「夜、対向車のライトが眩しくにじむ」「パソコン作業ですぐに目が疲れてしまう」こうした症状は、乱視が原因かもしれません。メガネやコンタクトレンズで対処しているものの、根本的な解決にはならず、不便さを感じている方も多いのではないでしょうか。
今回紹介する視力矯正手術「ICL(眼内コンタクトレンズ)」であれば、近視だけでなく乱視も同時に矯正できる可能性があります。この記事では、ICLで乱視が治る詳しい仕組みから、メリット・デメリット、手術の流れや費用までを解説します。
目次
ICLとは
ICL(眼内コンタクトレンズ)は、目の中に小さなレンズを入れて視力を矯正する治療法です。
角膜を削らずに視力を補正できるため、目への負担が少なく、将来的にレンズを取り出すこともできます。
手術では、まず点眼麻酔を行って痛みを感じないようにします。その後、角膜の端におよそ3ミリの小さな切り口をつくり、折りたたんだレンズをその部分から挿入します。
レンズは、虹彩(瞳孔を囲む膜の部分)と水晶体のあいだに配置され、目の中で自然に広がって安定します。
手術にかかる時間は片目で10〜15分ほどで、日帰りで受けられます。近視・遠視のみならず、乱視にも対応できるのが特徴です。
ある研究では、ICLは他の手術に比べ、色の濃淡や輪郭をはっきり認識する能力に優れていたと報告されており、質の高いクリアな視界が期待できます。(※1)
乱視とは
乱視とは、目に入ってきた光が網膜上の一点に正しく集まらず、ピントがずれてしまう状態です。
私たちの目は、カメラのレンズに相当する「角膜(黒目の表面)」と「水晶体」を通して物を見ています。これらがきれいな球形であれば、光は正しく屈折しピントが合います。しかし、この球形が歪んでいると、光が入る方向によって屈折する力が変わりピントがずれてしまいます。
この「歪み方」の違いによって、乱視は正乱視と不正乱視のの2種類に分けられます。
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
正乱視
正乱視では、角膜や水晶体が特定の方向にだけ規則的に歪んでいます。歪みが強い方向と弱い方向が、直角になっているのが特徴です。
このように歪みに「規則性」があることで、光の進路を予測しやすく、適切なレンズで補正できる可能性が高いです。ほとんどの人の乱視は、この正乱視に分類され、眼鏡やコンタクトレンズなどで矯正できます。
不正乱視
不正乱視は、角膜の表面に規則性がなく、歪んでいる状態です。正乱視のようなはっきりとした歪みの方向(軸)がなく、目に入ってきた光はさまざまな方向に屈折します。その結果、どこにもピントが合わない、複雑な見え方になります。
不正乱視の主な原因は以下の通りです。
- 角膜の病気
- 目の怪我
- 目の手術後
角膜の表面に規則性がないため、通常の眼鏡やソフトコンタクトレンズでは視力矯正が困難です。
ICLは角膜の内側にレンズを入れて視力を矯正する治療ですが、角膜表面の不規則な歪み自体を治すことはできません。
そのため、不正乱視の場合は、ICL手術の適応とならない可能性があります。ご自身の乱視の原因や種類を正確に把握するためには、眼科専門医による精密な検査と診断が必要です。
ICLで乱視を矯正できる仕組み
ICLでは、乱視を矯正するために特別に設計された「トーリックICL」という眼内レンズを用いることで、近視や遠視と同時に乱視も治療することが可能です。
ここでは、ICLがどのような仕組みで乱視を矯正するのか、その中心的な役割を担うトーリックICLについて詳しく解説します。
トーリックICLとは
トーリックICLとは、近視や遠視だけでなく、乱視も同時に矯正する機能を持つ特殊な眼内レンズです。
トーリックICLは、乱視により生じた角膜の歪みを打ち消すように、レンズ自体が反対方向のカーブを持っています。歪んだ鏡の前に、その歪みを補正するレンズを置くようなイメージです。これにより、目の中に入ってきた光が正しく屈折し、網膜上で一点に焦点を結ぶようになります。
