7日間にわたって装着してもらいました。すると、朝食前に薬を服用すると昼間の血圧は下がるものの、夜から翌朝にかけては血圧が上昇し、上の血圧(収縮期血圧)が正常範囲を超えてしまいました。
これでは薬が効いているとは言えません。しかし、患者さんは薬の増量は絶対に嫌だとおっしゃいます。苦肉の策で服薬の時間を変えてみることにしました。朝食後、昼食後、夕食後、就寝前と時間を変えてそれぞれ7日間、薬を飲んでもらい、比較したところ、就寝前の服薬が最も血圧の上昇を抑えられました。薬の量は変えずとも、薬を飲む時間を変えるだけで、これほど効果が違う。想像以上の結果に、私は非常に驚きました。
時間療法で、患者さん一人ひとりにあった「服薬時間」を探る
その後分かったのは、血圧や心拍数には24時間周期のリズム(サーカディアンリズム/概日リズム※)があり、これを応用して一人ひとりのリズムにあった、薬の効果を最大限に得られ、副作用は最小限に抑えられるということです。言い換えると、もし適切でない時間に薬を飲めば、「薬が効かない」となり、本来は必要ないかもしれない薬の増量につながることもあります。
50代の患者さんとのやり取り以降、薬をきちんと飲んでいるのになかなか血圧が下がらない患者さんには、時間療法を提案し、薬を飲むのに適した時間を探るようにしています。時間療法が難しいのは、患者さんによってどの時間に飲めばいいかがそれぞれ異なる点。何通りも試すので時間はかかりますが、地道に探るようにしています。
※参考文献
渡辺尚彦: 各論A. 心・血管系自律神経機能検査-5血圧・心拍数日内変動の測定: 自律神経機能検査第4版, 日本自律神経学会編. 153-158, 文光堂, 東京, 2007
渡辺尚彦:血圧はウソをつく 高い低いの謎を読む ネスコ文藝春秋 東京 239頁 1997年
渡辺尚彦 サイレントキラーの恐怖 血圧博士の診療記 アドア出版 東京 240頁 1994年
サーカディアンリズムとは:厚生労働省 健康日本21アクション支援システム ~健康づくりサポートネット~概日リズム睡眠・覚醒障害
サーカディアンリズムの提唱者に励まされ、「血圧測定を一緒の仕事に」と決意

サーカディアンリズムを提唱したのは、私の恩師であるミネソタ大学生物学研究所のフランツ・ハルバーグ教授。ラットの白血球が約24時間のサイクルで変動していることを見出し、circa(約)、dias(1日)からサーカ・ディアンリズムと命名しました。このハルバーグ先生こそ、「血圧測定を一生の仕事にしよう」という私の決意に火を灯してくれた人なのです。
私は1987年8月22日から今日に至るまで、24時間血圧計をつけてほぼ30分おきに血圧を測定し続けています。たとえ高血圧専門医であってもそんな医師はどこにもいませんから、「医師がやることではない」「クレイジー」などと批判する同僚も少なくありませんでした。
ハルバーグ先生に初めてお目にかかったのは、24時間血圧測定を始めて2年ほどが経った頃。ノーベル賞候補としても有力視されていたハルバーグ先生を前に緊張しながら、拙い英語で「携帯型自動血圧計で、この2年間、30分おきに血圧を測定しています」と伝えると、「ビューティフル!」と絶賛してくれ、「そのまま研究を続けなさい」と励ましてくれたのです。翌年、ハルバーグ先生の研究所を訪ねた際、ハルバーグ先生を筆頭にスタッフ全員が腕に24時間血圧計を装着している姿を目の当たりにした時は、驚きつつも、嬉しく感じたことを覚えています。
血圧を下げるのは薬だけではなかった。24時間血圧計をつけているから分かったこと

血圧を下げるのは薬だけではありません。運動や生活習慣も血圧を下げることに役立ちます。そしてその中でも、特に有効なものがあるがわかりました。40年近く24時間血圧測定をしている、ある意味〝クレイジーな医師〟だからこそ、実体験を持ってわかることがあります。これまで患者さんに紹介してきた「血圧低下に役立つ身近な食品」はいくつもあり、また患者さんたちも24時間血圧計で1週間の血圧を記録してくれているので、それらの食品が確かに血圧を下げることを示す、たくさんのデータを得ています。
血圧低下に本当に役立つ?最も効果が高い取り方は? 現在検証中の「ナス」と「スイカ」
現在、検証中の食品が2つあります。1つは「ナス」のサプリメントです。ナスに含まれる「コリンエステル」という成分に血圧を改善する効果があることが、信州大学の中村浩蔵先生らの研究で明らかになっています。コリンエステルは、ナスの中でも「高知ナス」に多く含まれており、血圧改善効果がある機能性表示食品として販売されています。私はこれを高血圧の患者さん数人に摂取してもらい、効果を検証しています。
もう1つは「カラハリスイカ」のサプリメントです。アフリカのカラハリ砂漠に自生する野生種のスイカで、食べてもおいしくありませんが、驚異的な保水力があることで知られています。このカラハリスイカの果汁に血圧を下げる効果があるという海外の研究結果を目にし、検証してみようと思い立ちました。カラハリスイカにはシトルリンというアミノ酸が含まれており、これが体内で別のアミノ酸になったり、またそこからシトルリンに戻ったりします。その過程で、血管を広げる作用のある化合物がつくられ、血圧が下がると考えられています。
私たちにとって身近な食材である「ナス」と「スイカ」。これらは患者さんに単に摂取してもらい、血圧が下がるかどうかを検証しているだけではありません。ここでも時間療法が重要になってきます。同じ摂取するにしても、どのタイミングで取れば適しているのか? たとえば「スイカ」のサプリメントを摂取した70代の男性では、起床時、起床3時間後、6時間後……と7通りの時間帯で血圧の低下の度合いが異なりました。この男性の場合、最も効果が高かったのは、起床から9時間後。しかし別の方では、別の時間帯がベストなるかもしれません。食品やサプリメントを患者さんに紹介するときも、ベストの摂取タイミングも合わせて伝えたいと考えています。
論文発表された研究結果を、そのまま患者さんに伝えることは、ある意味、だれでもできるでしょう。しかし、薬にしろ血圧を下げる食品にしろ、効果の得られ方は人それぞれ異なります。「良い」とされるものでも、取り方によっては毒になることもあるのです。「患者さんは一人一人違う」を常に念頭に置き、患者さん一人ひとりに合ったタイミングを見つけ出すことが私のライフワークだと考えています。
父親が47歳で他界。救えなかった無念さから高血圧専門医を志した

