「赤ちゃんを授かりたい」と願っても、月経不順や無排卵で妊娠ができず、不安を抱える方は少なくありません。そんなときに有効な治療の一つが排卵誘発法です。
排卵誘発法は、卵子の発育や排卵を薬の力で助けることで妊娠の可能性を高める方法です。治療薬にはいくつかの種類があり、それぞれ効果や特徴、副作用のリスクも異なります。
この記事では、排卵誘発法の基本的な仕組みや期待できる効果、使われる薬剤の種類、副作用までわかりやすく解説します。治療に対する不安を解消しながら、自分に合った選択肢を前向きに検討しましょう。
排卵誘発法とは卵子の発育と排卵を促す不妊治療
排卵誘発法は、内服薬や注射を用いて卵子の成長を助け、計画的に排卵を促す不妊治療です。月経不順や排卵障害がある方に用いられますが、排卵がある方にも妊娠の可能性を高める目的で行われることがあります。
排卵誘発法の特徴は次のとおりです。
- 目的:卵胞の発育を促し排卵をコントロール
- 対象:排卵が不規則な方や無排卵の方
- 応用:タイミング法や人工授精と組み合わせることも可能
排卵誘発法の効果
排卵誘発法は、妊娠の可能性を高めるための重要な治療であり、以下のような3つの効果が期待できます。
①卵子の成熟
②妊娠率が高まる可能性
③排卵障害の改善
①卵子の成熟
排卵誘発剤を使うことで、卵子が成熟し、人工的に排卵を起こせるのが大きな特徴です。
卵巣の中には生まれつき多数の「原始卵胞」が存在します。自然な月経周期では数個の卵胞が成長を始めても、排卵に至るのは主席卵胞と呼ばれる1個だけで、他は途中で成長を止めてしまいます。
排卵誘発剤はこのプロセスに働きかけ、複数の卵胞を同時に育てることを可能にします。その結果、次のような効果が得られます。
- 質の良い卵子の確保:成熟卵子が育ちやすくなる
- 排卵数の増加:複数の卵子が排卵し、受精の可能性が広がる
一般的には排卵誘発の場合には、排卵数が増えるのは好ましくありません。それは、多胎妊娠や卵巣刺激症候群を起こすリスクが高まってしまうためです。一方で、体外受精の採卵の際には、一度に多くの成熟卵を採卵することが目的となるため、あえて多くの卵胞を発育させます。
②妊娠率が高まる可能性
排卵誘発法を行うことで、妊娠の成立に必要な条件を整え、妊娠率を高められる可能性があります。治療では超音波検査によって卵胞の大きさを確認し、排卵のタイミングを正確に予測できます。
そのため、妊娠のゴールデンタイムを逃さずにタイミング法や人工授精を行うことが可能です。
ただし、妊娠率は年齢や不妊の原因、体の状態によって大きく異なります。医師と連携を取りながら、ご自身に合った治療計画を立てることが何よりも大切です。
③排卵障害の改善
排卵誘発法は、排卵がうまく起こらない「排卵障害」を改善し、妊娠の可能性を高める効果があります。薬の作用でホルモンバランスを整えることにより、止まっていた排卵を再開させたり、不規則だった排卵周期を安定させたりできます。
排卵障害には以下のようなタイプがあり、症状に応じて排卵誘発法が効果を発揮します。
- 無排卵周期症:月経のような出血はあるが、実際には排卵が起きていない状態
- 稀発月経:月経周期が39日以上と長く、排卵の頻度が少ない
- 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS):小さな卵胞が多数でき、主席卵胞が育ちにくい
排卵誘発法は排卵障害のタイプに応じて活用され、止まっていた排卵を再開させ、不規則な周期を安定させる効果も期待できます。
排卵誘発法が適用される症状
排卵誘発法が適用される代表的な症状は、以下の3つです。
①多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
②視床下部性・下垂体性無月経
③早発卵巣不全(POI)
①多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、排卵障害によって妊娠が難しくなる代表的な疾患です。卵巣には小さな卵胞が多数並ぶものの、主役となる卵胞が育たず排卵に至らないのが特徴です。
PCOSは、以下の3つの項目のうち、2つ以上を満たす場合に診断されます。
- 月経の異常(無月経や稀発月経など)
- 超音波検査で卵巣に多数の小卵胞が見える
- 血液検査で男性ホルモン値やLH値が高い