このレンズの効果を引き出すには、手術時にレンズを正しい角度で固定することが重要です。乱視には歪みの方向があり、レンズをこの軸に合わせなければ、期待した矯正効果は得られません。
通常のICLとの違い
トーリックICLと、乱視矯正機能のない通常のICL(球面レンズ)との最も大きな違いは、「矯正できる視力の種類」です。それぞれのレンズの特徴は以下の通りです。
| 項目 | 通常のICL(球面レンズ) | トーリックICL(乱視用レンズ) |
| 主な矯正対象 | 近視・遠視 | 近視・遠視+乱視 |
| レンズの形状 | どの方向から見ても均一なカーブ | 特定の方向に異なるカーブを持つ(非対称) |
| 手術でのポイント | 正しい位置への挿入 | 正しい位置かつ正しい角度への固定が必須 |
トーリックICLは、乱視の方向や強さまで考慮して設計するため、通常のICLよりも精密な準備が必要です。
患者さんごとの近視度数・乱視度数・角度などを詳しく測定し、その結果をもとに最適なレンズを選定します。
適応となる乱視の度数
ICLで矯正できる乱視の度数は、軽度〜中等度の「正乱視」が一般的な適応となります。
適応範囲の目安としては、4.0D(レンズが光を曲げる力を示す単位)程度までとなっています。
多くのクリニックでは、この範囲内の乱視をICL手術の適応としています。ただし、この数値はあくまで一般的な目安であり、使用するレンズの種類やクリニックの方針によって異なる場合があります。
一方で、強度乱視や不正乱視などのケースではICLが適応となりにくいことがあります。
トーリックICLは、あくまで規則的な歪みを補正するように設計されています。そのため、歪みが強すぎる、あるいは不正乱視である場合、レンズの補正能力を超えてしまい、十分な効果が得られません。
乱視がICLで矯正できるかどうかは、手術前の検査で詳しく調べて判断します。まずは専門のクリニックで、自分の目の状態をしっかり確認してもらうことが大切です。
ICL乱視矯正のメリット・デメリット
ICLによる乱視矯正には、優れた点がたくさんありますが、注意すべき点も存在します。治療を受けるかどうかを決めるためには、メリットとデメリットの両方を正しく理解することが大切です。メリット・デメリットについて詳しく見ていきましょう。
メリット
ICLで乱視を矯正する最大のメリットは、角膜の形状を変えずに、質の高いクリアな見え方が期待できる点です。
またICLは角膜を削らずにレンズを目の中に挿入するため、光のズレ(収差)が起こりにくいとされています。そのため、より鮮明でクリアな視界になります。
さらにはレーシックとは異なり、角膜の組織を一切削らないため、幅広い適応、可逆性(元に戻せること)があること、将来の選択肢が広がることなどもメリットです。
体への負担軽減と利便性の面においても、ドライアイのリスクが低い、紫外線からの保護などの点で優れています。
デメリット
レンズは乱視の角度に合わせて固定されますが、ごくまれに位置がズレることがデメリットです。もしレンズが大きく回転してしまうと、乱視の矯正効果が弱まるため、レンズの位置を直すための追加の手術が必要になる場合があります。
また手術に伴う一般的な合併症には、以下があげられます。
| 合併症 | 症状 |
| ハロー・グレア | 夜間に街灯や車のライトがにじんだり、まぶしく見えたりする症状 |
| 眼圧の上昇 | 術後の炎症などにより、一時的に眼圧が上がる可能性がある |
| 感染症 | 可能性は低いが手術である以上、感染症のリスクはある |
ICL手術は保険が使えない自由診療にあたるため、費用は一般的に高くなります。
両目でおよそ40〜80万円ほどかかることが多く、レンズの種類や乱視の有無によって金額に差があります。気になる方は、手術を受ける前にクリニックで費用の詳細をしっかり確認しておくと良いでしょう。
