目次
はじめに
新型コロナウイルスの変異株「ニンバス」の感染が拡大しており、各地で今年最多の患者数を記録しています。ニンバスは感染力が強く、発症すると激しく喉が痛み、食事どころか水分も受け付けられなくなるという報告もあります。私たちはどう対策を講じるべきでしょうか?池袋大谷クリニック院長の大谷義夫医師(呼吸器内科専門医)がわかりやすく解説します。
新型コロナ「ニンバス」とは
新型コロナウイルス「ニンバス」は、2021年末に最初に感染例が報告されたオミクロン株から派生したものです。突然新たなウイルスが現れたわけではなく、オミクロン株が遺伝子変異を起こしてできた株に、ニンバスと名付けられました。ニンバスは気象用語で「嵐雲」を意味し、正式名称は「NB・1・8・1」となります。オミクロン株と同様、感染力の強さが指摘されています。
新型コロナの流行状況
厚生労働省の8月29日の発表では、全国約3000カ所の定点医療機関から18〜24日の1週間に報告された新型コロナウイルスの感染者数は、1医療機関あたり8.73人。都道府県別では、宮崎県21.04人、佐賀県14.04人、徳島県13.32人、愛知県12.55人(※)。新型コロナでは基準はもうけられていませんが、インフルエンザの場合、定点医療機関からの1週間の患者報告数が10人を超えると注意報開始、30人を超えると警報開始となります。
沖縄県ではピークが5、6月で、8月にはピークアウトしたと言われており、日本の南方から感染が広がり、北上していると考えられます。東京都をはじめとした関東地方の感染のピークは9月上旬から中旬にかけてではないかと指摘する声もあります。
新型コロナの定点把握と全数把握
新型コロナウイルスの患者数は現在「定点把握」で調査されています。これは、都道府県が選定した一部の医療機関から1週間ごとに患者数の報告を受けるもの。2023年5月8日以降に感染症法上の分類が5塁になったことで、患者数の調査が定点把握に変わりました。それまでは全国の新規感染者数を調査する「全数把握」でした。
新型コロナ「ニンバス」を疑う症状
新型コロナウィルス「ニンバス」の主な症状は、喉の痛み、発熱、咳です。ニンバスの症状としてメディアなどでよく取り上げられているのが「カミソリやガラス片を飲み込んだような激しい痛み」で、「激しい痛みで食事はおろか、水分さえ取るのが困難」とも言われています。しかし臨床現場で患者さんを診ている医師の実感としては、確かに喉の痛みが強い患者さんもいるものの、たいていの方は症状の程度が軽く、過剰に恐れる必要はないと感じています。
新型コロナを疑って医療機関を受診される患者さんは、高齢者や基礎疾患のある方以外に、それなりに症状がある方や、人と接する機会が多く新型コロナの発症に人一倍気をつけていらっしゃる方でしょう。風邪だと思って医療機関を受診されていない方、新型コロナかもしれないと思っているが症状が軽いので市販薬で対処されている方なども多いのではないかと推測しています。
日本の人口動態統計におけるインフルエンザとCOVID-19による死亡者数の比較

図:2025年9月1日 日本感染症学会・日本呼吸器学会・日本ワクチン学会「2025年度の新型コロナワクチン定期接種に関する見解」から引用
このデータは日本感染症学会・日本呼吸器学会・日本ワクチン学会「2025年度の新型コロナワクチン定期接種に関する見解に基づくインフルエンザとCOVID-19による死亡者数の比較です。
2020年2月からの新型コロナの感染拡大から5年以上経過しました。2021年夏からのデルタ株の流行では、毎日のように重症患者の報道がなされたのに対し、ワクチンを複数回接種後のオミクロン株流行の時期には、怖い感染症のイメージから脱し、現在に至っていると思います。ところが、このグラフからは、インフルエンザよりもかなり多くの方が新型コロナで亡くなっているのが理解できます。非高齢者では無症状または軽い風邪症状で終始しても、高齢者または基礎疾患がある方、また、ごくごくまれとは言え非高齢者でも免疫が低下していれば、重症化のリスクはないとは言えません。それは、一般的な軽症で済む風邪であっても、こじらせれば肺炎を起こす可能性があるのと同様です。