治療には排卵誘発薬が有効で、特にレトロゾールが第一選択薬とされることが多いです。背景にインスリン抵抗性があるケースも多く、この体質がホルモンバランスを乱して排卵を妨げていると考えられています。
そのため、薬物療法と並行して、食事や運動などの生活習慣の見直しも大切です。研究では、食事療法によりインスリンの効きや脂質代謝が改善した例が報告されており、日常の工夫が排卵しやすい体づくりにつながります。(※1)
ただし、自己判断で極端な食事制限を行うのは危険です。生活習慣の改善は、医師や管理栄養士と相談しながら進めることが重要です。
②視床下部性・下垂体性無月経
視床下部性・下垂体性無月経とは、脳の一部である「視床下部」や「下垂体」の働きがうまくいかなくなり、月経が止まってしまう状態です。
視床下部性無月経の主なきっかけには、次のようなものがあります。
- 体重の急激な減少や極端な食事制限
- 激しい運動やアスリート活動
- 強い精神的ストレス
- 摂食障害(神経性食欲不振症など)
- 慢性的な病気
下垂体性無月経では、いくつかの病気が関わることがあります。ホルモンが過剰に分泌される高プロラクチン血症、下垂体にできる腫瘍、出産後に起こる合併症(シーハン症候群)などです。
診断は血液検査でホルモンの値を調べ、必要に応じて追加検査を行います。治療はまず原因を取り除くことが基本で、体重の回復、運動量の調整、ストレスを減らす工夫が大切です。
必要な場合は、周期的にホルモンを補う治療法(カウフマン療法)を行い、骨が弱くならないように予防します。
③早発卵巣不全(POI)
早発卵巣不全(Premature Ovarian Insufficiency:POI)は、40歳未満で卵巣の働きが低下し、閉経に近い状態になる病気です。妊娠の有無にかかわらず、健康を守るため早期治療が必要になります。
診断は、4か月以上の無月経や不規則な月経が続くことが目安です。血液検査では卵胞を育てるホルモン(FSH)の上昇と女性ホルモン(エストロゲン)の低下が確認されます。
原因には遺伝的要因、自己免疫疾患、感染症、抗がん剤や放射線治療の影響などがありますが、多くは原因不明とされています。治療の中心はホルモン補充療法(HRT)で、特にカウフマン療法が推奨され、更年期症状の改善や骨粗しょう症予防を目的とします。
妊娠を希望する場合には、卵子提供や養子縁組などの選択肢を検討することもあります。あわせて骨密度や心血管系の定期チェックも重要です。
排卵誘発法で使用される薬剤・ホルモン剤の種類
薬剤の種類 | 剤形 | 主な対象 | 特徴 | 特に注意すべき副作用 |
クロミフェン(クロミッド®) | 内服薬 | ・排卵障害のある方 | ・第一選択薬として広く使われる・安全性が高い | ・子宮内膜が薄くなる・頸管粘液が減る |
レトロゾール(フェマーラ®) | 内服薬 | ・多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)・クロミフェンで効果がない方 | ・子宮内膜が薄くなりにくい・多胎妊娠リスクが低い | ・頭痛・ほてり |
hMG製剤 | 注射薬 | ・内服薬で効果がない方・体外受精での採卵 | ・作用が強い・複数の卵胞を育てる | ・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)・多胎妊娠 |
FSH製剤 | 注射薬 | ・PCOS(注射の場合)・内服薬で卵胞が育ちにくい方 | ・卵胞の発育に特化している | ・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)・多胎妊娠 |
hCG製剤 | 注射薬 | ・全ての排卵誘発法 | ・計画的に最終的な排卵を促す | ・OHSSのリスクを高める可能性 |
排卵誘発法で使う薬は「内服薬」と「注射薬」に大きく分けられます。排卵障害のタイプや目的によって使い分け、よりリスクの低く安全な排卵誘発を行います。
排卵誘発法で使用される薬剤・ホルモン剤の種類として、以下を解説します。
- 内服薬:クロミフェン(抗エストロゲン剤)
- 内服薬:レトロゾール(アロマターゼ阻害薬)
- 注射薬:hMG製剤(性腺刺激ホルモン)
- 注射薬:FSH製剤(卵胞刺激ホルモン)
- 注射薬:hCG製剤(排卵を促すホルモン注射)
内服薬:クロミフェン(抗エストロゲン剤)