ICL乱視矯正の手術を受ける注意点
ここでは、ICL乱視矯正の手術を受ける際の注意点を解説します。
- 術後にレンズが回転することがある
- 正確な乱視測定が欠かせない
- コンタクトレンズ装着を控える期間が必要
- 強い乱視では矯正に限界がある
術後にレンズが回転することがある
トーリックICLは、手術後にレンズが目の中で回転(回旋)してしまう可能性があります。
レンズの位置がずれてしまうと、期待した視力が得られなかったり、視界がぼやけたりする原因となります。レンズの回転は、特に手術後1ヶ月以内など、レンズの位置が完全に安定する前に起こりやすいとされています。
レンズが回転する主な原因は、レンズサイズが合っていないことや物理的な衝撃です。
万が一、レンズが大きく回転してしまった場合は、再度レンズを正しい角度に調整するための追加手術が必要になることがあります。
レンズが安定するまでは以下の点に注意してください。
- 目を強くこすったり、押さえたりしない
- うつ伏せで眠るのを避ける
- 激しい運動や目に衝撃が加わる活動は、医師の許可が出るまで控える
- 処方された点眼薬を指示通りに使用する
- 就寝時は保護メガネを適切に使用する
ほとんどの場合、レンズは時間とともに安定しますが、術後に急に見え方が悪くなったと感じた場合は、すぐにクリニックへご相談ください。
正確な乱視測定が欠かせない
トーリックICLでは、乱視の強さ(度数)と方向(軸)に合わせ、ミリ単位、角度は1度単位で正確にレンズを設置する必要があります。
そのため、術前の検査で正確なデータを測定できるかが、手術後の見え方の質を大きく左右します。手術の適応があるかどうかを判定するためにも、術前の徹底的な検査が重要です。
コンタクトレンズ装着を控える期間が必要
コンタクトレンズは、角膜の表面の形状に影響を与えることがあります。そのため、正確な乱視測定を行うためには、術前の一定期間、コンタクトレンズの装着を中止しなければなりません。
角膜が本来の形状に戻るまでの期間は、お使いのコンタクトレンズの種類によって異なります。一般的に推奨される装着中止期間の目安は以下の通りです。
| コンタクトレンズの種類 | 検査前に装着を控える期間の目安 |
| ソフトコンタクトレンズ | 検査の1週間前〜 |
| ハードコンタクトレンズ | 検査の2週間前〜 |
この期間は執刀する医師の考え方によって施設ごとに異なります。この期間中はメガネで生活していただくことになりますので、お仕事や生活のスケジュールを考慮し、あらかじめ計画を立てておくことが大切です。
強い乱視では矯正に限界がある
ICLは幅広い度数の近視や乱視に対応できますが、矯正できる乱視の強さには限界があります。一般的に、ICLで対応可能な乱視の度数は、約4.0D(ディオプター)程度までとされています。
これを超える強い乱視の場合、ICLのレンズ設計では完全な矯正が難しく、手術後もある程度の乱視が残ってしまう可能性があります。
またICLで矯正できるのは、主に「正乱視」です。不正乱視の場合は、光の屈折が不規則なため、レンズで均一に補正することが原理的に難しく、ICLの適応外となることがほとんどです。
ご自身の乱視がICL手術の適応となるかどうかは、手術前の精密な検査で総合的に判断します。まずは専門のクリニックでご自身の目の状態を正確に把握し、最適な治療法について医師とよく相談することが重要です。
ICL乱視矯正の流れ
ICLで乱視を矯正する流れに関して、手術前の検査から、手術当日、術後の過ごし方までを順を追って解説します。
事前検査
ICLによる乱視矯正を安全に行うためには、手術前の検査が重要です。人それぞれに合った最適な乱視用のトーリックICLレンズの種類や度数を決定します。
主な検査内容は以下の通りです。
- 視力・屈折検査
- 眼圧検査
- 角膜形状解析
