寒くなって空気が乾燥する季節になると、一気に流行が広がるカゼなどの感染症。なかなか咳が止まらないと感じたら「マイコプラズマ」を疑ってみてはいかがでしょうか。
マイコプラズマとは、自己増殖可能な最小の微生物で、生物学的には細菌に分類されます。かつては4年周期で大流行したことから「オリンピック肺炎」と呼ばれていたそうですが、1992年からしばらくは4年周期の流行は消失しました。2011年~2012年の大流行、2015年~2016年の大流行は認められましたが、2020年はコロナ禍でのマスク生活も影響してか流行がなく、8年ぶりに2024年夏から冬の大流行となりました。
今回は、マイコプラズマの特徴、感染後の症状やリスク、治療法などについて、池袋大谷クリニックの大谷義夫院長に語ってもらいました。たかが咳とは思わずに、周囲への感染を防ぐためにも早めに呼吸器内科で診断・治療を受けるようにしてください。
目次
Q1 マイコプラズマについて教えてください
マイコプラズマは、一般細菌よりも小さく、ウイルスより大きい病原体で、名前を「マイコプラズマ・ニューモニアエ」といいます。細胞壁を持たないことが一般細菌と異なりますが、生物学的には細菌に分類されます。自己増殖可能な病原性微生物の中では最小クラスです。感染経路は飛沫感染または接触感染、潜伏期間は2~3週間と長めです。初期症状は風邪に似ており、咽頭痛、発熱、頭痛、倦怠感などの症状が認められます。症状出現してから3~5日後に喀痰を伴わない乾性咳嗽が認められるようになります。次第に咳は激しくなり、解熱してからも約3~4週間は辛い咳が続きます。
Q2 いわゆる「怖い病気」なのでしょうか?
多くのマイコプラズマは軽症で怖い病気ではありません。マイコプラズマ肺炎という言葉が有名になりましたが、肺炎に至るのは5%~10%で、咽頭炎や気管支炎で終わることが多くなります。肺炎に至っても解熱すれば比較的元気なため、外出して感染リスクを広げてしまいますから、“歩く肺炎” “walking pneumonia” とも呼ばれています。また発症者の約80%は中学生以下であり、その他、高校生、20代、30代と若い方が罹患します。年齢60歳未満で基礎疾患がない方が多いのも特徴です。このため、家庭内で感染だけでなく、学校や職場で集団感染してしまう頻度が高くなります。
多くの方が軽症で決して怖い病気ではないのですが、0.2~2%は呼吸不全を伴う重症に陥ります。高齢者でも重症化することはありますが、重症になりやすいのは20代〜40代までの比較的若い年代の方々で、過剰な免疫反応によるメカニズムが原因と考えられています。
私が過去に診た患者さんでは、30代の体力のある方でしたが、数日のうちにレントゲン写真で肺が真っ白に写るようになり、すぐに大学病院に入院、人工呼吸器を装着しなければならない状態になりました。
また、呼吸器系以外にも、いろいろな合併症(中耳炎、肝障害、発疹、無菌性髄膜炎、脳炎、貧血、関節炎など)を生じることもあります。
Q3 肺炎に進行すると治療は難しいですか?

前述したように、多くは、風邪のような咽頭炎や気管支炎の病態であり、5%~10%のみが肺炎に至ります。肺炎に至っても適切な抗菌薬で治療可能です。
また、インフルエンザなどのように「乳幼児や高齢者は重篤化しやすいが、体力のある成人はそうとはいえない」ともいえません。20〜40代の、一般的に感染症に強いといわれる年代でも、前述のように「数日のうちに肺が真っ白になり緊急入院、人工呼吸器装着」という事態に陥ることもあります。それは、これが免疫の過剰反応で起こっているので、ステロイド投与が必要になります。適切な抗菌薬とともに大量のステロイド点滴を3~5日継続することになります。あらゆる世代で、マイコプラズマに注意をしなければならないのです。
Q4 マイコプラズマの流行時期はいつになりますか?
一般的に、10月くらいから冬にかけて流行します。かつては四年周期で大流行を起こしたことから「オリンピック肺炎」という呼び名もありましたが、1992年からしばらくは4年周期の流行は消失しました。2011年~2012年の大流行、2015年~2016年の大流行は認められましたが、2020年は流行を認めませんでした。新型コロナ感染症の世界的流行、パンデミックとなったため、東京オリンピックが2020年から2021年に延期せざるをえなくなりました。日本だけでなく世界中で感染対策が徹底されました。コロナ禍でのマスク生活、徹底したアルコールによる手指消毒や手洗いの影響で、飛沫感染と接触感染を感染経路とするマイコプラズマの流行も生じませんでした。その後、8年ぶりに2024年夏から冬の大流行となりました。マイコプラズマの抗体を有する若者が減少したこと、アフターコロナによるインバウンドの増加で、世界的な交流が生じていることが大流行につながったと考えられます。
Q5 マイコプラズマの発見のために、見落としてはいけない症状はなんですか?
激しい咳です。風邪とは到底思えないほど激しく、人によっては、「会話もできない」「眠れない」と表現します。
咽頭痛、頭痛、倦怠感、発熱などの初期症状後、3~5日経過してから、喀痰を伴わない激しい咳がでてきた場合にはマイコプラズマを疑います。
Q6 咳喘息と似ているということでしたが、見分けられますか?

