- 「歯並びが悪くて人前で思いきり笑えない」
- 「食事がうまく噛めない」
このような悩みを抱えている方は少なくありません。歯並びや噛み合わせが良くない状態は、見た目だけの問題と思われるかもしれませんが、むし歯や歯周病のリスクを高めます。全身のバランスに影響を及ぼす可能性も指摘されています。(※1)
この記事では、歯科医師がさまざまな治療法の特徴、費用相場や治療期間までわかりやすく解説します。治療に対する疑問や不安を解消し、納得して治療を受けられるよう準備しましょう。
矯正歯科とは?不正咬合を整える治療のこと
矯正歯科とは、矯正装置を使って不正咬合(歯並びや噛み合わせが良くない状態)を整えていく治療です。歯列矯正とも呼ばれます。
ここでは、「矯正治療が必要になる不正咬合の種類」と「矯正治療が向いている人」について解説します。
矯正治療が必要になる不正咬合の種類

不正咬合にはいくつかの種類があり、日常生活にさまざまな影響を及ぼす可能性があります。近年の研究では、顎の位置の変化が首の骨(頸椎)の姿勢に影響を与える可能性も指摘されています。(※2)
代表的な不正咬合は次のとおりです。
| 不正咬合の種類 | 特徴 | 起こりうる問題 |
|---|---|---|
| 上顎前突 | 上の前歯や上顎全体が、下の歯よりも前に突き出ている(出っ歯) |
|
| 下顎前突 | 下の歯が上の歯よりも前に出て、噛み合わせが反対になっている(受け口) |
|
| 叢生(そうせい) |
|
|
| 開咬(かいこう) | 奥歯でしっかり噛んでも、前歯が噛み合わず隙間ができてしまう |
|
| 過蓋咬合(かがいこうごう) | 上の前歯が下の前歯に深く覆いかぶさっている |
|
矯正治療が向いている人
矯正治療は、お子さまからご高齢の方まで、幅広い年代の方が受けられます。以下に該当するお悩みやご希望があれば、矯正治療の検討をおすすめします。
見た目
- 歯並びのガタガタが気になる
- 出っ歯や受け口など、口元が出ているのがコンプレックス
- 歯と歯の間に隙間がある(すきっ歯)
- 人前で話したり笑ったりする時に、無意識に口元を手で隠す
機能
- 食べ物がうまく噛めない、特定のものが噛み切りにくい
- 滑舌が悪く、特定の音が発音しにくい
- 食事の時に顎がカクカク音がする
- 無意識のうちに口が開く、口呼吸になる
口腔内の健康
- 歯磨きがしにくい
- むし歯や歯周病になりやすい
- 将来、一本でも多くの歯を残したい
お子さまの矯正治療の目的は、主に顎の骨の成長をうまくコントロールすることです。永久歯がきれいに生えそろうための、しっかりとした土台作りを目指します。
一方で大人の矯正治療の目的は、現在の歯並びや噛み合わせを改善することです。見た目の美しさと、口腔内の機能性の両方を高めていきます。
矯正歯科治療が保険適用となる条件
基本的に矯正歯科治療は保険適用外ですが、以下のようなケースでは保険適用となります。(※3)
- 厚生労働大臣が定める特定疾患がある場合
- 前歯及び小臼歯の永久歯のうち3歯以上の萌出不全に起因した咬合異常(埋伏歯開窓術を必要とするものに限る。)に対する矯正歯科治療
- 顎変形症(顎離断等の手術を必要とするものに限る)の手術前・後の矯正歯科治療
これらの治療を保険で受けるためには、「保険適用の指定を受けた医療機関」を受診することが条件です。一般の歯科医院では扱えない場合も多く、指定医療機関での治療が必要となります。また、適用可否の判断には、レントゲンや模型などを使った精密検査と診断が行われます。
なお、保険診療として認められるのは機能回復を目的とした範囲に限られます。透明なマウスピース矯正など、見た目を重視した装置は保険対象外です。
矯正治療の主な種類
矯正治療には、さまざまな治療法がありますが、それぞれメリットやデメリットがあります。
主な治療法として、以下の5種類を解説します。
①表側ワイヤー矯正(メタル・クリア)
②裏側ワイヤー矯正
③ハーフリンガル矯正
