「歯ぐきから少し血が出るだけ」「歯がグラつくのは年齢のせい」と、歯周病のことを軽く考えていませんか?これらの症状は小さなサインに見られがちですが、実は全身の健康を脅かす可能性が指摘されています。
近年の研究では、歯周病菌が血液に乗って全身を巡り、心筋梗塞や脳梗塞、さらには糖尿病を悪化させることが示唆されています。(※1)
この記事では、歯周病がどのように全身に影響を及ぼすのか、その仕組みや代表的な全身疾患、予防のポイントをわかりやすく解説します。歯と全身のつながりを正しく理解して、健康的な生活を送りましょう。
歯周病が全身疾患を引き起こす3つのメカニズム
歯周病を放置すると、口の中で増殖した細菌や、それらが作り出す炎症物質が全身に広がります。歯周病が全身疾患を引き起こすなメカニズムは、大きく分けて以下の3つです。
- 歯周病菌が血流を介して全身に広がる
- 炎症性物質が全身に広がって慢性炎症を引き起こす
- 誤嚥による肺への感染リスク(誤嚥性肺炎)
歯周病菌が血流を介して全身に広がる
歯周病菌は血流に乗って全身に広がり、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞など命に関わる病気のリスクを高めます。その背景には、歯周病によって血管内に菌が侵入しやすくなる以下のようなメカニズムがあります。
- 歯周ポケット(歯と歯ぐきのすき間)から菌が炎症で傷ついた血管内に侵入する
- 菌が血液に乗って全身の臓器へ移動する
- 移動した先の血管の内壁で炎症を起こし、動脈硬化を促進させる
- 血栓ができやすく、血管が詰まりやすくなる
このように血液に菌が侵入している状態を「菌血症」と呼びますが、主に歯周病原性の代表菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(P. gingivalis)が関与しています。普段の歯磨きによる物理的刺激でも菌が侵入してしまうことがあるため、決して無視できないリスクです。
炎症性物質が全身に慢性炎症を引き起こす
歯周病による炎症性物質も血流を通じて全身に広がり、糖尿病や動脈硬化などの病気を悪化させる「慢性炎症」の原因になります。その仕組みとして、以下のような影響が知られています。
- 歯周ポケット内に磨き残しがあると、免疫細胞(好中球など)が「危険がある」と判断して活性化する
- 活性化された免疫細胞から炎症性サイトカイン(TNF-α・IL-1βなど)が産生され、感染・異物を排除するための炎症反応が誘導される
- サイトカインが血流に乗って全身に拡散する
- インスリンの働きを妨げ血糖値が上がる
- 血管の炎症が動脈硬化を進行させる
さらに、歯周病菌の死骸に含まれるLPS(リポ多糖)も血中で免疫を刺激し、慢性炎症を助長します。歯周病は口の中だけの問題にとどまらず、全身の病気を引き起こす要因になります。
誤嚥による肺への感染リスク
「誤嚥(ごえん)」とは、食べ物や飲み物、唾液などが誤って食道ではなく気管に入ってしまうことです。歯周病菌を含んでいる唾液が肺に届くことで、細菌性の肺炎が引き起こされ、重症化するケースもあります。
特に高齢者は、飲み込む力(嚥下機能)や咳をする力が低下し、気管に入った異物を排出できずに炎症へとつながります。食事中によくむせる、寝たきり、口腔ケアが十分にできていないなどの状態は感染リスクを高めます。
歯周病の関連が指摘されている5つの全身疾患
歯周病菌や、歯ぐきの炎症によって生み出される物質が血液に乗り、全身を巡ります。ここでは歯周病との関連が指摘されている全身疾患5つを解説します。
①糖尿病
②心筋梗塞・脳梗塞
③妊娠合併症
④誤嚥性肺炎
⑤関節リウマチ・骨粗鬆症
①糖尿病
歯周病と糖尿病は、相互に影響を及ぼす病気とされています。以下の表のように、一方の悪化がもう一方を進行させる悪循環が発生します。
影響の方向 | メカニズム |