クロミフェンは、排卵誘発法の代表的な内服薬で、商品名「クロミッド」として知られています。排卵誘発の第一選択薬として用いられ、体への負担が少ないのが特徴です。
この薬は脳の視床下部や下垂体に作用し、体内のエストロゲンが不足していると錯覚させます。その結果、卵胞を育てるホルモン(FSH)の分泌が促され、卵胞の発育と排卵が進みやすくなります。
主な特徴を以下の表にまとめています。
項目 | 詳細 |
対象 | ・卵巣や子宮の状態は正常だが排卵障害のある方 |
服用方法 | 月経周期3〜5日目から、1日1〜3錠を5日間服用 |
注射薬との比較 | ・体への負担が少なく副作用リスクも低い ・長年の使用実績で安全性が高い |
副作用 | ・子宮内膜が薄くなりやすい ・頸管粘液の減少 ・頭痛や吐き気、目のかすみ |
内服薬:レトロゾール(アロマターゼ阻害薬)
レトロゾールは「フェマーラ」という商品名で知られる内服薬で、もともとは乳がんの治療薬として開発されました。現在では排卵誘発にも高い効果が認められ、不妊治療で広く用いられています。(※2)
この薬は「アロマターゼ」という酵素の働きを一時的に抑え、体内のエストロゲン濃度を下げます。脳がホルモン不足を感知し、卵胞を育てるホルモン(FSH)の分泌を促す仕組みです。
クロミフェンと同じく排卵を促しますが、副作用の現れ方などに違いがあります。レトロゾールの対象や特徴は以下のとおりです。
項目 | 詳細 |
主な対象 | ・多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方 ・クロミフェンで効果が見られなかった方 ・子宮内膜が薄くなる副作用が出た方 |
特徴 | ・クロミフェンに比べ、子宮内膜が薄くなりにくい ・多胎妊娠のリスクがクロミフェンよりも低い |
副作用 | 頭痛やほてり、関節痛 |
PCOS患者を対象とした研究では、レトロゾールの服用により妊娠率が改善することが示されています。(※3)クロミフェンで十分な効果が得られない場合の有力な選択肢といえる薬です。
注射薬:hMG製剤(性腺刺激ホルモン)
hMG製剤は、内服薬で十分な効果が得られない場合や、体外受精で複数の卵子を育てたい場合などに用いる注射薬です。卵胞を育てるFSH(卵胞刺激ホルモン)と、排卵を促すLH(黄体形成ホルモン)の2種類が含まれます。
どちらも卵巣に直接働きかけて複数の卵胞を同時に成長させます。ただし、内服薬と比べて作用が強いため、注意も必要です。卵巣が過剰に反応してしまう卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や、多胎妊娠のリスクが高まります。
治療中は、超音波検査や血液検査で卵胞の発育やホルモン値を確認しながら、投与量を慎重に調整していきます。自己注射で使用することが多く、医師・看護師の指導のもとで方法を習得します。高い効果が期待できる一方で、安全に使うためには丁寧な管理が必要です。
注射薬:FSH製剤(卵胞刺激ホルモン)
FSH製剤も、hMG製剤と同じく卵巣に直接作用する注射薬です。hMG製剤との大きな違いは、その成分です。hMGがFSHとLHの両方を含むのに対し、FSH製剤はLHの働きをほとんど含んでいません。
FSHは卵胞の発育を促すことに特化したホルモンです。そのため、LHが過剰になりやすい多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方など、LHの刺激を必要としない場合で選ばれることがあります。
体外受精で多くの卵子を採取したい場合や、内服薬では卵胞が育ちにくい場合にも用いられます。一方で、作用が強い分リスクも伴い、OHSSや多胎妊娠の可能性もあります。
治療中は超音波検査や血液検査を繰り返し行い、卵胞の発育やホルモン値を確認しながら進めることが大切です。
hCG製剤(排卵を促すホルモン注射)
hCG製剤は、十分に成熟した卵胞から卵子を排卵させるためのホルモン注射です。排卵を引き起こすLHと似た構造を持ち、投与によって人工的に「LHサージ」を作り出します。
LHサージとは、排卵の直前に黄体形成ホルモン(LH)が急に増える現象のことです。このサージが起こると、通常1〜2日以内に排卵が起こります。
hCG製剤は人工的にLHサージを起こすことができ、、注射からおよそ36〜40時間後に排卵が起こると正確に予測できます。
この特性を生かすことで、以下のようなメリットがあります。