④マウスピース矯正(インビザラインなど)
⑤インプラント矯正
①表側ワイヤー矯正(メタル・クリア)

表側ワイヤー矯正は一般的な治療法で、「ラビアル矯正」とも呼ばれます。歯の表面に「ブラケット」という装置を取り付け、そこへワイヤーを通して歯を動かします。抜歯が必要な症例や歯を大きく動かす必要がある場合にも対応可能です。
ワイヤー矯正は、ブラケットに食べ物が挟まりやすいため、丁寧な歯磨きが重要です。ブラケットが頬の内側に当たって口内炎ができた場合は、専用ワックスでブラケットを覆い、痛みを和らげることができます。
表側ワイヤー治療は、歯並びの乱れが気になる方、実績が豊富な治療方法を選びたい方に適しています。ブラケットの素材別の特徴として以下が挙げられます。
| 素材 | 見た目 | 費用 | 耐久性 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| メタルブラケット | 銀色で目立ちやすい | クリアより安価 | 優れている(頑丈) | 摩擦が少なく、歯を動かせる |
| クリアブラケット | 透明で目立ちにくい | メタルより高価 | まれに欠ける | 審美性を保つことができる |
②裏側ワイヤー矯正(舌側矯正)

「舌側(ぜっそく)矯正」「リンガル矯正」とも呼ばれる治療法で、歯の裏側(舌側)に、オーダーメイドのブラケットとワイヤーを装着します。
メリットとデメリットを以下にまとめました。
メリット
- 審美性が高い
- むし歯リスクが低い
- 歯並びの改善を実感しやすい
デメリット
- 費用が高額
- 発音への一時的な影響
- 歯の裏側の清掃が難しい
- 対応できる歯科医師が限られる
③ハーフリンガル矯正

ハーフリンガル矯正とは、表側ワイヤー矯正と裏側ワイヤー矯正どちらも行う治療法です。笑った時などに見えやすい上の歯は「裏側ワイヤー矯正」で行い、あまり目立たない下の歯は「表側ワイヤー矯正」で行います。
装置が見えることに抵抗のある方や、すべての歯を裏側矯正にするのは費用的に難しい方には、合理的な選択肢の一つになります。
メリットとデメリットは次のとおりです。
メリット
- 裏側矯正よりは費用を抑えられる
- 審美性と快適性を両立できる
デメリット
- 下の表側装置が見える
- 表側矯正よりは費用が高い
- 適応できない場合がある
④マウスピース矯正(インビザラインなど)

透明なマウスピース型の装置(アライナー)を使い歯を動かす治療法で、「アライナー矯正」とも呼ばれます。形の異なるアライナーを定期的に交換し、少しずつ歯並びを整えていく方法です。
この治療法の進化は、3Dスキャナーや3Dプリンター技術が大きく貢献しています。3Dプリンターを活用し、患者さん一人ひとりに合わせた治療ができるようになってきています。(※4)
マウスピース矯正には、次のようなメリットとデメリットがあります。
メリット
- 装置が透明で目立たず、見た目が自然
- 取り外しができ、清潔を保ちやすい
- 金属を使わないため、アレルギーの心配が少ない
デメリット
- 1日20時間以上の装着が必要で、自己管理が重要
- 大きく歯を動かす治療には不向きな場合がある
- 取り外しの際に紛失や破損のリスクがある
⑤インプラント矯正
インプラント矯正は、ワイヤー矯正などと一緒に行う治療方法で、小さなネジのような装置を使って歯をより正確に動かすのが特徴です。
歯ぐきの骨に「歯科矯正用アンカースクリュー」と呼ばれる直径1〜2mmほどのチタン製のネジを一時的に埋め込み、歯を動かすための支え(固定源)として利用します。
動かしたい歯だけをピンポイントで動かせ、治療期間を短くできます。顎外装置(ヘッドギア)などの目立つ装置を使わなくても治療できる場合が多く、見た目の負担も軽くなります。
ネジを埋め込む際には軽い外科処置が必要で、まれにスクリューが緩んだり外れたりすることがあります。通常の矯正費用に加えて、追加費用がかかる点にも注意が必要です。インプラント矯正は、治療の幅を広げながらも見た目や負担を抑えたい方に適した選択肢です。
