歯を失って、「インプラントと入れ歯、どちらを選べば良いのだろう?」と悩んでいませんか。費用や見た目、噛み心地やお手入れのしやすさなど、それぞれに良い点と注意点があり、迷ってしまうのも無理はありません。
この記事では、インプラントと入れ歯の構造や治療方法、費用やメインテナンスの違いなどをわかりやすく解説します。メリット・デメリットも解説しているので、選択の基準を整理しながら、自分の生活スタイルや価値観に合う治療を選ぶヒントにしましょう。
目次
インプラントと入れ歯の違い
インプラントと入れ歯の大きな違いは、顎の骨に固定するかどうかです。固定式のインプラントは自然な噛み心地を得やすく、入れ歯は取り外しができる点が特徴です。両者の構造や装着時の感覚、治療の進め方には明確な違いがあります。
以下の3つの項目に分けて解説します。
- 構造・仕組み
- 違和感や痛み
- 治療方法
構造・仕組み
インプラントと入れ歯の大きな違いは、人工の歯をどのように支えるかという「土台の構造」にあります。
インプラントは、人工の歯根を顎の骨に直接固定して歯を支えるため、しっかり噛めて、自分の歯に近い感覚を得られるのが特長です。入れ歯は、歯ぐきや残っている歯を支えにして装着する仕組みのため、どうしても動きやすく、支える力が弱くなる傾向があります。
構造の違いを整理すると次のとおりです。
- インプラント:チタン製の人工歯根を骨に埋め込み、骨と結合して歯を固定する
- 入れ歯:歯ぐきの粘膜や残存歯に力を分散させ、取り外し可能な装置として支える
近年では、入れ歯の素材も進化しており、高性能ポリマー「PEEK」などを使用したタイプは、金属を使わず自然な見た目と軽さを実現しています。インプラントは「骨で支える治療」、入れ歯は「歯ぐきや隣の歯で支える治療」として、構造そのものに大きな違いがあります。
違和感や痛み
入れ歯よりインプラントのほうが違和感が少なく、装着後の安定性に優れている治療法です。顎の骨に人工歯根を直接固定するため、食事や会話の際に装置が動くことがほとんどなく、自分の歯に近い感覚で噛むことができます。
入れ歯は歯ぐきの粘膜の上に乗せて支える構造のため、話すときや食事中にズレやガタつきを感じることがあります。装着直後は歯ぐきや口内に圧迫感が出る場合もあり、慣れるまでに一定の時間が必要です。
インプラントは手術のあとに一時的な痛みや腫れが出ることはありますが、落ち着けば普段の違和感はほとんどありません。どちらを選ぶかは、手術への抵抗感よりも、日常生活での快適さをどれだけ重視するかが大きな判断基準となります。
治療方法
治療の進め方の違いは、インプラントが「外科手術を伴う長期間の治療」に対し、入れ歯は「手術が不要な短期間の治療」という点です。
インプラントは、人工歯根を顎の骨に埋め込むため、3〜6か月程度の治癒期間が必要です。(※1)入れ歯は歯ぐきの型取りから装置の作製が主な治療になるため、期間が短くなります。
それぞれの治療の主な流れと期間の目安は、以下のとおりです。
インプラント治療の流れ
-
精密検査・治療計画
CT撮影などを行い、安全に配慮した無理のない手術計画を立案します。
-
インプラント埋入手術
局所麻酔を行い、顎の骨にインプラント体(人工歯根)を埋め込みます。
-
治癒期間
骨とインプラントが強固に結合するまで、約3~6か月ほど待機期間を設けます。
-
人工歯の装着
精密な型取りを行い作成した人工の歯(上部構造)を取り付けて完了です。
入れ歯治療の流れ
-
カウンセリング・型取り
お悩みをお伺いし、お口に合う入れ歯を作るための精密な型取りを行います。
-
噛み合わせの確認
ワックスで作った土台を使用し、高さや噛み合わせの位置を入念に確認します。
-
試着・調整
完成前の仮の入れ歯を試着し、適合性や見た目を確認・微調整します。
-
完成・最終調整
完成した入れ歯を装着いただき、実際に噛んで痛みの有無などを最終調整します。
