「赤ちゃんを授かりたい」と願うご夫婦にとって、不妊治療の第一歩となることが多い「タイミング法」。自然な妊娠に最も近い方法ですが、「本当に効果があるの?」「どれくらいの確率なの?」と疑問に思う方も少なくないでしょう。
この記事では、タイミング法の基本的な流れから費用、そして最も重要な「成功率を高めるための秘訣」までを専門家の視点で詳しく解説します。お二人にとって最適な一歩を踏み出すために、ぜひご一読ください。
タイミング法とは
タイミング法は、医師が専門的な検査を用いて、妊娠が最も成立しやすい「排卵日」を正確に予測します。そして、その時期に合わせて性交渉のタイミングをアドバイスする治療法です。
自然な妊娠のプロセスに最も近く、身体への負担が少ないのが大きな特徴です。そのため、不妊治療の第一歩として、世界中のクリニックで広く行われています。
ご自身の身体のリズムを正しく理解し、専門家のサポートを受けながら妊娠を目指す、心と身体に優しい治療法といえるでしょう。
基本的な仕組み
タイミング法の基本的な考え方は、女性の排卵日を予測することで「精子と卵子が出会う確率を最大限に高める」という非常にシンプルなものです。
重要となってくるのは排卵や射精後の卵子と精子のそれぞれの寿命で、違いは下記の通りです。
卵子の寿命 | 排卵後受精できる期間は24時間 |
精子の寿命 | 女性の体内で48〜72時間 |
この寿命の差を考慮すると、妊娠の可能性を最も高めるためには、排卵日当日よりも、排卵が起こる1〜2日前に性交渉を持つことが効果的です。
事前に子宮や卵管に到着した精子が、排卵されてくる卵子を待ち構える状態が理想的でしょう。
タイミング法では、この「妊娠のゴールデンタイム」を逃さないように、さまざまな医学的根拠に基づいて排卵日を予測し、最適なタイミングを計っていきます。
病院で行う場合の特徴
ご自身で基礎体温を測ったり、市販の排卵検査薬を使ったりする方法もあります。しかし、病院でタイミング法を行う最大の利点は、排卵日をより高い精度で予測できる点です。
医師は、排卵日を特定するために、以下のような専門的な検査を組み合わせて総合的に判断します。
検査の種類 | 内容と目的 |
超音波検査(エコー) | ・膣から細い器具(プローブ)を挿入し、卵巣の中にある卵胞(卵子の入った袋)の大きさを直接観察する・卵胞は1日に約2mmずつ大きくなり、直径が18〜22mm程度に達すると排卵が近い・同時に、着床のベッドとなる子宮内膜の厚さも測定し、妊娠の準備状態を総合的に評価する |
ホルモン検査 | ・血液検査や尿検査で、排卵に関わるホルモンの値を測定・特に重要なのが「黄体形成ホルモン(LH)」で、ホルモン値が急上昇する現象(LHサージ)が起こると、約24〜36時間以内に排卵が起こる |
頸管粘液の検査 | ・排卵日が近づくと、精子が子宮内へスムーズに進入できるように、おりもの(頸管粘液)の量が増え、透明でよく伸びる。・この性状の変化を観察して排卵日を予測する |
これらの客観的なデータを組み合わせることで、自己流の予測よりもはるかに正確なタイミング指導が可能になります。また、必要に応じて排卵を促す薬(排卵誘発剤)を使用することもあります。
治療にかかる費用の目安
タイミング法は、基本的な不妊治療として2022年4月から保険適用となりました。(※1)そのため、人工授精や体外受精といった高度な治療法に比べて、費用負担が軽いのが特徴です。
ただし、実施する検査の内容や処方される薬によって費用は変動します。
一般的な費用の目安(保険適用・3割負担の場合)は以下の通りです。
診察と超音波検査のみの場合 | 2,000円〜3,000円/1回程度 |
ホルモン検査(血液検査)を追加 | 5,000円〜10,000円/1回程度 |
排卵誘発剤を使用 | 上記に加えて数千円程度の追加費用 |
例えば、1回の月経周期で排卵日を特定するために2〜3回通院した場合、合計で1万円〜2万円程度になることが一般的です。
