ある日突然激しい吐き気と下痢に襲われたことはありませんか?
感染性胃腸炎(ノロウイルス)は、わずかなウイルス量で感染し、家庭や学校などで一気に広がる強い感染力を持ちます。アルコール消毒が効きにくいため、正しい知識と対応が欠かせません。
「市販の下痢止めを飲めば早く治るのでは?」と思っても、その自己判断が症状を悪化させることもあります。
この記事では、症状を和らげる正しい対処法、意外と知られていないNG行動を詳しく解説します。正しい知識を身につけておけば、万が一感染しても落ち着いて対応し、ご家族や周囲の人を守ることができます。
感染性胃腸炎(ノロウイルス)の主な症状と原因
冬場に流行のピークを迎える感染性胃腸炎の原因の多くは、「ノロウイルス」です。ノロウイルスは、世界中で流行する急性胃腸炎や食中毒を引き起こす主要な原因ウイルスとして知られています。ここでは、ノロウイルスについて、以下の3つを解説します。
- 主な症状
- 感染の原因
- 潜伏期間と症状が続く期間の目安
主な症状
ノロウイルスによる感染性胃腸炎は、ウイルスが体内に入ってから短時間で突然症状が現れるのが特徴です。主な症状は、激しい吐き気や嘔吐、水のような下痢、腹痛、発熱、そして体のだるさや悪寒などの全身症状です。
子どもでは嘔吐が、大人では下痢が強く出る傾向があります。発熱は37〜38℃程度と軽いことが多いですが、脱水症状には十分な注意が必要です。嘔吐や下痢が続くと、体内の水分や電解質が失われ、体の機能に支障をきたします。
特に乳幼児や高齢者は重症化しやすく、早めの対応が重要です。おしっこの回数が減る、口の中が乾く、涙が出ない、ぐったりして反応が鈍いなどの症状は、脱水のサインです。このような状態が見られた場合は、速やかに医療機関を受診しましょう。
感染の原因
感染性胃腸炎の主な原因は、ノロウイルスやロタウイルスなどのウイルスです。ノロウイルスは感染力が強く、わずか10~100個程度のウイルスが体内に入るだけで感染が成立するといわれています。家庭内はもちろん、学校や施設などで集団感染が発生しやすいです。
主な感染経路は、以下の3つに分けられます。
| 感染経路 | 具体例 |
| 食品を介した感染(経口感染) | ・ウイルスに汚染されたカキなどの二枚貝を生や加熱が不十分な状態で食べた場合に感染 ・二枚貝はウイルスを体内に濃縮する性質があるため、注意が必要 ・感染者の手指を介して食品が汚染される場合もある |
| 人から人への感染(接触感染) | ・感染した人の便や吐瀉物(としゃぶつ)に直接触れる、または処理が不十分な手で口や鼻を触ることで感染・ウイルスが付着したドアノブ、手すり、おもちゃ、タオルなどを介した間接的な感染も多い |
| 空気からの感染(飛沫感染・塵埃感染) | ・吐瀉物が乾燥すると、ウイルスを含んだ粒子がホコリとなって空気中を漂うことがあり吸い込むことで感染する ・乾燥した粒子による「塵埃(じんあい)感染」とも呼ばれる |
ノロウイルスはさまざまな経路で私たちの生活に忍び寄ります。ご自身と大切なご家族を守るためにも、感染経路を理解しておくことが重要です。
潜伏期間と症状が続く期間の目安
ノロウイルスに感染してから症状が現れるまでの潜伏期間や症状の程度、回復までの期間には個人差があり、お子さんやご高齢の方、他の病気をお持ちの方は症状が長引くこともあります。
一般的な潜伏期間や、症状が続く期間には以下のような目安があります。
| 項目 | 目安 | 補足説明 |
| 潜伏期間 | 24~48時間(1~2日) | 感染から約1~2日後に、突然症状が現れる |
| 症状が続く期間 | 1~2日程度 | 激しい嘔吐や下痢は、通常1~2日でピークを越えて快方に向かう |
| ウイルス排出期間 | 症状回復後も1週間~1か月 | 症状がなくなっても、便にはウイルスが排出され続ける |
重要なのは、症状がなくなった後も、ウイルスは便から排出され続けることです。症状が回復しても、しばらくの間はトイレの後や調理の前には念入りに手洗いをするなど、二次感染予防の徹底が大切です。
感染性胃腸炎にかかった時の対処法4つ
感染性胃腸炎はつらい症状を伴いますが、ご自宅で適切な対処を行うことで、症状を和らげ、回復を早めることができます。
ご家庭ですぐに実践できる具体的な対処法4つについて解説します。
①十分な水分補給
②消化の良い食事の摂取
③吐瀉物の処理と消毒
④医療機関の受診
①十分な水分補給
感染性胃腸炎の治療で優先すべきことは、脱水症状を防ぐことです。嘔吐や下痢で体内の水分と電解質が急激に失われるため、早めの水分補給が回復の鍵となります。
一度にたくさん飲むと、弱った胃が刺激されて再び吐き気を誘発してしまう可能性があります。吐き気が強い時期には、無理に飲まず、吐き気が少し落ち着くのを待ちましょう。水分補給のポイントは以下のとおりです。