- 角膜内皮細胞検査
- 前房深度測定
検査後には、医師が結果をもとに手術の適応や期待できる効果、考えられるリスクなどを丁寧に説明します。不安な点や疑問点は、この機会に遠慮なくご質問ください。
手術当日
ICL乱視矯正手術は、日帰りで行うことができ、手術時間も両眼で20〜30分程度と比較的短時間で終わります。手術中は痛みに対する不安があるかもしれませんが、点眼による局所麻酔を行うため、強い痛みを感じることはほとんどありません。
術後は院内で1~2時間ほどお休みいただき、眼圧などに異常がないか医師が確認します。問題がなければ、そのまま帰宅できます。
術後の経過
多くの場合、手術直後から視界がクリアになるなど、見え方の改善を実感できます。ただし、個人差もあり、人によっては視力の回復に数週間〜数か月かかることもあります。
手術後の過ごし方によって、回復のスピードや見え方が変わることがあります。医師の指示を守って丁寧にケアすることが大切です。
術後の定期検診
レンズの位置がずれていないか、眼圧に問題はないかなどを確認するため、定期的な検診が必要です。
| 検診時期の目安 | 主な確認項目 |
| 手術翌日 | 目の状態、レンズの位置、感染の有無 |
| 1週間後 | 視力、眼圧、傷口の回復状態 |
| 1か月後 | 視力の安定度、レンズの位置 |
| 3か月後以降 | 定期的な目の健康状態のチェック |
レンズが目の中で安定するまでの約1か月間は、特に以下の点にご注意ください。
- 目を強くこすらない
- 目のケガなどから目を保護する
- 運動の制限
- メイク
- 点眼薬の使用
ICL乱視矯正の費用相場
ICLによる乱視矯正手術は、公的医療保険が適用されない自由診療です。そのため、手術や検査にかかる費用は、全額が自己負担となります。
乱視を矯正する場合の費用相場は、両眼でおおよそ40~80万円です。
一般的に、提示される費用には以下の項目が含まれています。
- 術前の精密検査費用
- 乱視矯正用レンズ(トーリックICL)代
- 手術費用
- 手術後の定期検診費用
- 手術後に処方される薬代
ただし、術後の検診がいつまで費用に含まれるかなど、詳細はクリニックによって異なります。ご自身のケースで総額がいくらになるのか、必ず事前に確認しましょう。
また高額な費用の負担を軽くするために、以下のような制度が利用できる場合があります。
- 医療費控除
- 生命保険の手術給付金
- 医療ローン
費用に関する不安や疑問は、カウンセリングの際に相談することが大事です。
まとめ
ICLでは、トーリックICLという特殊なレンズを用いることで、近視や遠視だけでなく、乱視も同時に矯正できます。角膜を削らないため安全性が高く、質の高いクリアな見え方が期待できます。
一方で、レンズが回転するリスクや、すべての乱視に対応できるわけではないといった注意点もあります。ご自身の目がICLに適しているかどうかを知るためには、専門家による精密な検査が必要です。
メガネやコンタクトレンズのない快適な生活に向けて、まずは専門のクリニックでカウンセリングを受け、不安な点を相談してみてはいかがでしょうか。
参考文献
- Sinha R, Daga J, Sahay P, Gupta V, Agarwal T, Sharma N, Maharana PK, Khokhar SK and Titiyal JS. “Visual outcomes with implantable Collamer lens versus small incision lenticule extraction in moderate-high myopia: A pilot study.” Indian journal of ophthalmology 73, no. 1 (2025): 115-121.
- 日本眼科学会屈折矯正委員会「屈折矯正手術のガイドライン(第 8 版)」