歯周病→糖尿病 | 歯周病による慢性炎症で炎症性サイトカイン(TNF-αなど)が放出されて、インスリンの働きを妨げ、血糖コントロールを困難にする。 |
糖尿病→歯周病 | 高血糖で免疫機能と修復力が低下し、感染・炎症が長引きやすくなるまた、血糖が高いと、タンパク質や脂質が糖化されて AGEs(終末糖化産物) が蓄積する。AGEsは血管の内側や歯茎に結合し、炎症性サイトカインの産生を促進して歯ぐきの炎症が強まる。 |
糖尿病の治療を受けている方は、血糖値だけでなく口腔ケアにも注意が必要です。
②心筋梗塞・脳梗塞
命に関わる心筋梗塞や脳梗塞は、血管が硬くなる「動脈硬化」が主な原因です。動脈硬化は以下のような流れで進行していきます。
- 血管壁への刺激:歯周病菌やその毒素(LPS)が血管の壁を傷つけ、炎症が生じる
- アテローム(粥腫)の形成:傷ついた部分にコレステロールなどがたまり、コブのような塊(プラーク)ができる
- 血管が狭くなる:プラークが大きくなることで血管の内側が狭くなり、血流が悪くなる
- 血栓(血の塊)の形成:プラークが破れると、修復しようとして血の塊(血栓)ができる
血栓が心臓の血管を塞げば心筋梗塞、脳の血管を塞げば脳梗塞の発症につながります。歯周病の治療を行うことで、動脈硬化のリスクを下げられる可能性があると報告されています。(※1)
③妊娠合併症
妊娠中の歯周病は、母体だけでなく胎児にも影響を及ぼす可能性があります。女性ホルモンの変化により歯周病菌が増殖し、「妊娠性歯肉炎」を発症しやすくなります。
歯周病の母親から、早産や低体重児(出生体重2,500g未満)が生まれるリスクは、健康な歯茎の母親に比べて数倍高いという報告があります。(※2)
歯周病による炎症物質(プロスタグランジンなど)が血流を通じて子宮に届くと、出産予定日より早く子宮収縮を引き起こし、早産のリスクが高まります。妊娠中は歯の定期検診を受け、口の中を清潔に保つことが、赤ちゃんの健康を守るためにも大切です。
④誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎は、誤って気管に入った食べ物や唾液に含まれる細菌が肺で炎症を起こす病気です。高齢者の肺炎の主要な原因の一つとされています。特に歯周病菌を多く含む唾液は、感染源になりやすく、以下のような方は、誤嚥性肺炎のリスクがあります。
- 食事中によくむせる
- 飲み込む力が低下している
- 脳梗塞などの後遺症がある
- 長期間寝たきりで過ごしている
- 自力での丁寧な歯磨きが難しい
睡眠中など、本人も気づかないうちに少量の唾液が気管に流れ込み、誤嚥している「不顕性誤嚥」も問題です。誤嚥そのものを完全に防ぐのは難しくても、歯磨きや歯間ブラシ・デンタルフロスの使用により口の中の細菌を減らすことで感染リスクの軽減は可能です。
⑤関節リウマチ・骨粗鬆症
歯周病による慢性的な炎症は、関節や骨の病気にも影響を及ぼす可能性があります。関節リウマチは、免疫の異常によって関節に炎症が起こり、痛みや腫れ、変形を引き起こす病気です。歯周病菌が自己抗体の産生を誘導するとの研究もあります。
骨粗鬆症は、骨の密度が低下してもろくなる病気です。歯周病の炎症が原因で、骨を壊す細胞が活性化され、体全体の骨のバランスが崩れることがあると考えられています。
歯周病を予防して全身の健康を守る4つのポイント
お口の健康を守ることは、将来の深刻な病気のリスクを減らし、全身の健康維持に直結します。今日から実践できる歯周病予防として、以下のポイントを4つ解説します。
①歯を正しく磨く
②定期検診を受ける
③バランスの良い栄養素を摂取する
④主治医と情報を共有する
①歯を正しく磨く
歯周病予防の基本は、原因となる歯垢を毎日の歯磨きで丁寧に取り除くことです。歯垢は細菌の塊であり、放置することが歯ぐきの炎症を引き起こす直接的な原因となります。
毎日のセルフケアでは、以下の点を意識してみてください。