矯正歯科の費用相場(10〜150万円程度)
矯正治療は、特別な症例を除いて保険が適用されない「自由診療」です。そのため費用は全額自己負担となり、歯並びや骨格、治療法によって金額が大きく変わります。
一般的な治療法の費用相場の目安は、以下のとおりです。
| 種類 | 費用相場の目安 | 治療法 |
|---|---|---|
| 全体矯正 | 60~150万円 |
|
| 部分矯正 | 10~60万円 |
|
治療費には、相談料や検査診断料、矯正装置そのものの費用、通院時の調整料、治療後の保定装置(リテーナー)費用などが含まれます。
料金体系は、大きく分けて以下の2種類があり、クリニックにより異なります。
トータルフィー制度(総額提示制)
治療費の総額を最初に提示する制度です。
- 追加費用が発生しにくく、費用の見通しが立てやすい
処置料毎払い制度
通院毎に治療費を支払う制度です。
- 初期費用は抑えられる
- 治療総額がわかりにくい
費用や支払い方法は事前に確認し、不明点は遠慮せず歯科医師に相談することが大切です。
治療の流れ
矯正治療は、数か月〜数年にわたり行っていくため、全体像を把握しておきましょう。矯正治療は、一般的に以下の流れで進みます。
- 相談(カウンセリング)
- 検査
- 診断
- 矯正装置の装着
- 治療期間(2〜3年程度)
相談(カウンセリング)
矯正治療は、クリニックでの相談(カウンセリング)から始まります。歯並びの悩みや理想の仕上がり、治療に対する不安などを歯科医師に伝えることができます。同時に、歯科医師の説明の仕方やクリニックの雰囲気が自分に合うかを確かめる機会です。
診察後には、現在の歯や骨の状態を踏まえ、どの治療法(ワイヤー矯正・マウスピース矯正など)が適しているかが提示されます。そのうえで、治療期間の目安や費用の見積もり、抜歯の必要性、痛みや生活への影響などについて説明を受けます。
疑問点はその場で確認しておくと安心です。最近では無料カウンセリングを行うクリニックもあります。複数の医院で相談して比較することで、自分に合った歯科医師と治療方針を見つけやすくなります。
検査
相談(カウンセリング)後に治療を希望すると、精密検査に進みます。歯や顎の骨の状態をさまざまな角度から詳細に調べ、歯並びや噛み合わせの状態を確認していきます。
具体的には以下のような検査を行います。
| 検査 | 詳細 |
|---|---|
| レントゲン撮影 |
|
| 口腔内写真・顔貌写真の撮影 |
治療前の歯並びや顔のバランスを客観的なデータとして記録 |
| 歯型の採得 |
型採りを行い、現在の歯並びを正確に再現した模型を作成 |
| 口腔内のチェック |
むし歯や歯周病の有無を確認し、必要に応じて治療 |
診断
歯科医師は、精密検査で得られた歯並びの原因を解明し、治療計画を立案します。診断時は、以下のような説明を受けます。
- 診断結果:現在の歯並びや噛み合わせの問題点、骨格的な特徴
- 治療方針:装置の選択や、歯を動かす方法の具体的な流れ
- 治療期間と費用:治療期間の予測、総額費用(検査料から保定装置料まで)
- 抜歯の要否:抜歯の必要性と理由
- 治療に伴うリスクや注意点
提示された治療計画に少しでも疑問点や不安感があれば、遠慮なく歯科医師へ質問しましょう。
矯正装置の装着
診断内容と治療計画に同意後、治療が開始します。装置装着前に、歯の表面のクリーニングや必要に応じて抜歯をし、矯正装置を装着していきます。ワイヤー矯正装置の装着手順例は以下の3ステップです。
- 歯の表面を専用の薬剤で清掃し、よく乾燥させる
- 歯一本一本に「ブラケット」と呼ばれる小さな装置を歯科用の接着剤で貼り付ける
- ブラケットにワイヤーを通し、細い針金やゴムで固定する
装置の装着にかかる時間は、約1〜2時間です。装着直後〜数日間は、歯が動き始めることで痛みや、装置による口腔内の違和感、口内炎などが生じやすい時期になります。