- 少量ずつ時間をかけて飲む
- ティースプーン1杯(約5ml)から始め、5〜10分おきに同じ量を飲む
- 嘔吐しなければ、少しずつ量を増やしていく
冷たい飲み物や柑橘系ジュース、牛乳、カフェインを含む飲料は胃腸への刺激や脱水を悪化させることがあるため避けましょう。水分と電解質を効率よく補える経口補水液が適しています。ドラッグストアなどで手軽に購入できるため、常備しておくと安心です。
②消化の良い食事の摂取
感染性胃腸炎では、まず胃腸を休ませることが最優先です。嘔吐や下痢が続く間は無理に食事をとらず、水分補給を中心に行いましょう。
吐き気が落ち着き、経口補水液をコップ半分ほど飲めるようになり、空腹を感じたら食事再開の目安です。食事は、以下のような回復段階に合わせて少しずつ内容を変えていくことが大切です。
- 回復初期:おもゆ、野菜スープ、すりおろしたりんごなど固形物の少ないもの
- 回復中期:おかゆ、煮込みうどん、食パン、バナナ、豆腐など消化の良い炭水化物
- 回復後期:白身魚(たら・かれい)、鶏のささみ、卵などのやさしいタンパク質
症状が完全に回復するまでは、脂っこい料理、食物繊維の多い野菜、香辛料など刺激の強い食べ物は控えましょう。焦らず段階を踏んで食事を戻すことが、胃腸の回復を早めるポイントです。
③吐瀉物の処理と消毒
ノロウイルスは感染力が強く、わずかなウイルスが体内に入るだけで感染します。周囲の人へ感染を広げないためには、吐瀉物(吐いたもの)や便の適切な処理が重要です。
注意すべき点は、アルコール消毒はノロウイルスに対して効果がほとんどない点です。家庭では、次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤)を薄めた消毒液を使用しましょう。
適切な処理のために準備するものは以下のとおりです。
- 使い捨てのマスク
- 使い捨ての手袋(2重にするとより安全)
- 使い捨てのエプロンやガウン(なければ大きなゴミ袋で代用)
- ペーパータオル、またはキッチンペーパー
- ビニール袋(2重で使用)
- 次亜塩素酸ナトリウム消毒液(濃度約0.1%)
準備したものを使用して、以下の正しい処理と消毒を実施していきましょう。
| 手順 | 具体的な内容 |
| 換気する | 窓を開けて、ウイルスを含んだ粒子が室内に留まらないようにする |
| 静かに拭き取る | 吐瀉物の上にペーパーをかぶせ、外側から内側に向けて静かに拭き取る(飛び散り防止) |
| 消毒する | 消毒液を浸したペーパーを汚染箇所に広めに置き、約10分間放置 |
| 水拭きする | きれいな水で浸したペーパーで消毒液を丁寧に拭き取る(特に金属部分は腐食に注意) |
| 密閉して捨てる | 使用した手袋やペーパータオルなどはビニール袋に入れて口をしっかり縛り、さらにもう1枚の袋に入れて二重に密閉して捨てる |
| 手洗い | 処理が終わったら、エプロンや手袋を外し、石けんと流水で30秒以上かけて丁寧に手を洗う |
処理をする際は、ウイルスを吸い込んだり、直接触れたりしないよう、万全の準備をして臨みましょう。
④医療機関の受診
ほとんどの感染性胃腸炎は、適切な水分補給と休養によって数日で自然に回復します。症状が重い場合や脱水症状が疑われる場合は、ためらわずに医療機関を受診してください。
すぐに受診を検討すべき危険なサインは以下のとおりです。
- 水分をまったく受け付けず、嘔吐を繰り返す
- ぐったりして元気がない、呼びかけへの反応が鈍い
- 半日以上、おしっこが出ていない(おむつが濡れない)
- 口の中や唇がカラカラに乾いている
- 泣いても涙が出ない(特に乳幼児の場合)
- 我慢できないほどの強い腹痛が続く
- 便に血が混じっている
- 38.5℃以上の高熱が続いている
大人であれば内科や消化器内科、お子さんの場合は小児科を受診しましょう。乳幼児やご高齢の方、糖尿病や心臓病などの持病をお持ちの方は重症化しやすいため、より慎重な判断が必要です。
現時点でノロウイルスに直接効く薬はありません。医療機関では、脱水に対する点滴や、吐き気などのつらい症状を和らげるお薬の処方が中心となります。
世界中でワクチン開発は活発に進められ、臨床試験も行われています。(※1)将来的にワクチンによる予防も選択肢になることが期待されますが、感染後の適切な対処と日頃の予防が重要です。
感染性胃腸炎を発症した後の注意点
症状が楽になってきた時期に、回復を確実なものにし、周囲への感染を防ぐために注意すべき点があります。感染性胃腸炎の発症後の注意点として、以下の3つを解説します。
- 市販薬の服用
- 自己判断が危険なその他の市販薬
- 出社・登校の目安
市販薬の服用