※治療期間や回数は目安であり、患者様の口腔内状況により異なります。
早く噛めるようにしたいのか、それとも時間をかけてでも安定した結果を目指すのか、どちらを優先するかが治療法を選ぶポイントです。
インプラントの費用が入れ歯の約20倍かかる理由
インプラントの費用の約20〜30万円に対して、入れ歯は約5,000〜15,000円かかります。インプラントは入れ歯の約20倍も費用がかかります。
インプラントの費用が高額になる理由は以下の3つです。
- インプラントは保険が適用されない
- 設備・検査に費用がかかる
- メンテナンスが異なる
インプラントは保険が適用されない
インプラント治療は、医療保険が適用されない「自由診療」に分類されるため費用はすべて自己負担となります。
日本の保険診療では、病気の治療や最低限の機能回復を目的とした治療のみが対象です。インプラントは機能回復に加えて、見た目の美しさや快適性など、生活の質の向上を追求する治療です。こうした目的の違いから、インプラントは保険の対象外になります。
顎の骨と結合する性質を持つチタンや高性能な樹脂素材など、特殊な材料や技術を用いる点も、保険診療の枠に含まれない理由の一つです。
費用は医療機関ごとに異なりますが、国による価格の上限が定められていないため、保険の入れ歯と比べると高額になりやすい傾向があります。
設備・検査に費用がかかる
インプラント治療が高額になる大きな理由の一つに、安全な手術を行うための設備や検査体制の整備があります。
入れ歯のように型取りだけで作製できる治療とは異なり、インプラントは外科手術を伴うため、失敗や感染を防ぐ高度な環境が欠かせません。手術前には歯科用CTで骨の厚みや神経・血管の位置を三次元的に確認し、最適な埋入位置を正確に把握します。
手術器具は専用の滅菌機でしっかり消毒され、感染を防ぐ環境が整っています。
これらの設備や検査は、患者さんが安全に治療を受けるための準備であり、その分のコストが治療費に含まれています。インプラントの費用には「安全性を確保するための環境づくり」にかかる費用が含まれているのです。
メインテナンスが異なる
インプラントは「問題が起きないように予防する」ことを重視するのに対し、入れ歯は「合わなくなったら調整・作り替える」というメインテナンスです。
インプラントのメインテナンスを怠ると、ケアを怠ると、歯ぐきに炎症が起きるリスクが高まります。(※2)入れ歯は、顎の骨が痩せることで徐々に合わなくなってくるため、定期的な調整や作り替えが必要です。
詳しい両者のメインテナンス方法を以下の表にまとめています。
| インプラント | 入れ歯 | |
|---|---|---|
| 定期検診 |
3か月〜半年に1回(※3) |
3か月に1回程度(※4) |
| 主なケア |
|
|
| 長期的な課題 |
インプラント周囲炎の予防 日々のケアを怠ると、歯周病に似た炎症が起きるリスクがあります。 |
|
インプラントは虫歯にはなりませんが、専門のクリーニングを怠ると骨が溶けて抜け落ちるリスクがあります。入れ歯は、数年ごとに作り替える費用が継続的に発生する可能性があるのです。
どちらを選ぶかは、将来のメインテナンスの手間や費用をどう考えるかによって変わってきます。
インプラントと入れ歯のメリット・デメリット
インプラントと入れ歯では、それぞれの良い点と理解しておくべき注意点があります。
治療前に、インプラントと入れ歯のメリット・デメリットを理解し、最適な治療法を考えるための参考にしてください。
インプラント
インプラント治療には、以下のようなメリットとデメリットがあります。
- しっかり噛める 硬い物でも気にせず、食事を楽しめるようになります。
- 見た目が自然 口元を気にせず、自信を持って会話したり笑ったりできます。
- 健康な歯を守れる ブリッジのように隣の歯を削ったり、入れ歯のバネをかけたりしません。