新型コロナが流行している理由
新型コロナ「ニンバス」が流行している理由として主に2つのことが推測されることが多いようですが、真の理由は不明だと思います。
ひとつは、夏休みの旅行や帰省で人の移動が頻繁だったことが指摘されております。2022年夏、3年ぶりに行動規制がなくたくさんの方が旅行や帰省で移動した年は、マスク着用などコロナ対策を徹底している方が大半だったにもかかわらず、お盆明けには感染者数が急激に増加しました。実は、新型コロナの感染者数の増加は毎年、夏の今の時期と、冬の年末年始明けに必ず見られています。
もうひとつは、猛暑の影響で窓を閉め切って一日中エアコンをかけている家庭がほとんどになり、換気が十分に行われなかったことも指摘されております。
夏季休暇や帰省での人の移動の問題、猛暑での換気の問題はあるにせよ、2020年の新型コロナウイルスの登場以降、夏と冬という年2回、感染拡大を認める状況はウイルスの特性に関係するのかもしれません。
新型コロナは暑い季節にも強い?
感染症というと「暑い季節には弱い」という印象が強いかもしれません。しかし実際はウイルスによってさまざまで、寒い季節に流行するものもあれば、暑い季節に流行するものもあります。風邪においても、冬だけに流行するのではなく、「夏風邪」と呼ばれる、夏に流行する風邪もあります。また近年は、従来は秋から冬にかけて流行していたウイルスが、春や夏など別の季節に流行するケースもあります。2020年の新型コロナ登場以降、新型コロナは夏と冬の年2回、流行する傾向が認められます。
「新型コロナかも?」と思ったら

新型コロナウイルスに感染したかもしれないと思ったら、まずはドラッグストアなどで販売されている抗原検査キットで調べてみましょう。現在の新型コロナの重症化率を鑑みると、高齢者や重症化の恐れのある基礎疾患を持っている方を除き、すぐさま医療機関を受診する必要はないと考えられます。
抗原検査キットで「陽性」と出たら、同居家族がいる場合は感染させないように距離を置いた状況で、栄養や水分をしっかりと取り、安静にして過ごします。新型コロナは呼吸器感染症であり、非高齢者では「風邪の症状」で終始することが多いので、市販の風邪薬を用いるのもいいでしょう。
高齢者や重症化の恐れのある基礎疾患を持っている方では、主治医やかかりつけ医、もしくは新型コロナの診療を行なっている医療機関へまずは電話で問い合わせをし、指示を仰いでください。健康な方でも、発熱が続く、高熱が出た、咳が止まらないといった場合は、新型コロナの診療を行なっている医療機関へ問い合わせてください。
新型コロナの治療薬
新型コロナには治療薬があります。
高血圧や糖尿病などの基礎疾患があり、新型コロナの感染で重症化リスクが高い方には、パキロビッド(一般名ニルマトレルビル)、ラゲブリオ(一般名モルヌピラビル)といった抗ウイルス剤の処方を検討します。パキロビッドは3割負担で自己負担額約3万円、ラゲブリオは約2万8000円です。ただし、ラゲブリオは、ワクチンを複数回接種後、オミクロン株流行下では、重症化リスクを軽減したデータを示せず、「治療現場における有用性が証明されていない」と欧州医薬品庁で販売承認の拒否が勧告され、EUでは販売流通されないことになりました。
基礎疾患がない方でも内服できる抗ウイルス薬としては、ゾコーバ(エンシトレルビル フマル酸)があります。3割負担で約1万5000円となります。新型コロナを発症してから3日以内に服用すると、主な症状を1日短縮できるとされています。最近では、ゾコーバ内服で入院リスクを37%減少し、重症化を抑制できることを強く示唆するデータも報告されました。