感染性胃腸炎の場合、自己判断で市販薬を服用することは、回復を遅らせてしまう危険性があります。市販されている下痢止め薬の多くは、腸の動き(蠕動運動)を弱める作用があります。ウイルスが腸の中に長時間とどまってしまい、症状が悪化したり回復が長引いたりすることがあるのです。
自己判断が危険なその他の市販薬
感染性胃腸炎では、自己判断で市販薬を使用することは避けるべきです。特に下痢止めは、体内のウイルスや毒素を排出する働きを妨げる可能性があり、症状を長引かせたり、悪化させたりする危険があります。
吐き気止めも、医師が脱水のリスクや症状の重さを判断したうえで処方する薬です。子どもの場合は副作用が出やすいため、使用にはより慎重な判断が必要です。
解熱剤には、胃腸に負担をかける成分を含むものもあります。安易な服用は避け、医師の指示を受けたうえで使用することが大切です。どうしても薬を使いたい場合は、まず医師や薬剤師に相談しましょう。
整腸剤などは腸内環境を整える補助にはなりますが、十分な水分補給と安静が回復の基本であることを覚えておきましょう。
出社・登校の目安
ノロウイルスによる感染性胃腸炎は、法律で明確な出社・登校停止期間が定められているわけではありません。感染拡大を防ぐという社会的な観点から、以下の基準を目安にしてください。
- 嘔吐や下痢の症状が完全に治まっているか
- 平熱に戻り、解熱剤なしで24時間以上経過しているか
- 普段通りの食事(油物などを除く)が問題なくとれるか
- 体のだるさなどがなく、日常生活を送る体力が戻っているか
一般的に、これらの条件をすべて満たしてから、24〜48時間は自宅で様子を見るのが望ましいです。
食品を扱う仕事の方、医療や介護の現場で働く方、保育士の方などは、より一層の注意が求められます。乳幼児の胃腸炎で問題となるロタウイルスには、有効なワクチンがあり、重症化を防ぐことができます。(※2)ノロウイルスにはまだ実用化されたワクチンがないため、感染した後の行動が社会全体の感染拡大を防ぐうえで重要です。
職場や学校、保育園によっては、独自の復帰基準(治癒証明書の提出など)を設けている場合があります。復帰する前には連絡を取り、いつから出社・登校して良いかを確認するようにしてください。
感染性胃腸炎の予防法
感染性胃腸炎(ノロウイルス)の予防で重要なのは、正しい手洗いと衛生管理です。ノロウイルスは感染力が強く、アルコール消毒では効果が不十分なため、石けんと流水で物理的に洗い流すことが基本となります。
手洗いの際は、次のポイントを意識しましょう。
- 石けんをよく泡立てる
- 手のひら・手の甲をこすり合わせる
- 指先・爪の間・指の間を丁寧に洗う
- 親指・手首も忘れずに洗う
30秒以上かけて洗い、清潔なタオルで拭く食品の取り扱いにも注意が必要です。特にカキなどの二枚貝はウイルスを蓄積しやすいため、中心温度85〜90℃で90秒以上の加熱を行いましょう。
調理器具は使用後にこまめに洗浄・消毒し、ドアノブや手すり、トイレの便座なども定期的に消毒しましょう。ノロウイルスの消毒には、アルコールよりも次亜塩素酸ナトリウムが適しています。
まとめ
突然の嘔吐や下痢はつらいものですが、大切なのは脱水症状を防ぐための「こまめな水分補給」と「安静」です。下痢はウイルスを体外に排出しようとする大切な体の防御反応のため、自己判断で下痢止め薬を使うのは避けましょう。
症状が治まってもウイルスは便から排出され続けます。ご自身と周りの人を守るためにも、回復後しばらくは丁寧な手洗いを徹底しましょう。
正しい知識があれば、いざという時も落ち着いて対応できます。つらい症状が続く、脱水のサインが見られるなど、不安な場合はためらわずに医療機関へ相談してください。
参考文献
- Chen G, Shi L, Yu Q, Liu Q, Wang X, Liu Y, Ding F, Yuan L, Wang P, Zhou X, Zhang Y, Huang Z, Li J, Hu Z, Huang T.Safety, tolerability and immunogenicity of a quadrivalent recombinant norovirus vaccine (Pichia pastoris) in participants six weeks of age or older: Phase I/IIa trial.Emerging Microbes & Infections,2025,14,1,p.2565391.
- Tahrat H, Munir A, Marchetti F.Rotavirus vaccine coverage, completion, and compliance: A systematic literature review.Human Vaccines & Immunotherapeutics,2025,21,1,p.2442780.
