体外受精を考えるなかで、「新鮮胚移植」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。
新鮮胚移植は採卵した同じ周期に移植まで進められるので、「早く結果を知りたい」と考えている方には魅力的な方法です。一方で、日本産婦人科学会によると、2023年の新鮮胚移植の妊娠率が23.1%であるのに対し、凍結胚移植は40.5%と高い数値でした。(※1)
この記事では、新鮮胚移植のメリット・デメリットから具体的な治療の流れ、注意点を詳しくまとめています。自分に合った方法を選ぶために、まずは正しい知識を深め、安心して次の一歩を選んでいきましょう。
新鮮胚移植とは?
体外受精で行われる移植の一つが新鮮胚移植です。新鮮胚移植の定義と凍結胚移植との違いを解説します。
定義
新鮮胚移植とは、採卵した卵子を凍結をせず精子と受精させて、育てた受精卵(胚)を子宮に戻す方法です。
新鮮胚移植の流れは、以下のとおりです。
- 採卵で卵子を取り出す
- 体外で卵子と精子を受精させて数日間培養する
- 発育の良い胚を子宮へ移植する
卵子の発育を促すことを目的として、採卵前に排卵誘発剤による卵巣刺激を行う場合もありますが、卵巣刺激過剰刺激症候群(OHSS)のリスクがある方には使用できません。
凍結胚移植との違い
新鮮胚移植とよく比較される方法が凍結胚移植です。新鮮胚移植と凍結胚移植の大きな違いは、採卵した周期に移植を行うかどうかです。
以下の表にそれぞれの特徴をまとめました。
項目 | 新鮮胚移植 | 凍結胚移植 |
移植の時期 | 採卵と同じ周期 | 採卵とは別の周期 |
治療期間 | 比較的短い | 新鮮胚移植より長い |
身体への負担 | OHSSのリスクがある | OHSSを回避しやすい |
子宮内膜の整えやすさ | 排卵誘発剤の影響を受けることがある | 着床に最適な状態に整えやすい |
妊娠率(※1) | 23.1% | 40.5% |
費用 | 比較的安い傾向 | 凍結・保存・融解費が必要 |
どちらが適しているかは、身体の状態や治療計画で変わります。担当の医師とよく相談して決めましょう。
新鮮胚移植のメリット
新鮮胚移植には、以下のようなメリットがあります。
- 妊娠判定までの期間が短い
- 1回あたりの費用負担が少ない
妊娠までの期間が短い
採卵から移植、妊娠判定までを同じ周期で進められる点が、新鮮胚移植の特徴であり、判定までの目安は約1か月です。凍結胚移植では、次の採卵以降の周期で移植するため、最短でも2〜3か月以上かかります。
採卵から妊娠判定までの時間が短い利点は、次のとおりです。
- 心理的な負担を軽くできる
- 次の治療方針を早く決めやすい
- 通院や仕事・家庭のスケジュールを組みやすい
ただし、妊娠の成立には胚の質だけでなく、子宮内膜の状態を良好に保つことも大切です。新鮮胚移植では、子宮内膜が厚いほど出産に至る確率が高まる傾向があると報告されています。(※2)
費用負担が少ない
新鮮胚移植は、凍結・保存・融解といった追加費用が不要であり、凍結胚移植よりも1回の治療にかかる自己負担を抑えやすい点がメリットです。
2022年4月より、多くの不妊治療が保険適用になりました。(※3)新鮮胚移植・凍結胚移植ともに保険適用で自己負担額が軽減されるものの、保険適用であっても凍結にかかる費用は別途必要となるため、新鮮胚移植の方が費用を抑えられる場合があります。
不妊治療が長期にわたる可能性も考慮すると、費用の負担を抑えられることは、無理なく治療を続けるために欠かせないポイントです。
新鮮胚移植のデメリット
新鮮胚移植のデメリットとして、凍結胚移植より妊娠率が低いことや卵巣過剰刺激症候群のリスクが挙げられます。
凍結胚移植より妊娠率が低い
新鮮胚移植は、凍結胚移植より妊娠率が低いことがデメリットです。2023年のデータでは、妊娠率が新鮮胚移植で23.1%、凍結融解胚移植で40.5%と報告されています。(※1)新鮮胚移植で妊娠率が低い理由は、次のように考えられています。
- 子宮内膜の状態が不安定である
- 胚の発育と着床のタイミングがずれやすい
胚移植では、採卵前に排卵誘発剤を使用するケースがあります。排卵誘発剤には副作用で子宮内膜を薄くするものがあり、採卵と同じ周期では元の状態に回復しにくいでしょう。子宮内膜が薄いと胚が着床しにくく、妊娠が難しくなります。
高い確率で妊娠するためには、胚の発育と子宮内膜の状態の回復が一致することが必要です。胚の発育は個人差がある他、胚移植するまでの期間が短いということもあり、新鮮胚移植では妊娠率が低くなります。
卵巣過剰刺激症候群のリスクがある
排卵誘発剤の影響で卵巣が腫れたり、お腹や胸に水が溜まったりする状態を卵巣過剰刺激症候群(OHSS)と呼びます。特に卵胞が多く育った方や、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方は、新鮮胚移植によりOHSSになりやすいので注意が必要です。(※4)
新鮮胚移植がOHSSになりやすい理由は、妊娠成立時に胚からhCGホルモンが分泌されるためです。hCGは卵巣を刺激するホルモンであり、排卵誘発剤で腫れている卵巣にさらに作用するので、OHSSになりやすくなります。