- タイミング法・人工授精・体外受精の採卵日をピンポイントで設定できる
- 排卵時期を正確にコントロールできるため、妊娠の可能性を高めやすい
卵胞が多数育ちすぎた状態で使用すると、OHSSのリスクが高まるため、使用時は医師の判断が必要です。hCG製剤は「排卵をいつ起こすか」をコントロールできますが、慎重な管理が必要な薬でもあります。
排卵誘発法に伴う副作用
排卵誘発法による治療を安心して続けるためには、副作用の可能性も理解しておくことが必要です。排卵誘発法に伴う代表的な副作用は以下の3つです。
①卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
②多胎妊娠のリスク
③軽度な副作用(頭痛・吐き気など)
①卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、排卵誘発剤による刺激が強すぎた結果、卵巣が過剰に反応してしまう状態です。特に、卵巣に直接作用する注射薬(hMG製剤やFSH製剤)を用いた場合に起こりやすいとされています。
薬剤の刺激で多くの卵胞が一度に育つと、卵巣が大きく腫れ上がります。さらに、血管から水分が漏れ出しやすくなり、お腹(腹腔)や胸(胸腔)に水が溜まったり、血液が濃縮したりします。
症状は以下のレベルによって異なります。
重症度 | 主な症状 |
軽症 | ・お腹の張り感 ・軽い下腹部痛 ・吐き気 |
中等症 | ・強い腹痛 ・腹水によるお腹の膨満感と急な体重増加 ・呼吸が少し苦しい |
重症 | ・尿量が極端に減る ・血液が濃縮され、血栓症(血管が詰まる病気)のリスクが高まる ・呼吸困難 |
クリニックではOHSSを予防するため、超音波検査で卵胞の数や大きさをこまめに確認します。同時に、血液検査で女性ホルモンの値を測定しながら、薬剤の量や種類を慎重に調整します。
お腹の強い張りや急な体重増加(1日で1kg以上など)を感じた場合は、我慢せずにかかりつけ医へ連絡してください。早期対応が、重症化予防につながります。
②多胎妊娠のリスク
排卵誘発法では、通常は1つしか育たない卵胞が、薬剤の力で複数同時に発育することがあります。その結果、複数の卵子が排卵され、同時に受精すると、多胎妊娠になる可能性が高まります。
一見すると喜ばしいと思えますが、お母さんと赤ちゃんの双方に以下のようなリスクが上昇するため、医学的には避けるべき状態とされています。
リスクを負う側 | 予想されるリスク |
お母さん | ・重いつわり、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病 ・貧血、切迫早産 ・帝王切開での分娩になる可能性が高い |
赤ちゃん | ・低出生体重(小さく生まれること) ・早産による臓器の未熟性 ・脳性麻痺などの合併症 |
治療中に卵胞が育ちすぎた場合は、安全のため、その周期のタイミング法や人工授精を見送ることがあります。
③軽度な副作用(頭痛・吐き気など)
OHSSや多胎妊娠ほど重篤ではありませんが、薬剤によるホルモンバランスの変化で下記のような症状が出ることがあります。
起因 | 部位 | 症状 |
内服薬 | 視力 | クロミフェンの場合、目のかすみ、光がチカチカして見える |
注射薬 | 注射した部位 | 痛み、赤み、腫れ、かゆみ |
内服薬と注射薬 | 消化器 | 吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、便秘 |
全身 | 頭痛、めまい、眠気、倦怠感 | |
精神的 | 気分の浮き沈み、イライラ、不安感 | |
腹部 | 下腹部の軽い痛み、張り |
上記の症状は、多くの場合一過性です。治療が進むにつれて改善しますが、症状が強い場合や日常生活に支障があるときは、早めに医師へ相談してください。
まとめ
排卵誘発法は、妊娠を望む方にとって心強い選択肢の一つです。内服薬や注射などさまざまな方法がありますが、医師が一人ひとりの体の状態に合わせて最適な治療計画を提案してくれます。
副作用についての疑問や悩みは抱え込まずに医師と相談することで、安心して治療に取り組むことができます。自分に合った方法を見つけ、前向きに妊娠への一歩を踏み出しましょう。
参考文献
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