- 歯と歯ぐきの境目に45度でブラシを当てる
- 軽い力で小刻みに動かす(強く磨かない)
- 奥歯や歯の裏など磨き残しやすい場所を意識する
- 歯間ブラシやデンタルフロスを毎日必ず併用する
毎日正しく歯を磨くことが、歯周病から歯と全身を守るための基本です。
②定期検診を受ける
歯周病を予防・早期発見するには、定期的な歯科検診が不可欠です。セルフケアだけでは落としきれない汚れが残り、気づかぬうちに歯周病が進行していることもあります。
特に歯垢が石灰化してできる歯石は、表面がザラついており、さらに汚れが付着しやすくなる悪循環を生み出します。これを防ぐために、歯科衛生士が専門的な器具を使って、以下のような処置を行ってくれます。
- 歯や歯ぐき、歯周ポケットの状態をチェックする
- 専用器具で歯石を除去する(スケーリング)
- PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)でバイオフィルムを除去し、歯の表面を滑らかに仕上げる
これらを3〜6か月ごとに受けることで、磨き残しを防ぎ、歯周病の進行を早い段階で食い止めることができます。
③バランスの良い栄養素を摂取する
歯や歯ぐきの健康を守るには、日々の歯磨きだけでなく、栄養による内側からの予防も重要です。特に歯周組織を健やかに保つために役立つ栄養素を、日常の食事で取り入れることが大切です。
以下の表では、歯周病予防に関わる主な栄養素と食品をまとめています。
栄養素 | 主な働き | 多く含まれる食品 |
ビタミンC | 歯ぐきのコラーゲン生成を助け、組織を丈夫にする | 赤ピーマン、パプリカ、キウイ、ブロッコリーなど |
ビタミンD | 骨の形成を助け、歯槽骨を強化 | 鮭、きのこ類、卵など |
カルシウム | 歯や顎の骨の主成分。骨の健康に不可欠 | 牛乳、ヨーグルト、小魚、豆腐など |
タンパク質 | 歯ぐきなどの組織をつくる材料 | 肉、魚、大豆製品、卵など |
まずは栄養バランスを意識し、糖分の多い間食は控えるなど、健康的な食生活を心がけましょう。
④主治医と情報を共有する
歯周病は、糖尿病や心疾患など全身の病気と深く関わるため、お口の健康管理と切り離さずに考えましょう。
例えば、糖尿病は、歯周病の進行と血糖コントロールに相互の影響を及ぼすため、双方の治療状況を把握しておくことが重要です。心臓病などで血液をサラサラにする薬を服用中の場合は、歯科治療時の出血リスクが高まるため、事前の情報提供が大切です。
お薬手帳・血液検査結果表の持参や問診票の正確な記入、主治医への報告も忘れずに行いましょう。
まとめ
お口の健康は、全身の健康と密接に関わっています。歯周病は糖尿病や心疾患、誤嚥性肺炎など、命に関わる病気のリスクを高める傾向があります。しかし、歯周病は予防できる病気です。
毎日の正しい歯磨きや歯間部のケアに加え、歯科医院での定期検診によって、進行を食い止めることができます。バランスの良い食事や、持病のある方は主治医との情報共有も大切です。
将来の健康を守るためにも、定期的に歯科医院でのチェックを受けましょう。
参考文献
- Foroughi M, Torabinejad M, Angelov N, Ojcius DM, Parang K, Ravnan M, Lam J. Bridging oral and systemic health: exploring pathogenesis, biomarkers, and diagnostic innovations in periodontal disease. Infection, 2025
- Khader YS, Ta’ani Q.Periodontal diseases and the risk of preterm birth and low birth weight: a meta-analysis.J Periodontol,2005,76,2,p.161-165.