医師がOHSSに高リスクと判断した場合は移植を中止し、体調を整えてから次周期以降に凍結融解胚移植を行います。
新鮮胚移植治療の流れ
新鮮胚移植の治療を始める前に、治療の全体像をあらかじめ知っておくと、安心して取り組めるでしょう。採卵から妊娠判定までの一連の流れは、大きく分けて以下の4つのステップです。
①卵巣刺激と採卵
②受精と培養
③子宮内膜の確認と移植
④妊娠判定
①卵巣刺激と採卵
新鮮胚移植の最初のステップは、質の良い卵子を複数個育てるための卵巣刺激と、育った卵子を体外に取り出す採卵です。胚移植では妊娠の可能性を少しでも高めるために、排卵誘発剤を使用し、複数の卵子を育てることが一般的です。
代表的な卵巣刺激・採卵のスケジュールを以下に示します。
- 月経開始2〜3日目にホルモンの状態を確認
- 自己注射や内服で約8〜14日間卵巣を刺激する
- 採卵の約36時間前に卵子の成熟を促すホルモン注射を行う
- 卵胞を穿刺して採卵する
卵巣の反応は個々の患者さんによって異なります。
②受精と培養
採卵後は当日のうちに受精のステップに進みます。体外受精もしくは顕微授精で精子と卵子を受精させ、子宮に戻す日まで母親の体内環境に限りなく近づけた培養器の中で育てます。
受精や培養の方法は、以下のとおりです。
工程 | 進め方 |
体外受精(IVF) | 精子を卵子に振りかけ、同じ容器内で受精するのを待つ |
顕微受精(ICSI) | 顕微鏡で良好な精子を一つ選び、卵子に直接注入する |
培養 | 受精卵を体内に近い環境に静置し、形態などから胚の形成を確認する |
新鮮胚移植の培養期間は、採卵後2〜6日間が一般的です。
③子宮内膜の確認と胚移植
新鮮胚移植を成功させるためには、受精・培養と並行して胚を着床させる子宮内膜の状態を整えることが大切です。子宮内膜の状態を確認したうえで、培養した胚を子宮内に戻します。
子宮内膜の確認と胚移植の方法は、以下の表のとおりです。
工程 | 内容 |
子宮内膜の確認 | 超音波検査で子宮内膜の厚さを確認する |
胚移植 | 採卵後2〜5日頃に柔らかいカテーテルで胚を子宮内に戻す |
胚移植時には痛みがほとんどなく、通常は麻酔も必要ありません。移植後は特別な行動制限はありませんが、激しい運動や重いものを持つことは避けましょう。
④妊娠判定
胚移植後、妊娠が成立したかの判定は約10日〜2週間後です。尿検査や血液検査でhCGホルモンの値を測定し、妊娠しているかどうかを判定します。市販の検査薬は、採卵前のホルモン注射の影響で誤判定を起こす可能性があるため、使用を避けましょう。
軽い腰痛や胸の張り、少量の出血などが見られる場合も妊娠の兆候かもしれません。不安を抱く方は、早めにクリニックへ相談してください。
新鮮胚移植に関する注意点
新鮮胚移植は治療期間が短いなどのメリットがある一方で、OHSSには特に注意が必要です。重症化すると血栓症などを引き起こすこともあるため、以下の症状が出た場合は、すぐに主治医へ相談してください。
- 強いお腹の張りや圧迫感
- 吐き気や嘔吐が続く
- 急激な体重増加(1日で1kg以上など)
- 尿量の明らかな減少
安静時も息苦しい移植後の生活は、普段どおりで問題ありません。ただし、お腹に強い力が入るような激しい運動や重いものを持つことは控えましょう。不安なことや気になる症状があれば自己判断せず、ささいなことでも相談することが大切です。
まとめ
新鮮胚移植は、採卵と同じ周期に移植を行うため、早く結果がわかったり1回あたりの費用を抑えやすかったりするメリットがあります。一方、妊娠率は凍結胚移植に比べて低く、OHSSのリスクも考慮が必要です。
新鮮胚移植と凍結胚移植のどちらの方法が適しているかは、人それぞれです。身体の状態やライフプランをふまえ、主治医と相談しながら納得できる治療法を選びましょう。不安なことがあれば、どんな小さなことでもかかりつけの産婦人科医に遠慮なく相談してください。
参考文献
- 公益社団法人日本産婦人科学会:「2023年体外受精・胚移植等の臨床実施成績」
- Perez-Millan F, Caballero-Campo M, Carrera-Roig M, Dominguez-Arroyo JA, Moratalla-Bartolome E, Alcazar-Zambrano JL, Alonso-Pacheco L, Carniyo JA, Puente-Agueda JM, Haimovich S.Effect of endometrial thickening on reproductiveoutcomes in fresh and frozen-thawed embryo transfer: a systematic review andmeta-analysis.Ultrasound in Obstetrics & Gynecology,2025,66,3,p.271-281.
- 厚生労働省:「不妊治療保険適用リーフレット」
- 厚生労働省:「重篤副作用疾患別対応マニュアル」P7-8