- 違和感が少ない 固定式のため異物感が少なく、発音もスムーズになります。
- 費用が高額 健康保険が適用されない自由診療のため、自己負担額が大きくなります。
- 外科手術が必要 体の状態(持病や骨の量など)によっては、手術が適さない場合もあります。
- 治療期間が長い 骨とインプラントが結合するのを待つため、完了まで数か月かかります。
- メンテナンスが必須 インプラント周囲炎を防ぐため、ご自宅でのケアと定期検診が欠かせません。
インプラントを検討する際は、見た目や噛みやすさだけでなく、費用や期間、将来のケアまで含めて総合的に判断することが大切です。
入れ歯
入れ歯は古くからある治療法で、以下のようなメリットとデメリットがあります。
- 費用を抑えられる 保険適用の素材であれば、インプラント等に比べ経済的負担が軽くなります。
- 手術が不要 外科手術を行わないため、持病がある方や手術に抵抗がある方も安心して治療できます。
- 治療期間が短い 型取りから完成までの工程が少なく、比較的早く歯の機能を回復できます。
- ほとんどの症例に対応 失った歯の本数や場所を問わず、様々なケースで作製が可能です。
- 噛む力が弱くなる 天然の歯に比べると噛む力が弱くなるため、硬いお肉や煎餅などが食べにくくなることがあります。
- 慣れが必要 使い始めは口の中に異物感があったり、発音のしにくさを感じたりしやすい傾向があります。
- ズレや痛み 食事中に動いて歯ぐきに当たったり、間に物が挟まって痛むことがあります。
- 調整・作り替えが必要 時間の経過とともに顎の骨が痩せて合わなくなるため、数年ごとの見直し(調整や作り替え)が必要です。
入れ歯は手軽に始められる一方、快適に使うには丁寧な調整と日常的なメインテナンスが重要です。
インプラントか入れ歯のどちらを選ぶべきか
インプラントと入れ歯、それぞれの特徴を知ると「どちらが合っているのだろう?」と悩む方も多いでしょう。大切なのは、ご自身の生活スタイルや価値観に照らし合わせて「何を最も優先したいか」を明確にすることです。
ここでは、それぞれの選択をおすすめできるケースを紹介します。
費用重視なら入れ歯
治療費を抑えたい、手術を避けたいという方は入れ歯が適しています。保険が適用される入れ歯を選べば、経済的な負担を軽減しながら失った歯の機能を補うことができます。
装着初期には違和感を感じる場合がありますが、慣れることで日常生活にも支障なく使えるようになります。入れ歯には、以下のような保険適用外のタイプもあり、快適さや見た目を重視する方におすすめです。
- 金属床義歯:薄い金属で違和感が少なく、食べ物の温度も感じやすい
- ノンクラスプデンチャー:金属のバネがなく、見た目が自然で目立ちにくい
入れ歯は費用を抑えつつ短期間で機能回復ができる治療法です。まずは希望の予算や使用感を歯科医に伝え、最適なタイプを相談することが大切です。
歯の健康・見た目を重視ならインプラント
食事の快適さや見た目の美しさ、将来の歯の健康を重視したい方には、インプラントがおすすめです。顎の骨に直接固定するため、ぐらつくことがなく、自分の歯に近い感覚でしっかり噛むことができます。
隣の歯を削ったりバネをかけたりしないため、残っている歯への負担が少ないのも特徴です。
近年では技術も進歩しており、骨の量が少ない方向けの「ミニインプラント」や、入れ歯と組み合わせて安定性を高める「インプラントオーバーデンチャー」などの選択肢も増えています。
長期的な口の健康を守りたい方や、快適さと見た目の両立を求める方には、インプラントが適した治療法といえるでしょう。
インプラント治療を受けられないケース
インプラントは残念ながら誰もが受けられるわけではありません。安全に治療を進めるためには、体や口の状態が整っている必要があります。
インプラント治療が難しいとされる代表的なケースは以下のとおりです。
インプラント治療が難しいとされるケース