咳喘息は、マイコプラズマと同様に、「会話もできない」「眠れない」ほどの激しい咳を伴う疾患です。患者さん自身で見分けるのは難しく、医師にしても、問診だけでの見分けは容易ではありません。
マイコプラズマが疑われる場合、「抗原検査」という「迅速診断」を行う医療機関が多いと思います。咽頭から気管の入り口の細胞を取り、抗原を調べます。陽性と判断できれば間違いなくマイコプラズマ感染と診断できますが、感度は決して高くなく、25〜40%は陰性となることがあるので、注意しないといけません。最近では、医療機関によっては、遺伝子検査を導入しています。新型コロナウイルス感染症のPCR検査のように、鼻咽頭からの検体で遺伝子検査を行い、診断率を高めるよう努力しております。
一方で、咳喘息の診断には、肺機能検査、呼気中一酸化窒素濃度測定(FENO)、気道抵抗(モストグラフ)などの呼吸機能検査を行い、総合的に診断します。
マイコプラズマ感染後,気道過敏性亢進が数ヵ月 続き,一時的に気管支喘息に類似した症状を呈することがあります。マイコプラズマ感染契機に咳喘息を発症する患者もおりますので、激しい咳、長引く咳が続く患者には、両者の合併も検討する必要があります。
Q7 治療はどのようなものになりますか?
抗生物質(抗菌薬)を服用します。期間は7~10日間ほど。学校保健安全法で「第三種学校伝染病」に指定され、出席停止となりますが、出席停止期間は規定されていませんので、症状軽快後には登校可能です。患者様には、飛沫感染と接触感染で拡大するので、5~7日ほどは学校や会社を休んでくださいと、アドバイスしております。
マイコプラズマは感染してすぐに発症しません。だれもが発症するものでもありません。2〜3週間の潜伏期間を経て、発症します。
「潜伏期間のうちに検査を受けて、発症する前に治療を」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的に、発症してからの治療になります。抗生物質の頻繁な服用は耐性をできやすくするので、無闇に服用すべきではないからです。発症してからの治療で十分間に合います。
Q8 薬の種類は1種類ですか?
現在、3種類の抗生物質(抗菌薬)が使用可能です。第一選択薬のマクロライド系抗菌薬には耐性菌の問題もありますが、マクロライド系抗菌薬が無効で耐性が疑われても、テトラサイクリン系抗菌薬やニューキノロン系抗菌薬に変更することで治療出来ますので、問題ありません。
一方で、ペニシリン系、セフェム系という代表的な抗菌薬は無効です。ペニシリン系、セフェム系という抗菌薬は、細菌の細胞壁を壊して治療するのですが、マイコプラズマは細胞壁を有しないため、ペニシリン系およびセフェム系抗菌薬は無効なのです。
Q9 家族が感染した場合はどうすればいいですか?

感染した患者さんは、症状消失までは自宅待機です。家庭内でも家族内感染を防ぐためにマスクが必要です。インフルエンザや新型コロナウイルス感染症と同様の対策になります。
予防のための治療は必要ありません。繰り返しになりますが、発症し、マイコプラズマ感染と確定してからの治療で全く問題ありません。
先日私のところにいらした患者さんも、最初は旦那さんが「咳喘息の悪化かもしれない。風邪の咳と違う」と受診。検査の結果、マイコプラズマと判明しました。翌日、今度は奥様が「咳が出るので」と受診し、同じようにマイコプラズマと判明。お二人とも抗菌薬を服用され、肺炎に至らず、完治しました。
また、別の患者さんも、会社の同僚がマイコプラズマに感染し、ご本人も咳がひどいことから受診。やはり抗菌薬の服用で1週間で治療が終了しています。
重要なのは、激しい咳を放置しないこと。特に、周囲にマイコプラズマの感染者がいる場合が、自身もその感染を疑うこと。小児なら小児科受診、大人は内科または呼吸器内科受診を御検討頂ければ幸いです。