私は父親を医学生の時に亡くしています。享年47歳。原因は、長年放置していた高血圧でした。最初に訴えた症状はひどい頭痛で、その時の血圧は、上が200mmHg超。尿からはたんぱくがたくさん出ていて、重症の高血圧による腎障害も起こっていました。「目がよく見えない。眼鏡を作り替えなければ」としょっちゅう言っていたのも、後から考えれば、視力障害が起こっていたことが原因だと考えられます。
当然、家族は受診を強く勧めたのですが、父親は病院が嫌いで、聞く耳を持ちませんでした。しかし頭痛があまりにひどく、渋々入院。その病院で利尿剤を使われすぎたのが原因で、腎障害が悪化し、血圧が300mmHg近くまで急上昇し、高血圧性脳症を起こしたのです。緊急人工透析で一命は取り留め、一時は外泊できるまでに回復したものの、重症の肺炎を起こし、そこから敗血症へ。さらには出血が止まらなくなる播種性血管内凝固症候群という病気を引き起こし、最期の時を迎えました。
早くに高血圧だと知り、治療を受けていたら、父親は50歳前という若い年代で亡くなることはなかったでしょう。父親のように手遅れになってしまう患者さんを出したくない、高血圧で命を失う人を減らしたいという思いから、私は自分の研究テーマを高血圧と決めました。
「医者に病気を見つけられて、何か言われるのが怖かった」。これは生前、私が「なぜもっと早くに病院に行かなかったの?」と聞いた時の、父親の答えでした。患者さんが萎縮して、言いたいことも言い出せないような医師にはなってはいけない。私が常に肝に銘じていることです。診察室でも、患者さんにリラックスしてもらおうと、冗談やダジャレを連発。病院の中とは思えないような雰囲気になることもしょっちゅうあります。
高血圧の原因は「めまい」。多方面にアプローチしなければ「原因」がわからない
血圧はいろんなことに関係しています。だから、血圧にだけ目を向けていると原因がわからず、間違った方向に進んでしまうこともあります。
高血圧で来院したある患者さんは、特に仕事中の血圧が高く、上の血圧(収縮期血圧)が200mmHgを超えるとのことでした。某クリニックを受診したところ、高血圧の薬を飲まなくてはダメだと言われ、でも何か手立てはないかと私の外来を受診したとのこと。
よくよくお話を伺うと、その患者さんは仕事中、ひどいめまいもありました。職業は花屋さんで、お花に水をまくとき、頭を上下に振る習慣がありました。頭を動かしたときに強いめまいが生じる場合、「良性発作性頭位めまい症」が疑われます。この病気は薬が効きづらく、症状を抑えるためには、頭を上下に極力振らないようにすることが一つの方法となります。そこで患者さんに実行してもらったところ、全くめまいの症状が起こらず、血圧上昇も見られなくなったのです。
めまいがあると、その原因となっている病気がストレスや自律神経の乱れと関連し、血圧上昇を招くことがあります。「高血圧だからめまいがある」と単純に考えがちですが、「めまいがあるから高血圧が起こっている」という見方もあるのです。実は「高血圧と診断されたが、薬を飲みたくない。どうにかならないでしょうか?」と私の外来を受診される患者さんの中には、めまいが原因で高血圧を起こしている方も少なからずいます。
高血圧治療で悩んでいる方へ

現在の治療でなかなか血圧が安定せず、悩んでいらっしゃる方もいるかもしれません。私自身が40年近く24時間血圧を測り続ける中で痛感しているのは、「高血圧治療のアプローチは決して一つではない」ということです。薬を飲むタイミングや日々の食事を見直すことで、薬の量を増やさなくても血圧が低下することがあります。また、「めまい」や「痛み」のように血圧の裏に思わぬ原因が隠れていることもあります。この記事でお伝えしたように、試せる方法は数多くあります。もし今の治療に少しでも疑問を感じているなら、多角的な視点で血圧について一緒に考えてくれる医師や医療機関に、セカンドオピニオンを受けてみてはいかがでしょうか。ご自身が納得できる治療法がきっと見つかるはずです。
参考文献
・高血圧治療の基本方針の根拠として:日本高血圧学会: 高血圧治療ガイドライン2019. ライフサイエンス出版, 2019
・「時間療法」の科学的背景として:Hermida RC, et al. Bedtime hypertension treatment improves cardiovascular risk reduction: the Hygia Chronotherapy Trial. Eur Heart J. 2020;41(48):4565-4576.
解説: 「薬を夜に飲むことで心血管イベントが減少した」という研究は、世界的に権威のある医学雑誌で複数報告されています。中でもスペインで行われた「Hygia Chronotherapy Trial」は非常に有名で、時間療法の科学的根拠として引用されています。
医師紹介
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