-
重度の全身疾患がある場合
コントロールされていない糖尿病や重度の心臓病など、外科手術に伴うリスクが高い状態です。
-
歯周病が進行している場合
インプラントを支える土台が不安定であり、感染リスク(インプラント周囲炎)が高まるためです。
-
顎の骨が極端に少ない場合
インプラント体を埋め込み、固定するための骨の厚みや高さが不足している状態です。
※ただし、事前の治療や骨を増やす処置(GBR等)を行うことで、治療可能になる場合があります。
まずは一度ご相談ください。
重度の全身疾患がある場合
インプラントは外科手術のため、重度の全身疾患をお持ちの方は治療が難しい場合があります。特に、糖尿病や心臓病などのコントロールが不十分だと、手術のリスクが高まるからです。(※5)
血糖値が高いと傷の治りが悪く、服用中の薬によっては出血が止まりにくくなったり、顎の骨に影響が出たりすることもあります。
ただし、これらの疾患があるからといって、インプラントができないわけではありません。かかりつけ医と歯科医師が連携し、病状が安定していれば治療が可能なケースもあります。
まずは病状を正確に伝え、歯科医師に相談することが大切です。
歯周病が進行している場合
歯周病が進行している場合は、そのままの状態でインプラント治療を行うことは難しいとされています。歯周病菌に汚染された状態で手術をすると、インプラント周囲炎になるリスクが非常に高いからです。(※2)
顎の骨や歯ぐきが健康でなければ、インプラントがしっかりと支えられず、安定しにくくなります。そのため、まずは歯周病の治療を優先し、歯ぐきの状態を整えてからインプラント治療を検討することが重要です。
治療の時期や進め方は口腔内の状態によって異なるため、歯科医師と相談しながら段階的に進めていくことが望ましいです。
顎の骨が極端に少ない場合
インプラント治療には、土台となる十分な顎の骨の量が必要です。歯周病で骨が溶けたり、歯が抜けたまま時間が経って骨が痩せたりした場合、そのままではインプラント治療ができません。
骨が少ない場合でも治療ができる選択肢として、次のようなものがあります。
- 骨造成法:自分の骨や人工骨を補い、インプラントを支えられる量に整える
- ミニインプラント:通常より細いインプラントを使用し、骨への負担を減らす
これらの方法が適用できるかは、骨の状態や全身の健康状態によって異なります。精密な検査を行うことで、より安全に治療を進められる方法を検討できます。顎の骨が少ないと感じる場合も、まずは歯科医師に相談し、自分に合った選択肢を確認することが大切です。
まとめ
インプラントは自分の歯のようにしっかり噛めて見た目も自然ですが、外科手術が必要で費用も高めです。入れ歯は費用を抑えられて手術も不要ですが、使い心地に慣れが必要な場合があります。
どちらの治療法にも良い点と注意点があり、どちらが良いかは人それぞれで、生活スタイルや優先したいことによって変わります。大切なのは、ご自身が費用や噛み心地、見た目、手軽さなど、何を一番優先したいかを考えることです。
この記事で得た知識をもとに、まずは歯科医師にあなたの希望や不安を相談してみましょう。
参考文献
- 国民生活センター 美容医療基礎知識 インプラント治療を受ける前に知っておきたい基礎知識
- 飯田正人, 黒田絵里, 合田征司.歯周病学から学ぶインプラント治療.日口腔インプラント誌,2022,35,2,p.16-64.
- 坂井雅子.歯周病患者におけるインプラント治療(4)―歯科衛生士によるメインテナンスの実際―.日歯周誌,2014,56,2,p.227-230.
- 三浦和仁ら,義歯と関連した口腔内多愁訴症例に対しかかりつけ歯科医と連携して治療した1例.北海道歯学雑誌,2022,43,p.70-75.
辰巳順一.インプラント周囲疾患発症リスクと課題.日口腔インプラント誌,2023,36,2,p.20-84.