痛みは歯が動き始めた証拠であり、通常は3日〜1週間ほどで徐々に和らぎます。食事は、始めのうちはおかゆやうどんのような柔らかいものを選びましょう。硬いものや粘着性のある食べ物は、装置の破損や脱落の原因につながるため、控えるようにしてください。
装置の周りは汚れが溜まりやすく、日頃からの丁寧な歯磨きが大切です。
一方でマウスピース矯正装置の装着手順例は以下の3ステップです。
- 歯の表面を専用の薬剤で清掃し、よく乾燥させる
- 歯の表面の必要な箇所に「アタッチメント」と呼ばれる小さな突起をコンポジットレジンと呼ばれる材料で付けて光で固める
- 歯と歯の間の必要な箇所を専用の器具を使って0.2〜0.5mmのすき間を作る
装置の装着にかかる時間は、約1〜2時間です。装着直後〜数日間は、歯が動き始めることで痛みや、装置による口腔内の違和感、アタッチメントの脱離などが生じやすい時期になります。
食事の際は、必ずマウスピースを外して摂るようにしましょう。食事後に歯磨きを行ったらまたマウスピースを装着します。間食はできるだけ避けるようにしましょう。
治療期間(2〜3年程度)
矯正治療の期間は、一般的に約2〜3年ほどかかります。
歯並びの状態や年齢、選ぶ治療法、骨の動きやすさなどによって個人差があります。治療中はおよそ1か月に1回のペースで通院し、装置の調整や歯の動きの確認、口腔内のクリーニングを行います。
装置を外した後は、歯が元の位置に戻ろうとするため、「保定期間」と呼ばれる安定のための期間が必要です。保定装置には、取り外しできるマウスピース型や、歯の裏側に細いワイヤーを固定するタイプなどがあります。保定は通常1〜3年ほど続けるのが理想とされており、その間は3〜6か月ごとに通院して、歯並びが安定しているかを確認していきます。
まとめ
矯正治療は見た目はもちろん、将来の口腔内の健康を守るための大切な治療です。
治療方法は、ワイヤー矯正から目立ちにくいマウスピース矯正まで、多岐にわたります。そのため、メリット・デメリットを理解し、ご自身のライフスタイルに合わせて選ぶことが大切です。
歯並びに関するお悩みや治療費、治療期間も一人ひとり異なるため、少しでも気になることがあれば、専門の歯科医師へ相談しましょう。
参考文献
- Dorota Różańska-Perlińska, Małgorzata Potocka-Mitan, Łukasz Rydzik, Patrycja Lipińska, Jacek Perliński, Norollah Javdaneh, Jarosław Jaszczur-Nowicki. The Correlation between Malocclusion and Body Posture and Cervical Vertebral, Podal System, and Gait Parameters in Children: A Systematic Review. J Clin Med, 2024, 13, 12, 3463.
- Sandhya Murali, Annapurna Kannan, Vignesh Kailasam. Cervical spine changes with functional appliance treatment: A systematic review and meta-analysis. J Oral Biol Craniofac Res, 2024, 14, 4, 446-454.
- 公益社団法人 日本矯正歯科学会.「矯正歯科治療が保険診療の適用になる場合とは」
Tuğçe Ergül, Ayşegül Güleç, Merve Göymen. The Use of 3D Printers in Orthodontics – A Narrative Review. Turk J Orthod, 2023, 36, 2, 134-142.