費用はあくまで目安であり、クリニックや治療内容によって異なります。治療を始める前に、ご自身の通うクリニックで具体的な費用について確認しておくと安心です。
タイミング法の対象となる人
タイミング法は、不妊に悩む多くのご夫婦が対象となりうる治療法です。特に、以下のような条件に当てはまる場合に推奨されます。
- 避妊をやめて1年以上(35歳以上の場合は半年以上)妊娠しない
- 月経が比較的順調で、自然な排卵があると推測される
- パートナーの精液検査の結果に、大きな問題がない
- まずは身体的・経済的な負担が少ない方法から治療を始めたい
逆に、卵管が両方とも詰まっている方、男性側に重度の不妊要因がある場合には、タイミング法では妊娠が難しいため、他の治療法が検討されます。
メリットとデメリット
不妊治療の第一歩として多くのメリットがあるタイミング法ですが、デメリットも存在します。治療を始める前に、両方の側面を正しく理解しておくことが大切です。
まずメリットとしては、身体への負担が少ない点があげられます。手術や高度な採卵といった侵襲的な処置が不要なため、身体的な負担は軽いのが特徴です。
また、保険が適用されることで費用が比較的安く、同じく保険適用となっている人工授精や体外受精に比べて経済的な負担を抑えることができます。「不妊治療」と聞くと身構えてしまう方にとっても、自然な流れで取り入れやすく、精神的なハードルが低い点も大きな利点です。
一方でデメリットとしては、妊娠率に限界があることがあげられます。1周期あたりの妊娠率はおよそ5~20%程度とされ、半年間の累積でおよそ50%、一年後には大体60%のカップルが妊娠できるとされていますが、全てのカップルが妊娠できるわけではありません。また、年齢とともに成功率は低下していきます。
また、「この日に性交渉をしなければならない」という義務感から、ご夫婦にとって精神的なプレッシャーになることもあるでしょう。
さらに、排卵日を正確に予測するためには月経周期に合わせて月に数回通院する必要があり、仕事や日常生活との両立が課題になる場合もあります。
病院で受けるタイミング法の流れ
病院で行うタイミング法は、ご自身の体のリズムを医学的な根拠に基づいて正確に把握し、妊娠の可能性を最大限に高めるための治療です。ここでは、クリニックを受診してから妊娠が確認されるまでの一連の流れを、各ステップの目的と共に詳しく解説します。
受診と検査
タイミング法を始めるにあたり、まずはお二人のお体の状態を正しく把握することが最も重要です。初回の受診では、丁寧な問診と基本的な検査を行い、妊娠を妨げている可能性のある要因がないかを慎重に確認します。
問診 | 月経周期、妊娠経験などを聞く |
超音波検査(エコー検査) | ・経膣エコーで子宮や卵巣の状態を直接観察・子宮筋腫や卵巣のう腫といった、妊娠の妨げになりうる病気がないかを確認する。 |
血液検査 | ・排卵に関わるホルモンや、甲状腺機能などを調べる。・ホルモンバランスが整っているかを確認する。 |
精液検査 | ・射精した精液を採取し、精子に異常がないかを調べる。・精液量や精子濃度、精子運動率、精子正常形態率などを調べる。 |
これらの検査結果を総合的に判断し、タイミング法が現時点で最も適した治療法なのか、あるいは他に優先すべき治療がないかを見極めていきます。
排卵日の予測
タイミング法は、いかに正確に「排卵日」を予測できるかが重要です。病院では、ご自身で行う基礎体温の記録などに加え、以下のような医学的検査を組み合わせることで、排卵のタイミングを高い精度で特定します。
検査項目 | 何を調べているか |
経腟超音波検査(エコー検査) | ・卵胞は月経後に1日約2mmずつ成長し、18〜22mmで排卵が近いサイン・子宮内膜は厚さ8mm以上が目安で、着床の準備が整っているかを確認 |
ホルモン検査(血液検査・尿検査) | ・LH(黄体形成ホルモン)が急上昇する「LHサージ」を確認・LHサージから約24〜36時間後に排卵が起こる |
卵胞のモニタリング