新型コロナは呼吸器感染症。非高齢者で基礎疾患もなければ、風邪症状を呈する感染症です。新型コロナに感染した場合、重症の恐れがなければ、市販の風邪薬でも十分に対応できると思いますし、健康な成人では、安静にし、栄養や水分をしっかり取ることで、薬を飲まなくても快方に向かうと考えられます。
新型コロナのワクチン
新型コロナのワクチンは、今年も10月から定期接種が始まる方向です。対象は65歳以上。新型コロナに感染した場合の重症化が懸念される方にとっては、その予防に一定の効果が期待できるでしょう。
新型コロナ「ニンバス」への有効な対策
新型コロナウイルス「ニンバス」への有効な対策として、改めて徹底したいのが部屋の換気です。夏の流行の理由の一つに、エアコンの稼働で換気が不十分になることが挙げられるからです。さらには、人の移動が感染拡大につながっていることを考慮すると、人がたくさん集まる場所(屋内・換気の悪い場所)ではマスクを着用し、感染しない・感染させないを心がけることが重要です。
それ以外の対策としては、従来言われてきた手洗い、アルコール手指消毒などを日常的に行うようにしましょう。
「ニンバス」から別の新たな変異株が登場した場合も、これらの対策は有効です。新型コロナウイルス感染者の増加は、毎年、夏と冬に見られます。部屋の換気、屋内でのマスクの着用は、引き続き徹底して行うことをお勧めします。
Q&A 新型コロナのよくある質問

Q 新型コロナを疑った場合、すぐに医療機関を受診した方がいいでしょうか?
A 新型コロナの疑いの段階ですぐに医療機関を受診すると、外来がパンク状態になり、医療を本当に必要としている方が受診できなくなってしまう恐れがあります。「新型コロナかもしれない」と気になったら、市販の抗原検査キットでまず調べ、陽性で、かつ医療機関の受診の必要性を感じたのであれば、まずは電話で問い合わせをしてください。
Q 新型コロナは「ただの風邪」ですか?
A 新型コロナは呼吸器感染症で、非高齢者および基礎疾患のない方では風邪症状がメインとなります。ただし、気道過敏性が亢進し咳が長引いたり、後遺症を生じる可能性を考えると、一般的な風邪よりは注意すべき点がありますので、「ただの風邪」という表現は適さないと思います。一方で、過剰に反応することにも疑問を抱きます。「風邪症状で始まるものの、高齢者や基礎疾患がある方では重症化の恐れがある。人が大勢集まる屋内ではマスクを着用し、換気に努め、もし感染した場合は、状況に応じて抗ウイルス薬の使用を検討する」という認識がふさわしいのではないでしょうか。
Q 新型コロナのワクチン、高齢の親に打たせるべきでしょうか?
A 例年通りですと、今年10月から始まる新型コロナのワクチン定期接種のワクチンは、ファイザー、モデルナ、武田薬品、第一三共、Meiji Seikaファルマの5種類。いずれの型も「ニンバス」の重症化予防にある程度役立つと考えられます。2024年秋から日本で使用されたコロナワクチンの発症予防に関する有効率は65歳以上で52.5%、60歳以上の入院予防効果も 63.2%であったことが報告されております。接種に関しては、親御さんの健康状態も含めて、総合的に判断されることをお勧めします。
まとめ
新型コロナの変異株「ニンバス」は、オミクロン株から派生した強い感染力を持つ株で、激しい喉の痛みが特徴とされます。ただし重症化率は従来株より高くはなく、多くは軽症で済みます。
感染を疑った場合は市販の抗原検査キットで確認し、重症化リスクのある人や症状が強い場合は医療機関へ相談することが勧められます。併せて、人がたくさん集まる屋内ではマスクを着用し、部屋の換気に努めましょう。過度に恐れる必要はない一方で、冷静に感染対策と体調管理を続ける姿勢が求められます。