排卵日をより正確に予測するために、卵胞が順調に育っているかを継続的に観察することを「卵胞モニタリング」と呼びます。排卵が近づく時期に複数回ご来院いただき、超音波検査で卵胞の大きさを計測します。
【卵胞モニタリングの一般的な流れ(月経周期28日の場合)】
時期(月経開始日から) | 診察内容 | 卵胞の状態 |
10〜12日目ごろ | 1回目の超音波検査 | 卵胞がいくつ育っているか、大きさは順調かを確認(直径12mm前後) |
12〜14日目ごろ | 2回目以降の超音波検査 | 卵胞の成長スピードを確認 |
排卵直前 | 超音波検査、ホルモン検査 | 卵胞が十分に成長(18mm以上)し、LHサージが起きているかを確認 |
もし卵胞の成長がゆっくりな場合には、成長を後押しする「排卵誘発剤」というお薬を使うこともあります。
タイミングを合わせた性交渉
超音波検査やホルモン検査の結果から、医師が最も妊娠しやすい日を予測し、「〇月〇日ごろに性交渉をもってください」と具体的にお伝えします。これを「タイミング指導」と呼びます。一般的に、排卵日の2日前から排卵日当日が、最も妊娠の可能性が高い時期です。
もし指導された日にタイミングをとるのが難しい場合は、一人で抱え込まず、正直に医師にご相談ください。お二人の生活リズムやご事情に合わせて、一緒に柔軟な対応策を考えていきましょう。
妊娠の判定
タイミング指導の後、きちんと排卵が起こったかを確認し、妊娠の成立を判定する段階に進みます。
尿検査や血液検査でhCGという妊娠特有のホルモン値を測定し、妊娠が成立しているかを確定診断します。そして、超音波検査で子宮の中に胎嚢(たいのう)という、赤ちゃんが入る袋が確認できれば、正常な妊娠と判断されます。
タイミング法で妊娠率を高めるためにできること
タイミング法は、医師のサポートを受けながら進める治療ですが、妊娠の可能性を最大限に高めるためには、ご夫婦自身の取り組みが非常に重要になります。
ここでは、妊娠率を高めるためにご家庭でできる具体的な工夫や、治療を受ける上で知っておきたいポイントを医師の視点から詳しく解説します。
排卵日の予測を正確にする
タイミング法の成功は、いかに正確に排卵日を予測できるかにかかっています。卵子の寿命は約24時間と短いため、この貴重な時間を逃さないことが何よりも大切です。予測精度を高めるためには、複数の方法を組み合わせることが極めて有効です。
- 基礎体温の計測
- 市販の排卵検査薬の活用
病院での専門的な検査
これらの情報を総合的に判断し、妊娠の可能性が最も高い「ゴールデンタイム」を特定していきます。
性交のタイミングと頻度を工夫する
排卵日の予測ができたら、次に重要なのが性交渉のタイミングです。妊娠の確率を最も高めるのは「排卵日の1〜2日前」とされています。これには、精子と卵子の寿命の違いが深く関わっています。
寿命の目安 | |
精子 | 射精後、女性の体内で約2〜3日(48〜72時間) |
卵子 | 排卵後、約24時間 |
精子のほうが卵子より寿命が長いため、排卵が起こる前に性交渉を行い、精子が卵管内で卵子を待ち構えている状態を作ることが理想的です。
ただし、「排卵日だから」と義務感で性交渉を持つことは、ご夫婦にとって大きな精神的ストレスになりかねません。排卵が予測される期間中は、1日おきなど、複数回のタイミングを持つことをおすすめします。
排卵誘発剤を使うときの注意点
月経周期が不規則な方や、卵胞の育ちがゆっくりな方には、「排卵誘発剤」の使用を検討することがあります。このお薬は、卵巣に働きかけて卵胞の成長を促し、計画的な排卵をサポートするものです。
しかし、以下のような副作用もあります。
多胎妊娠 | お薬の作用で複数の卵胞が同時に成熟することがあり、双子などを妊娠する確率が通常よりも高くなる |
卵巣過剰刺激症候群(OHSS) | ・卵巣がお薬に過剰に反応し、大きく腫れる。・お腹の張りや吐き気などの症状が現れ、重症化すると入院治療が必要になることもある |
排卵誘発剤は、必ず医師の厳密な管理下で使用しなければなりません。超音波検査で卵胞の発育状況や卵巣の状態を慎重にモニタリングしながら、副作用のリスクを最小限に抑えることが不可欠です。
生活習慣の見直しと体質改善
妊娠しやすい体づくりは、タイミング法の成功率を高めるための土台となります。日々の生活習慣を見直し、ご夫婦の心と体のコンディションを整えることが重要です。
以下のポイントを意識しましょう。
- バランスの取れた食事
- 質の高い睡眠
- 適度な運動
- ストレス管理
精液検査を含めた夫婦での取り組み
不妊の原因は、女性側だけにあるとは限りません。WHO(世界保健機関)の調査では、不妊原因の約半数に男性側も関与していることが示されています。(※2)
タイミング法を始める段階で、あるいは数周期試してもうまくいかない場合は、パートナーの「精液検査」を受けてみましょう。この検査は、その後の治療方針を決めるための、大切な情報源となります。
精液検査では、精子の数(濃度)、運動率、正常な形をした精子の割合などを調べ、受精する力に問題がないかを確認します。
もし、精子の状態に課題が見つかれば、タイミング法に固執するのではなく、人工授精や体外受精といった、より適切な治療へスムーズに移行する判断ができます。
不妊治療は、女性だけが取り組むものではありません。男性も禁煙や節酒、バランスの取れた食事、長時間のサウナを避けるといった生活改善を心がけることが大切です。
タイミング法を続けるときの注意点
タイミング法で治療を始めてみて、思うような結果がすぐに出ないとき、「このままで大丈夫だろうか」と不安や焦りを感じることは、珍しいことではありません。
また、定期的な通院は、仕事や日々の生活との調整が必要になり、心身の負担となることもあります。
ここでは、安心して治療を続けていくために知っておきたい「期間の目安」や「心のケア」、そして「仕事との両立のコツ」について、医師の視点から具体的にお話しします。
取組期間とステップアップの目安
タイミング法をどのくらいの期間続けるべきか、これは多くの方が悩むでしょう。医学的な一つの目安として、半年から1年(6〜12周期)を目標に治療を進めることが一般的です。
実際に、タイミング法を半年間継続した場合、一般的に約半数が妊娠に至るといわれています。ただし、この期間は全ての方に当てはまるわけではありません。特に、女性の年齢は妊娠の可能性に大きく影響するため、個々の状況に合わせた計画が重要です。
なかなか妊娠が成立しない場合は、人工授精や体外受精などの不妊治療にステップアップを検討しましょう。
心理的な負担や夫婦関係への配慮
タイミング法において、精神的なケアも重要になってきます。医師から「この日に性交渉を」と指導されると、それが「義務」のように感じられ、大きなプレッシャーになることがあります。
このようなストレスは、排卵リズムの乱れにつながることもあり、ご夫婦の関係に影響を及ぼすことさえあります。治療を乗り越えるためには、お互いを思いやり、支え合う姿勢が不可欠です。
仕事との両立の工夫
排卵のタイミングを正確に捉えるため、タイミング法では月に数回の通院が必要となります。急な受診指示が入ることもあり、仕事との両立に頭を悩ませる方は少なくありません。
治療がストレスの原因とならないよう、下記の工夫をすることが、継続のポイントとなります。
- 通いやすいクリニックを選ぶ
- 会社の制度を最大限に活用する
- 職場への伝え方を考える
- パートナーとの協力体制を築く
まとめ
タイミング法は、自然な妊娠に近く、身体への負担が少ない心と体に優しい治療法です。成功の鍵は、専門家のサポートのもとで排卵日を正確に予測すること、そして何よりもご夫婦が支え合い、二人三脚で取り組むことにあります。
一方で、思うような結果がすぐに出ないときの焦りや、精神的な負担を感じることもあるかもしれません。大切なのは、ご夫婦だけで悩みを抱え込まないことです。
タイミング法で不安なことがあれば、産婦人科医に相談してみましょう。
参考文献
- 厚生労働省 不妊治療保険適用リーフレット
- 公益社団法人 日本WHO協会「不妊」